2008年02月04日

私の男(桜庭一樹)

僕には、好きで好きで仕方のない相手がいる。その姿を見るだけで幸せな気持ちになり、ずっと傍にいたいと思わせる女性なのだ。
しかし、その女性は、決して僕の手の届かない場所にいる。永遠に、まるで亀を追い抜けないアルキメデスのように、僕と交わることのない世界にいる。
唯一の救いは、彼女とはいつでもどこでも会えるということだけだ。
「さて、犬神さんに会いに行こうかな」
僕は彼女に犬神さんという名前をつけた。犬は反転させると神になる。なかなかいいネーミングだと自分では思っている。本名は知らない。名前があるのかどうかも知らない。そもそも彼女とは言葉が通じないのだ。
四畳半。一人暮らしの部屋の中で、眼鏡を取り出して掛ける。物入れになっている平べったい空き缶から、一枚の写真を取り出す。
犬神さんの姿が僕の目の前に現れる。
彼女の美しさはどう形容したらいいだろう。少なくとも、今までに出会ったことのないようなタイプの女性だ。美しいというのとも可愛いというのとも違う。強いて言うなら、危険な雰囲気を漂わせている。茶色っぽい短めの髪の毛に、凛々しい輪郭を持った顔。すらっとした美しい体型に、ほっそりとした綺麗な足が伸びている。ただ立っているだけで、周りのすべてを明るく照らしてしまうような、それなのに触れたら切れてしまいそうなナイフのような危うさも兼ね備えた女性だ。一目見て僕は惚れてしまった。
初めて犬神さんと出会ったのは3年前のことだ。当時まだ大学生だった僕は、毎日講義に出るでもなくフラフラとしていた。昔からテレビゲームばかりしていたからだろうか、何となく目が悪くなってきたなぁ、と思って、眼鏡でも買いに行こうかと思ったのだった。コンタクトの方がいいかもしれないと思ったけど、どうも目の中に何か入れるというのに抵抗があった。
眼鏡屋で視力を測ってもらい、適度な眼鏡を選んでもらった。店内でその眼鏡を掛けて見ると、それまでのぼんやりとした視界が急に開けて驚いた。そうか、元々はこんな風に見えてたんだっけとその時思い出した。
そう広くもない店内をぐるりと見渡してみると、そこに犬神さんがいたのだった。眼鏡やコンタクトが出来上がるのを待っているお客さんのためのスペースがあって、そこに犬神さんは座っていた。犬神さんを見かけた瞬間、僕の背筋は凍りついてしまったかのように痺れた。店員に、掛け心地はどうですか、と話し掛けられるまでずっと放心していたと思う。店員に適当な返事をし、無理矢理犬神さんから視線を剥がした後も、犬神さんのことが気になって仕方がなかった。
けど、人見知りで人とうまく喋れる方ではなかった自分に、あんな綺麗な女性を誘えるわけもなかった。どうしていいのか分からない、激情と呼んでもいいくらいの感情を持て余しながら、僕は店員との会話に戻った。店内には誰かの飼い犬がいるようで、小さいけれどよく響く鳴き声が僕の耳に届いた。
調整のために一度店員に眼鏡を預けた後で、もう一度犬神さんの方を見てみることにした。ぼんやりとした視界の中で必死に目を凝らすも、どうやら犬神さんは帰ってしまったようでもういなかった。まあ仕方ないさ、と思って、諦めることにした。
出来上がった眼鏡を掛けて店を出ようとした時に、視界の端に犬神さんの姿を捉えた。あれ、また戻ってきたのかな、と思ったけど、結局それだけで、話し掛けたり出来るはずもなかった。
その日はそれで終わったのだが、しかしそれから僕はあらゆる場所で犬神さんの姿を見かけるようになった。街中の至るところで犬神さんを見かけた。それまでの生活の中で目にしたことがなかったのが嘘のように、犬神さんは頻繁に僕の前に姿を現した。初めのうちは犬神さんの姿をこんなに頻繁に見られることが嬉しくて、ただただその姿を眺めていただけだったけど、その内にどうもこれはおかしいぞということに気づき始めた。犬神さんと擦れ違って、その後曲がった道の先でまた犬神さんを見かけたこともあった。それに、あんない綺麗な女性が街を歩いているのに、近くを歩いている男がまったく無反応というのも不思議だった。
その内、ふとした偶然から犬神さんの正体に気づいた僕は、自分の運命を呪った。犬神さんは、見ることも触れることも出来るけど、しかしこの世にはいない女性なのだ。どこにもいないはずの女性を、どうしようもなく愛してしまった。街を歩き、犬神さんの姿を見かける度に、誰かの作った落とし穴に嵌まり込んだような気分になった。身体の中で確実に大きな場所を占めていく名付けようもない感情を、どこにぶつければいいのかわからなかった。
自分を嘲るように、彼女に犬神さんという名前をつけた。誰にもその存在を知られることのない、自分だけの女性。いつでも会えるのに、どこにもいない女性。時が経っても彼女への愛情は冷めることがなく、逆に深くなっていく一方だった。自分でもどうしようもない、激しい感情だった。
今もこうして犬神さんの写真を前にして、その美しさにため息をつく。眼鏡を外せば、彼女は消えてしまう。残るのは、ただ犬の写った写真だけだ。
眼鏡を掛けて犬を見ると、僕にはそれが犬神さんに見える。街中のどこでも出会うことが出来るけど、しかし決してどこにも存在することのない女性。宇宙の果てよりも遠くにいるその女性は、少なくとも今は静かに僕の目の前で笑っているのだった。

一銃「僕の彼女」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、ついこの間直木賞を受賞し、本屋大賞の候補作にもなっている、今結構話題の作品です。桜庭一樹の作品はこれまでにも何作か読んできましたけど、なかなか面白い作家だと思っています。本作も、なかなか意欲的なレベルの高い作品だと思いました。
物語の中核を成すのは、ある二人の男女です。その男女は親子で、もう少し正確に言えば養女と養父という関係です。地震で家族を失った当時9歳だった花を、海上保安庁に勤めていた当時25歳だった淳悟が引き取ったのだ。この花と淳悟という男女が、物語の核になります。
物語の構成は、時系列を逆に遡っていく形になります。第一章では、24歳になった花が大企業の重役の息子と結婚する話が描かれ、章が進むにつれて少しずつ過去に遡っていくという形式になります。
花と淳悟は、親子でありながら淫靡な雰囲気をまとった関係です。花は吸い付くようにしていつも淳悟に寄り添って生きてきました。気持ちだけではなく、身体も寄り添いながら。長い時間を掛けて汚れきった一組の男女。親子という壁を超え、男女という関係さえも超越したところで、二人は二人だけの世界を築いて生きていく。もうとっくに壊れていたはずなのに、それでもまだ動き続けるおもちゃのように、二人はどこまでも暗い道を歩いていき…。
というような話です。
なかなか重厚な世界観でした。ざっくり言ってしまえば、花と淳悟が親子の禁忌を超えた関係を築いている、その人生を描いているだけの話なんですけど、いろんなエピソードを交えながらその長い長い人生を描いていく様はなかなかお見事だと思いました。
二人の関係については、結局最後まで読んでもしっくりとくる落しどころが得られない感じがしました。でも僕はそれでよかったと思っています。本作のような作品では、どうしてそうなったのか、何故それが続いているのか、ということに無闇に理由をつけない方が物語として深くなる感じがします。二人の異常な関係が、明確な理由や発端が説明されないことで、よりその異常さを増しているようで、僕はなかなかいいなと思いました。
少しずつ、何か皮を剥いて行くような感じで時間を遡って行く構成もなかなかいいなと思いました。それぞれの章を読むたびに、じゃあなんでこうなったんだ、というのが知りたくなって、さらにページを捲らせるというそんな感じがしました。
ただ、これは構成の問題ではないかもしれないけど僕が気になっていることがあって、それは結局淳悟はどうなったんだろうな、ということです。時系列的には一章のラストが最後になるわけだけど、その後一体どうなったのかというのが気になるんですよね。でもこの構成の場合、その続きを書く章というのがないわけで、なんかそれが残念な気がしました。
桜庭一樹は昔からそうだった気がしますが、なかなか文章が巧いと僕は思います。静かな淡々とした文章で、さらりと何でもないことのようにいろんなことを表現する。重厚な雰囲気を出す表現も書けるし、ふわふわとした雰囲気を出す表現も書ける。それが、花と淳悟という、根無し草のような雰囲気を醸し出す二人の生き方に妙に合っていて、僕はいいと思いました。ただ、文章が読みにくかったという印象はないんだけど、いつもより読むのに時間が掛かった気がします。何でなのかはよく分かりません。
個人的には、流氷の上でのやり取りがかなりいいと思いました。ちょっと可哀相すぎましたけど。
僕は、前作の「赤朽葉家の伝説」よりはずっといい作品だと思いました。でも好みは分かれそうですね。「赤朽葉家の伝説」が良かったという人は、逆に本作がダメだったりすることもあるかもしれません。分かりませんが。とにかく、これからの活躍が楽しみな作家です。これからもいろいろ意欲的な作品を書いて欲しいものです。本作は、世間的な評判はどうか知りませんが、僕はなかなか良い作品だと思うので、是非読んでみてください。

『「俺の、娘だ。もう、俺のもんだぞ。」
「淳悟のものって…家族っていうこと?」
「そうだよ。花、おまえもうれしい?」
「うん…」』

『「わたしのおとうさんは、最低で、でも、最高なの。誰よりも大切にしてくれたし、わたしも、おとうさんが誰よりも好きなんだけど…。本当は離れたいのかもしれない。きっかけからやってきてくれたら、きっとお父さんから逃げるわ!でも、きっかけってなんだろう…」』

『北から逃げてきた男女は、密やかな罪を背負って生き続けていた。
法律を犯した罪と、世間に対する罪と。
どうしようもなく離れがたい二人は、
ずっと昔からもう汚れきっていて、
いつまでも離れられないはずだった…』

『正しくなくても、それが愛なら仕方ない。
どれだけ正しくても、それが罪なら仕方ない。
二人はその両方を背負い、
寄り添いながら逃げ続けてきた。
壊れきった一つの関係が、
北の大地で魔法のように生まれた。』

桜庭一樹「私の男」


私の男ハード

私の男ハード
 

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この記事へのコメント
こんばんは。またまたお邪魔します!

桜庭さんの『青年のための読書クラブ』を読んでみました。なるほど、ちょっと劇画っぽい話ですが、充分楽しめました。名門女子校(幼稚園から高校、系列の女子大もあります)の話です。通学が許可されるのは良家のお嬢様ばかり(華族や新興成金の家庭が殆どで庶民は入り込めなそう…)、ここにマイナーな読書クラブがひっそりと存在するというような設定です。私自身小学校から大学まで公立の出身ですので、このような世界(高校など男子校に近かったです)とは無縁ですが、女の子ばかりの学校には独特の風習があるのですね。何と窮屈なことか、と思いました(笑)。
内容には敢えて触れませんが、『赤朽葉家〜』を思わせるような歴史物(?)でした。タイトルだけ見て『桜庭一樹読書日記』のような作品かと勝手に勘違いした私もいけなかったのでしょうが、内容がおもしろかったので「けがの功名」でした。

他に読んだのは『償い』(矢口敦子さん)です。これも最後が好かったです。ご存知でしょうが、幻冬舎の文庫で出ています。このミステリは、温かいミステリという感じで読めます。450ページを一気読みしてしまいました。

内田樹さんの『ひとりで生きられないのも芸のうち』も小気味よく読みました。殆どは氏のブログ(「内田樹の研究室」)に載っているものですが、福岡氏との話の中に『生物と無生物のあいだ』の内容に触れていて、そんなことも載っていたなぁ、とちょっとだけ思い出しました。生物の体がどうしてこんなに大きいか?という問題に対してランダムに動く原子の数は平方根の法則になっているからという説明をされたときです。100→10(誤差10%)、100万→1000(誤差0,1%)、、、というように数が多くなると誤差が小さくなり精度が高くなる…これなら私にも判りそうです(笑)。
またアメリカの銃社会については、対イギリスとの独立戦争で民兵が銃を持って立ちあがり独立を果たしたという歴史に基づいているそうです。アメリカの憲法では「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」と記されているそうです。独立戦争のときとは時代が違うでしょ、と言う人はいないのでしょうか? 怖いですよね。
「現代人は情感が乏しくなったので、情感を表す語彙が貧困になった」のではなく、「情感を表す語彙が貧困になったので、情感が乏しくなった」のでは…とも書いてありました。因みに、私の世代では「語彙」は「語い」では馴染めません(泣)。熟語はあくまでも漢字で書かないと違和感があります。拉致問題も「ら致」ではちょっと…迂回も「う回」では…。
出版社からの言葉の制約が多いのでブログ(訪問者が1日1万人ですって)の方が気が楽だそうです。よくぞ、言ってくれた!と私は思いますが、皆さんはいかがなのでしょうねぇ。

では、だらだら長くなりましたがこの辺で。桜の花びらが我が家にも舞ってくるようになりました。今日の風は凄かったですね。まるで台風?でしたが、ご存知ないでしょうね(笑)。
Posted by dradonworld at 2008年04月02日 00:46
こんばんわです。

「青少年のための読書クラブ」は是非読んでみたい作品ですね。そう、そんな感じの設定だっていうのは何となく知ってます。けど、読書クラブを舞台にして何が起こるのか?何だか気になりますね。まあいずれ必ず読みます。
僕もずっと公立(大学だけは私立でした)でしたが、なんというか、女子高っていうのはすごそうなイメージがありますね。僕は高校も共学でしたが、女子高出身の人にチラリと話を聞いた限りでは、何だかもうとんでもない世界のようです。女の園、というような意味ではなく、女性らしさがどんどん欠けていくという点でですが。やはり男の視線がないと女性というのは女性らしさを獲得できない、ということなんでしょうか?(笑)

「償い」は今世間的に売れている本で、ウチでも売れているんですけど、僕はどうもこういう世間的に売れているものっていうものとの相性が悪い傾向があるので避けていました。なるほど、好かったですか。ちょっと読んでみようかなって思います。

内田樹さんの本を結構読んでいますよね。僕も興味がないではないんですけど、何となく難しそうなイメージがあって避けちゃうんですよね。
まあでも、みんなが思っている(かもしれない)ことをズバッと言ってくれる人っていうのはいいですよね。僕の中で、森博嗣という作家のブログがそんな感じに近いものがあります。まあたぶん雰囲気は大分違うんでしょうが。
憲法の話は、まあ日本も似たようなものなんだろうな、と思いますね。時代が変わっても、その時代に合わなくなった条文でも変わることがない、という点ですが、まあこれは仕方ないのでしょうね。日本の場合、尊属殺人みたいなものが変わったりしてるんでしょうが(でもこれは刑法ですね。憲法の例も社会の時間にやった気がしますが、忘れました)、やっぱり大まかなものは昔制定されたままなんでしょうしね。

僕も、「語い」にはかなり違和感があります。「ら致」はまだ許せますが、「う回」はちょっとダメですね。なんというか、その熟語を構成する特徴的な字が欠けているというのがダメなのかもしれません。でも、「ご彙」や「迂かい」ならいいかというとそれもダメなんですけどね(笑)

今日の風は凄かったですね。さすがの僕でも気づきました。外に並んでる自転車が風で倒れたりしてましたよ。すごかったです。あぁいうのは春一番とは言わないんですかね。よくわかんないですけどねぇ。
Posted by 通りすがり at 2008年04月02日 02:58