2005年03月06日

天空の蜂(東野圭吾)<再読>

体がくっ付いて生まれてきてしまう双子、という存在がいる。体の一部をお互いに共有していて、切り離そうとするとどちらか一方が死んでしまう、とそういう存在。不自由を抱えつつ、一体となって生きていかなくてはいけない運命を背負った存在。この小説を読んでそんな連想が浮かんだ。
唯一原爆を落とされた国でもあり、エネルギー資源に乏しく、他国が開発を断念する中、原子力発電に頼らざるおえない日本という国。危険性を認識しつつも、安全だと声高に主張し続けるしかない国。頼らざるおえないものに対する国民の非難や不安。誘致先でのデモと、そこで発電された電気を使う都会人の無関心。そうした、「原発」という名の矛盾を抱え、消化できないまま飲み込むしかない日本という国の現状を、この作品では見事に描き出している。
発端は、防衛庁の管轄の元民間企業が作る、新たな航行システムを搭載した新型ヘリコプター、通称「ビッグB」が盗まれたことだ。パイロットなしで航行できるシステムを搭載した「ビッグB」は、遠隔操作の末、なんと原発の真上に陣取った。
「日本中の原発を破壊せよ。さもなくばヘリを原発の上に落とす」
FAXでそう宣言した「天空の蜂」と名乗る犯人。関係者は騒然となる。
さらに驚愕の知らせが舞い込んでくる。なんとその無人のはずのヘリには、開発者の子供が乗っているというのだ。一人上空に取り残された少年と共に原発を人質にとった犯人。喉元に突きつけられたナイフに、政府を始め各関係機関は途方に暮れる。
犯人は一体誰なのか、子供は救助できるのか、原発への落下は防げるのか?事件発生からのわずか10時間あまりを克明に緻密に描きあげ、日本の抱える「原発」というものの現実を見せ付けた傑作である。
とにかく、わずか10時間の時間経過しか描いていないとは思えないほど内容が濃い。分量もかなりある。それでいて圧倒的なスピード感で読ませる。サスペンス物の著作がそれまでなかったから、かなり新鮮な作品だ。
普段僕は、「原発」というものを意識することはない。それは、「原発」というものが身近にない人なら同じだろうと思う。今こうして使っているパソコンを動かしている電気が、どこでどうやって作られていようが、使っている人には関係ないからだ。
だが、誘致先ではそうもいかない。資金が入るからといって原発を誘致する。雇用の確保もできる。自治体としては、目先のにんじんに釣られる形で誘致を決めるのだろうが、そこに住む人間には納得できない。本当に安全なのか、事故は本当に起こらないのか、原発があるというイメージはマイナスではないのか、そこで働いて被災しないのか、田舎で作った電気を都会で使うのはいただけない。そういう、そこに住んでいる者だからこそ抱く不満というものを抱えながら住み続けるしかない。
ある登場人物がこういっていた。正確な引用ではないが、「放射能があるかもしれない、という思いが消えないことが問題だ。原発のある地で白血病になったら、やっぱり原発があるからか、と思う。そういう気持ちが少しずつ人をだめにしていくんだ」というような感じのことだ。
その通りだろうと思う。科学的な根拠なんかなくても、原発と放射能、そして放射能と病気は結びついてしまう。そういった、人の気の持ちようすらも原発は変えてしまう。
著者は、どちらがいいのかということは伝えない。反対派、賛成派、両方の意見を細部に渡って描き、それで読者に判断させようとしている。原発、というものに対する問題提起。逸らしているという意識もないまま視界に入れない「原発」という問題を、改めて自分の問題として考えてみるのもいいのではないかと思います。
もちろん、そんな難しいことを考えなくたって面白く読めます。さすがの筆力だな、と思います。子供が乗ってしまった、という設定が、より一層サスペンス色を強めていて、お勧めです。
何かで読んだんだけど、著者の中で思い入れの深い作品であるらしく、それというのも、取材に3年、執筆に1年掛かった(正確ではないかもしれない)からだそうだ。そうだろう。原発といえば、実際のテロなどを警戒して、結構情報が機密扱いだろうし、また「ビッグB」という、著者が考えたヘリのアイデアを形にするにも様々な知識が必要だっただろう。
とにかく、長さに抵抗を感じずに、スラスラ読めるので、是非読んでみてください。

東野圭吾「天空の蜂」


天空の蜂

天空の蜂講談社文庫
 

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天空の蜂 東野 圭吾 1998年 講談社文庫 ★★★★★ 「一度は蜂に刺されたほうがいい」 「子供は刺されて初めて蜂の恐ろしさを知る。」 ある夏の日の朝、愛知県にある錦重工業小牧..
天空の蜂【ほんだらけ】 at 2006年03月05日 23:55
この記事へのコメント
久しぶりに来ました〜。なんか変わってる!黒夜行っぽいかも〜。感想もかなり進んでるね。あ、ランキングがおちてるね。残念。今なかなか見れないから。がんばってパソコンつなげます。じゃ!
Posted by choco at 2005年03月06日 12:35
ん?なんだ、パソコン繋がったのかと思ったらそうではないのね。残念。ってじゃあ、こうやって書いてもまた当分見れないか。まあ、とにかく頑張って。

でも、来てくれて嬉しいです。
Posted by 通りすがり at 2005年03月06日 13:23
大好きな本なので、いまさらですがTBさせていただきました。
これ、周りの人に結構すすめたんだけど反応がいまいちで…。
やっぱ重いからかなぁ。
Posted by uririn at 2006年03月06日 00:02
uririnさんですね。こんばんわ。

僕もこの作品は好きですね。白夜行もそうだけど、東野圭吾の作品は、なかなか評価が分かれます。まあ僕としては、そういう作家である方がいい、と思っていますけど。舞城王太郎とか。

そもそもあまり本を読まない人は、長い話を好まないんだろうな、と思いますけどね。
Posted by 通りすがり at 2006年03月06日 00:33
今現在この作品を読書中です。
この間の新潟の地震で原発がどうやら大変なことになっているようですが、この小説を読むと事態の大変さが理解できます。こういう工学的な記述の多い小説ってあんまりないですよね。勉強になります。

東野圭吾もいいですね。スガさんのオススメしてくれた白夜行もホントによかったです。あと永遠の仔も最高でした。価値ある作品が読めるというだけで生きてても悪くないと思えるから不思議ですね。

これは最近思いついたことですが、クレイドゥの「僕」は実は多重人格ではないでしょうか?主人格がだれなのかはよくわかりませんが。テキトーな意見ですけどどうでしょう?
夏休みにもう一回通して読んでみます。
Posted by amasaki at 2007年07月20日 20:32
この本は、東野圭吾が一番思い入れのある作品だって言ってるからね。何せ、取材に三年、執筆に一年掛かってるらしいから。でも刊行当時あんまり売れなくてがっかりしたらしい。
確かにこれを読むと、新潟の地震の大変さが分かるかも。原発が止まったみたいなニュースがあったような気がするしね。

東野圭吾はいいよ、ホント。まあいろんな作品を書くから読んでみてください。白夜行はまじ傑作だと思います。
天童荒太もどれを読んでも結構レベル高い作家です。

クレイドゥの「僕」が多重人格かぁ。うーむ、それだとそれまでの流れとちょっと繋がらない気がするんだけどなぁ。
やっぱ何らかの処置を施されて人格が変わっていると考えるしかなさそうだけど、だとするとその処置のシーンが描かれてないのが気になるし…。
スカイクロラシリーズの短編に期待です。
Posted by 通りすがり at 2007年07月21日 02:54