「そうでしょうとも。どこを向いても、まさしく『芸術』がたわわに実っておりますからね」
見届け人がそう言うと、自称芸術家は、素晴らしい、ともう一度繰り返した。
辺りは、何とも奇妙な風景に彩られている。
ギターを弾いている芸術家がいる。舞踏を踊っている芸術家がいる。誌を書いている芸術家がいる。他にも、歌を歌っている者、絵を描いている者、彫刻をしている者、華を活けている者など、およそこの世にあるありとあらゆる『芸術』が、見渡す限りの光景に広がっているのだ。その一つ一つは、芸術に関心のない人間が見ても驚嘆の声を上げずにはいられないもので、あらゆる人間の心を瞬時に奪ってしまうだけの力を持っている。かつてこの地を訪れたある批評家は、もしコンクールに出場出来るのであれば、世界を制することが出来るほどの実力を持っている、と表した。恐らくそれは間違ってはいないだろう。しかし、それを検証する機会は恐らく永遠には来ないだろう。
「これまでどれぐらいの芸術家を見届けて来たのかね」
書道家だという初老の男は、この期に及んで見届け人に疑念を抱いたりしたのだろうか、そんなことを聞いてきた。
「そうですね、ざっと300近くは数えるかと」
それを聞いて満足したのか、彼はうむうむと頷くようにして、それからはしばらく口を開くことがなかった。
見届け人は、いつものように準備に入った。と言っても大してすることは多くない。依頼人に最終的に飲んでもらうことになる薬品を確認し、そして神への祈りを捧げてから、あらかじめ決めてあった場所で穴を掘るだけだ。
規則として決まっているわけではないのだが、見届け人が穴を掘っている時に話し掛けてはいけないという噂が巷間には流布しているようだ。書道かも恐らくどこかでその話を聞きつけたのだろう。見届け人が穴を掘る様をじっと見つめるだけで話し掛けてはこない。いつもこの間見届け人は、この『芸術の森』の創生について思いを巡らせてしまう。穴を掘るという単純作業には、何か別のことでも考えていないとやってられない、ということもある。
ここは『芸術の森』と呼ばれていて、まさに世界レベルの芸術家が所狭しと並んでいる場所である。その始まりは、ある一人の男が、芸術家を自らの手で育てよう、と考えたことに端を発する。
その男は、株の売買で巨万の富を築き上げたが、晩年になって芸術へ奉仕することに決めたらしい。高知県の山奥の廃村になった村を買い取り、そこに様々な芸術家を呼び寄せては、生活の保障を与えた上で創作に専念させる、ということを考えた。世間からは完全に隔絶し、外部の人間をほぼ入れないという徹底したやり方に、逆に世間の興味が向くことになったが、一度潜入に成功した記者がスクープしたという記事が雑誌に載り、それがあまりにも普通の農村に日常であったために、世間の関心は一気に冷めることとなった。
なので、ここからの話は、どこから出てきたのか分からない伝聞がメインの話となる。しかし、現実にこうして『芸術の森』が生まれたからには、その話にはそれなりの信憑性があるのだろう、と思う。
村での生活は順調に行っていたが、しかしもちろん人が死ぬことはある。初めてその村で死んだのが誰だったか、それは伝わっていないが、老衰だったという話だけはある。もちろん死んだのは芸術家だ。伝わっている話では、ピアノ奏者だったらしい。
問題となるのは、その死体をどうするか、ということだ。村は外部から完全に隔絶していたこともあり、死体は土葬されることになった。
しばらくしたある日、誰かがそれに気づいた。死んだ芸術家を埋葬した場所から植物の芽らしきものが生えてきたのだ。村の人間は、芸術家が新しい形で再生をしようとしているのだ、と喜んだ。
しかししばらくすると、何だか奇妙な現象が出現した。その芽はぐんぐんと成長し、そしてそれはどう見ても人間の姿かたちを模したように見えたのである。
さらに変事は続く。ある時、どこからともなくピアノの音が聞こえてきたのだ。死んだ男以外にはピアノ奏者はいなかった。誰かが戯れに弾いているというのでもなく、それは見事な演奏だったという。まさかと思って死んだ男を埋葬した場所まで来て見ると、なんと人間の形を模したその植物がピアノを弾いていたのである。
それは、生前の芸術家の演奏をさらに上回る、まさに神の領域と言ってもいいほど素晴らしい演奏だったようだ。演奏は昼夜を問わず続き、住人はその音にいつも聞き惚れた、と言われている。
それからは同じことが起こった。人死にが出る度に土葬をする。すると、生前の芸術家と同じジャンルだが、レベルは遥かに高い芸術家が『生えて』くるようになったのだ。
しばらくそんな状況が続くと、次第に村の雰囲気が変わっていった。それはひと言で要約するとこうなる。
『生きていても芸術の極致を垣間見ることが出来ないのならば、例え植物の姿に変わってしまってもいいから、素晴らしい芸術家として生まれ変わりたい』
つまり、村では自殺が大流行することになったのだ。
そして村はまた廃村となった。
その廃村を再発見したのが、見届け人である。見届け人はこの『芸術の森』を見つけ、その芸術的豊潤に打たれ、そしてここで何が起こったのかを調べ理解した。そして自らの使命は、植物の姿に成り代わってでも至高の芸術家になりたいと願う人々を見届けることである、と悟ったのだ。
十分な深さの穴を掘ることが出来た。見届け人は書道家に声を掛ける。
「どうぞ、行ってらっしゃいませ」
一銃「芸術家の夢」
今回は、本作とまったく同じ設定(舞台)をパクって話を考えてみました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、「月光ゲーム」「孤島パズル」に続く、有栖川有栖の学生シリーズ(って確か呼ばれていたはず)の第三弾です。
京都にある英都大学推理研究部に所属するアリス・江神・望月・織田の四人は、同じく推理研究部に所属するマリアの父親からとある相談を受けた。それは、マリアを連れ戻して欲しい、というものだった。
話はこうだ。マリアは前回の事件で大きく心を痛め、学校を休学して旅に出た。毎日電話をするようにと言い聞かせて出したのだが、連絡が途絶えたことがあった。心配していると、今四国の山奥にいる、ということだった。木更村、というところだという。
木更村というのは、一時メディアを賑わせたことがあるのでアリスらも知っていた。とある大金持ちが廃村になった村を買い取って芸術家を集め創作に専念させている地であり、マリアは何故か分からないがそこに惹かれて長逗留しているらしい。本人の意思で留まっているようなので無理矢理連れ戻すのもどうかと思うのだが、やはり心配なので見に行って来て欲しい、とそういう内容だった。
というわけで、もちろん暇を持て余している四人は早速その木更村へと向かうことにする。
しかし、木更村というのはかなり排他的な土地で、部外者を本当に入れてくれない(マリアは怪我をしてしまい、その治療ということで中に入れたのだ)。何とか無理矢理江神だけが木更村に潜入することが出来たのだが、その直後、大雨のせいもあって木更村へと向かう橋が吹き飛ばされてしまった。停電のため電話も繋がらない。つまり、木更村は陸の孤島と化したのである。
さらに、木更村と、木更村の隣にある夏森村の両村で殺人事件が発生する。江神は木更村の事件を、アリスら残り三人で夏森村の事件を調査するのだが…。
というような話です。
さてこのアリスの学生シリーズは僕は結構好きなんですけど、本作もやっぱり面白い作品でした。
まず、文章がとにかく非常に読みやすい。
僕は小説には二パターンあると思っていて、それは文章による表現を重視するものと、ストーリーを重視するものです。
表現を重視する場合、もちろん文章というのは作家の個性となります。どんな言葉を使うのか、どんな文章を組み立てるのか、そこにすべての神経を使うと言っても言い過ぎではないでしょう。そういうタイプの作品であれば、いくらでも文章に凝ってもらっていいし、どれだけ実験的な文体でもいいと思います。
でも、ストーリーを重視する作品の場合、まったく逆になると僕は思っています。その場合、文章というのは刺身のツマのように添え物になるべきだ、と僕は思っています。特徴的な文体も、鮮烈な比喩もいらなくて、ひたすら背景に徹するような文章です。
有栖川有栖の作品というのは、そういう添え物のような文章で書かれています(一応言っておきますが、これは褒め言葉です。添え物のような文章を書くのは、簡単なようでいて実は難しいものです)。こういう文章を書ける作家ですぐ思い浮かぶのは真保裕一とか東野圭吾とかですけど、とにかく文章にクセがなくて非常に読みやすくて、ストーリーの邪魔をしない、というのがすごくいいですね。
かと言って文章が平板なのかというとまったくそんなことはないですね。有栖川有栖の作品はまず会話が面白いし、本作では時々芸術論みたいなものも出てくる。詩や曲を効果的に挿入したり(『効果的に』なんて書いてみたけど、僕にはよくわからない部分の方が多かったかも。でもたぶん効果的なんだと思う)しています。平板ではないのにクセのない背景に徹する文章を書ける、というのは凄いと思います。
また本作は、問題の提示も解決も、非常に簡単に説明することが出来ます。問題の方は、
『分断されたそれぞれの村で殺人事件が起こる。一方は鍾乳洞の中で香水の臭いをさせた死体が見つかり、もう一方ではその村に来たばかりで利害関係がほとんどなさそうなカメラマンの死体が見つかる』
というぐらいなもんで、もちろん細かい伏線は一杯ありますが、大体こんな感じです。解決の方も、もちろんここには書きませんが、3行もあれば書けてしまうぐらい結構単純な内容です。何が言いたいのかと言えば、本筋となる事件自体は比較的単純だ、ということです(もちろん僕には解けなかったし、単純であることと平易であることは違うわけですけど)。
その単純な構造の話で、文庫本で700P近い作品を書いてしまうんだからすごいなと思います。そもそも事件が起こるまでに200Pぐらい掛かっているわけで、いかにそういう本筋とは関係ない話が多いかというのが分かると思うのだけど、でもその本筋とは関係ない部分がなかなか面白いんですね。退屈させません。これもまた上手いなと思うところです。
事件についても、なるほどなかなか素晴らしい構成だったなと思いました。あることに気づけば、どの謎も一瞬で解けるようになっています。それがつまり単純ということなんですが、しかしこれがまったく平易ではないんですね。その単純な構造はなかなか見抜けないように出来ています(たぶん。鋭い人は「読者への挑戦状」の時点で解けたりするのかな)。
これまでにも書いてきたことですけど、この学生シリーズには(有栖川有栖作品全般に言えることかもですけど)密室やアリバイみたいなものは出てきません。ダイイングメッセージだの、他の特徴的なミステリの仕掛けみたいなものはないんですね。それでも犯人を特定することが出来る。それがすごいと思うわけです。
例えば密室なんかを出せばもっと楽ですよね。密室がどうやって作られたのかを考える。そうすると、そのやり方で密室を作ることが出来た人間が絞り込まれる。そういう風にして容疑者を絞っていけばいいわけです。アリバイなんかにしても、うまく使えば、読者にコイツは怪しいぞ、みたいなことをほのめかしたりできると思うんですね。
でもそういうことはしないわけです。アリバイについてはいつも誰も確定的なものは持っていないし、密室が出てきたりもしません。恐らくですけど、有栖川有栖はなるべく現実に近い雰囲気にしたいのだろうな、と考えているんだと思います。実際事件が起こった時に明確なアリバイを持っている人間なんてそうはいないだろうし、ダイイングメッセージなんて残さないし、密室なんて作らない。そういうところからミステリを作り始めているような気がします。
まあそんなわけでダラダラ書きましたが、有栖川有栖のミステリというのはかなり好きですね。本作もかなりいいです。長いけど、文章が読みやすいためにスラスラ読めます。本作は、この20年のミステリの中でベストを決める「もっとすごい!!このミステリーがすごい」のランキングの中で8位だったようです。かなり評価の高い作品です。是非読んでみてください。一応シリーズではありますが、それぞれを単発で読んでもそこまで支障はないと思います。
ちなみに僕は近い内に、この学生シリーズの最新刊である「女王国の城」を読む予定です。これも、「このミス」で3位となかなか評価の高い作品です。相変わらず長いですが、まあ頑張って読みます。
有栖川有栖「双頭の悪魔」

双頭の悪魔文庫