デビュー当時から多くの作家にその天才性を認められ、評価されてきた乙一は、今では短編の名手として大いに評価されたミステリ界の逸材である。そんな乙一のデビュー間もない頃の短編(中篇?)二作が収録されている。
「A MASKED BALL」は、トイレの落書きにまつわる話で、煙草を吸うために校舎内の人気のないトイレを使っていたら、そのトイレに突然、「ラクガキスルベカラズ」とい自己矛盾的な落書きが書かれ、それに主人公も含めて数人の人が返事を出していく。その中で、常にカタカナで文字を書く奴が理不尽な粛清予告のようなものを書き始め、それがどんどん実行されていく・・・
解説の我孫子氏は、「コミュニケーションの匿名性をインターネットなど出さず、落書きと言うありきたりなものでさらりと書いて見せたところがすごい」と書いている。そんな難しいことを考えなくてもさらりと読めて面白い。
表題作の「天帝妖孤」は、夜木と杏子の悲しい物語。一人コックリさんの世界で人間である何かを売り渡してしまい自分の人生を破滅させてしまう夜木と、他の人は避けるその男と出会い介抱し、仕事を与え一緒に暮らし、それでも別れなくてはいけない杏子。二人の出会いから別れまでが、夜木の独白の手紙を交互に挿みながら展開する。かなり切ない雰囲気を残す作品である。
夜木の人生のことを考えるとかなり辛くなる。これほどの苦痛があるだろうかというほどで、もし自分が同じ存在だったらどうだろうか、と意味のない空想をしてしまう。それほどの恐怖である。
乙一の作品は豊かで怖い。これからもどんどん読んでいきたい。
乙一「天帝妖狐」
天帝妖狐集英社文庫