ある日のこと。おばあさんがいつものように竹林をお散歩していた時のことでした。ふと、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたような気がしました。おばあさんは初め気のせいだ、と思いました。年を取って耳も遠くなってきたし、そもそもこんなところで赤ちゃんの泣き声が聞こえるわけがない、と思ったわけです。しかし、次第に気のせいではない、と思えるようになってきました。そしてその泣き声は、どうやら竹の中から聞こえてくるようなのです。
おばあさんはすぐにかぐや姫の話を思い出しました。竹の中で見つかった赤ちゃんが月へと帰っていく話です。おばあさんはもしかしたら、と思い、家から斧を持ち出しました。振り上げるのにちょっと力は要りますが、なんのその、おばあさんは慎重に竹を切ってみました。
するとどうでしょう。そこには可愛らしい赤ちゃんがいるではありませんか。まさにかぐや姫のお話通りです。おばあさんは、他の竹からも泣き声が聞こえることに気づいて、次々に竹を切っていきました。そのほとんどに赤ちゃんを見つけることになりました。
おばあさんはどうしたものかと考えました。おばあさんは、死んでしまった夫が遺してくれた莫大な遺産があり、子どもを100人育ててもまだありあまるだけのお金があります。これは私に育てろと神様が言っているに違いない、と思い、おばあさんは竹の中から見つかった子ども達を自分で育てることにしました。
〜とある新聞記事〜
○○県××市の児童相談所に、「赤ちゃんポスト」が設置されることになりました。日本では5例目ということになります。昨日設置されたばかりの赤ちゃんポストには、既に明け方には一人の赤ちゃんが入れられていたそうです。所長は、里親を探すところまで含めて最後まで責任を持つ、と明言しています。既に赤ちゃんポストが設置されているところでは大きな問題は起こっていないようですが、市の担当者は、微妙な問題も含んでいるので出来れば辞めて欲しい、と語っていました。
博士は、元々パンダの研究をしていました。パンダは何故竹だけを食べて生命を維持できるのか、という興味から研究は始まったわけですが、しかし次第に力点は竹の方に移って行きました。竹という植物の特異性に惹かれ、やがて竹をメインに研究をすることになりました。
博士はその過程で、ある発見をすることになります。博士は、竹から抽出可能な栄養素についての研究を行っていましたが、その過程で、竹を使った生命維持装置の開発に成功したわけです。人体をある特殊な方法で竹と接続することで、竹そのものから酸素や栄養を取り込むことが出来る装置です。
博士はちょっとした実験を思いつきました。
友人の児童相談所所長に協力を仰ぎ、赤ちゃんポストを設置させました。そうやって手に入れた赤ちゃんを竹林に連れて行き、博士が開発した生命維持装置を使って竹の中に入れました。
後日、「現代のかぐや姫」という見出しを新聞に見つけた博士は、今度は研究の興味を、人間を月で生活させる、ということに移したのだそうです。
一銃「かぐや姫」
最近あんまり長い話が書けません。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、海堂尊の「医学のたまご」と対を成す作品となっています。時間軸で言えば、本作の方が「医学のたまご」よりも前になります。
帝華大学の産婦人科学教室の助教授である曽根崎理恵は、人工授精のスペシャリストとして知られている。現在は、大学で講義をする一方、マリアクリニックという産婦人科医院で週一回手伝いをしている。かつてはマリアクリニックには、帝華大学産婦人科教室からの手厚いサポートがあったのだけど、とある事件によってその関係が変わってしまった。マリアクリニックは、現在受け持っている妊婦のお産が終わった時点で閉院を決めている。理恵は、直属の上司に睨まれつつも、マリアクリニックでの手伝いを止めようとはしない。
厚生労働省の横暴に表立って噛み付き、また議論では誰にも負けないその強さから、「クール・ウィッチ(冷徹な魔女)」とあだ名されている。
理恵は、いつものようにマリアクリニックで人工授精をし、大学では講義をしている。しかし彼女は裏にある計画を秘めている。一方、大学の同僚である清川は、担当教授からある噂について確認しろと厳命を受ける。理恵が何かやってるらしいぞ…。
というような話です。
さすが海堂尊。相変わらずうまいですね。今回のテーマは人工授精。法整備の遅れや解釈の違いなどの現実から、あるいは倫理面まで、様々な考え方を取り入れながら読者に現状について考えさせ、それと同時に小説としても面白いわけで、相変わらずこの作家の力量はとんでもないな、という風に思います。
本作では、不妊治療・人工授精・代理母出産・出生前診断など、医療技術の進歩と共に、コインの裏返しのように出てきた妊娠・出産に関する諸問題を扱っています。僕は男なんでイマイチなんとも言えない部分はあるんですけど、女性なら深く考える部分もあるだろうし、また既に母親となっている人なら共有出来る部分がたくさんあるのではないかな、と思ったりします。
特に、出生前診断についてはなかなかすごい展開になりますね。本筋のストーリーと直接関わるわけではないんだけど、女性の(あるいは母親の)子どもに対する想いというのは、まさに合理性などでは割り切れないのだろうな、という風に思いました。
代理母出産に関しては、ちょっと前にニュースで見た気がします。本作でも書かれていますけど、代理母出産の場合、卵子を提供した人ではなく、実際にその子どもを産んだ人が法律上の母親ということになるわけです。僕の感覚ではそりゃあおかしくはないか、と思うし、割と多くの人がそう思っているんではないか、と思いますけど、でも現状ではこうなんですよね。ちょっと話は違いますけど、離婚してから何日以内に妊娠した子どもは戸籍が与えられないとかなんとかっていう300日問題でしたっけ?そんなのもあるし、出生に関する法律というのはなかなか現実とそぐわないものがあるなぁ、と思ったりします。
あと海堂尊の小説で常に描かれている裏テーマに、医療制度の崩壊があります。本作でもそれはきっちりと描かれています。
海堂尊の小説を読むと、日本の医療制度というのは本当に崩壊しているんだな、ということがなんとなく伝わってきます。それが僕らの実際の実感と食い違う理由は、恐らく二つあるのだろうと思います。一つは、マスコミが正しく報道をしないから。そしてもう一つは、現場の医療従事者が必死でその崩壊を食い止めようとしているから。そして海堂尊の小説では、その後者の立場にいる人々が描かれることが多いですね。
海堂尊は常に書いていますが、厚生労働省の役人は正しいことに予算を出さない、らしいです。「チーム・バチスタの栄光」では、検死に予算を出さないことについて言及しているし、本作でも、少子化を食い止めるつもりがあるなら、産婦人科での診療に保険が利くようにし、さらに人工授精などに補助金を出したり、子どもを持つ親を金銭的に助成したりする制度が必要だ、という風に書いています。しかし厚生労働省の役人は、予算を削ることには努力しますが、予算を与えることにはまったく無関心です。それにより、医療制度が崩壊してしまっています。
また本作では、別の原因にも触れられています。それは、厚生労働省の役人が、大学病院の医局制度を潰したことです。
大学病院の医局制度は、「白い巨塔」なんかでも描かれていましたけど、確かにいい制度だとは言えないかもしれません。医局という上下関係で縛って、権力争いばかりに汲々とするようなのは、医者の本分とは言えないでしょう。
しかし一方で、医局制度というのは地方医療に大きく貢献してきたという側面があったようです。詳しいことは分からなかったんですけど、医局の権限で医者を地方に送り込む、という不文律があったからこそ、これまで地方医療はなんとか保ち続けてきたのだ、ということらしいです。
しかしそれを、地方医療を維持する仕組みを作ることなく、大学病院の医局制度だけをぶっ潰してしまったがために、現在地方医療は壊滅的な状況になっているんだそうです。今はまだ、現場の人間が無茶をしてなんとか踏ん張っているからこそギリギリなんとかなっている部分もあるかもしれないけど、でもしばらくしたらその踏ん張りも瓦解するでしょう。ジワジワとその体力が奪われていき、その内地方では医療を受けることが出来ない、という状況にもなりかねないのではないでしょうか。
そういえば今日チラッとみたヤフーのニュースの中に、医学部の定員を減らす、みたいなのがあったような気がします。見出ししか見ていないのでなんとも言えませんが、でもこうした現状の中で医者のたまごを減らすというのはどうなんだろう、という風に思ったりしました。ただうろ覚えなんでこのニュースが正しいかどうか分かりませんけど。
集英社新書から「貧乏人は医者にかかるな」という本が出ていましたけど、確かにこれからはそういう時代になるかもしれませんね。病院に行くことが出来るのは一部の上流の人間だけで、下流の人間は病気になっても放って置くしかない、という時代が。そういう流れを国が作っているようなので、もう仕方ないんでしょうね。一回国が潰れでもしない限り、どうにもならないでしょう。
まあそんなわけで、いろいろ考えさせられる作品であるのと同時に、小説としても面白いです。海堂尊はホントすごいな、と思います。これからもバリバリ小説を書いて欲しいですね。
海堂尊「ジーン・ワルツ」

ジーンワルツハード