唯一原爆を落とされた国でもあり、エネルギー資源に乏しく、他国が開発を断念する中、原子力発電に頼らざるおえない日本という国。危険性を認識しつつも、安全だと声高に主張し続けるしかない国。頼らざるおえないものに対する国民の非難や不安。誘致先でのデモと、そこで発電された電気を使う都会人の無関心。そうした、「原発」という名の矛盾を抱え、消化できないまま飲み込むしかない日本という国の現状を、この作品では見事に描き出している。
発端は、防衛庁の管轄の元民間企業が作る、新たな航行システムを搭載した新型ヘリコプター、通称「ビッグB」が盗まれたことだ。パイロットなしで航行できるシステムを搭載した「ビッグB」は、遠隔操作の末、なんと原発の真上に陣取った。
「日本中の原発を破壊せよ。さもなくばヘリを原発の上に落とす」
FAXでそう宣言した「天空の蜂」と名乗る犯人。関係者は騒然となる。
さらに驚愕の知らせが舞い込んでくる。なんとその無人のはずのヘリには、開発者の子供が乗っているというのだ。一人上空に取り残された少年と共に原発を人質にとった犯人。喉元に突きつけられたナイフに、政府を始め各関係機関は途方に暮れる。
犯人は一体誰なのか、子供は救助できるのか、原発への落下は防げるのか?事件発生からのわずか10時間あまりを克明に緻密に描きあげ、日本の抱える「原発」というものの現実を見せ付けた傑作である。
とにかく、わずか10時間の時間経過しか描いていないとは思えないほど内容が濃い。分量もかなりある。それでいて圧倒的なスピード感で読ませる。サスペンス物の著作がそれまでなかったから、かなり新鮮な作品だ。
普段僕は、「原発」というものを意識することはない。それは、「原発」というものが身近にない人なら同じだろうと思う。今こうして使っているパソコンを動かしている電気が、どこでどうやって作られていようが、使っている人には関係ないからだ。
だが、誘致先ではそうもいかない。資金が入るからといって原発を誘致する。雇用の確保もできる。自治体としては、目先のにんじんに釣られる形で誘致を決めるのだろうが、そこに住む人間には納得できない。本当に安全なのか、事故は本当に起こらないのか、原発があるというイメージはマイナスではないのか、そこで働いて被災しないのか、田舎で作った電気を都会で使うのはいただけない。そういう、そこに住んでいる者だからこそ抱く不満というものを抱えながら住み続けるしかない。
ある登場人物がこういっていた。正確な引用ではないが、「放射能があるかもしれない、という思いが消えないことが問題だ。原発のある地で白血病になったら、やっぱり原発があるからか、と思う。そういう気持ちが少しずつ人をだめにしていくんだ」というような感じのことだ。
その通りだろうと思う。科学的な根拠なんかなくても、原発と放射能、そして放射能と病気は結びついてしまう。そういった、人の気の持ちようすらも原発は変えてしまう。
著者は、どちらがいいのかということは伝えない。反対派、賛成派、両方の意見を細部に渡って描き、それで読者に判断させようとしている。原発、というものに対する問題提起。逸らしているという意識もないまま視界に入れない「原発」という問題を、改めて自分の問題として考えてみるのもいいのではないかと思います。
もちろん、そんな難しいことを考えなくたって面白く読めます。さすがの筆力だな、と思います。子供が乗ってしまった、という設定が、より一層サスペンス色を強めていて、お勧めです。
何かで読んだんだけど、著者の中で思い入れの深い作品であるらしく、それというのも、取材に3年、執筆に1年掛かった(正確ではないかもしれない)からだそうだ。そうだろう。原発といえば、実際のテロなどを警戒して、結構情報が機密扱いだろうし、また「ビッグB」という、著者が考えたヘリのアイデアを形にするにも様々な知識が必要だっただろう。
とにかく、長さに抵抗を感じずに、スラスラ読めるので、是非読んでみてください。
東野圭吾「天空の蜂」
天空の蜂講談社文庫