ボサボサ頭の博士はそう呟くと、どかっと椅子に座り込み、大分前に淹れてあったコーヒーを一口啜った。
博士は、周りからそう呼ばれているというだけであって、実態はただの素人発明家である。その彼が、長い年月を掛けて研究し続けてきたシステムが、今日ようやく完成したのだった。
それは、本に革命をもたらす技術であった。
博士が完成させたのは、いわゆる電子ブックであるが、しかしディスプレーに文字が表示されるだけのような代物ではない。
博士はまさに、紙の本を読むかのようにして読むことが出来る電子ブックを作り上げたのだった。
見た目は、まさしく普通の本である。文庫サイズや新書サイズなどいろんなサイズを作ることは出来るが、とりあえず博士が完成させたのは四六版と呼ばれる大きさのものだ。素材は紙ではないが、紙のような手触りを実現したカバーであり、中身も紙で出来ているように見える。まさに見ただけでは本物の本なのである。
この電子ブックは、電源を入れない状態では中は白紙の紙のままである。しかし、電源を入れ読みたい本を選択すると、白紙だったはずの紙に文字が浮かびあがるのである。
内臓のハードディスクには約100冊分を収める容量があり、またSDカードなどを入れることも出来る。
これがあれば、買った本が家に溜まっていくということもなくなるし、また電子ブックの最大の難点であった、紙の本を読むというあり方を失うこともないわけで、印刷技術の発明以来の本革命と言えるような発明であった。
「やっとこれで僕の夢が叶う」
博士は安堵のため息をつくのだった。
50年後。
博士の発明した電子ブックは、未だに普及していなかった。いや、その表現は正しくない。正確に言えば、まだ世の中に出ていなかったのである。
「博士は、どうして自らの発明品に法外な契約金を設定しているのでしょうか?」
マスコミの取材である。50年前、革命的な電子ブックを発明し特許を取った時にも、マスコミによる取材を受けた。しかしその時に、すべては50年後に話しますよ、と言ったのだった。まさか覚えている人間がいるとは思わなかったが、しかしこれだけのマスコミが集まっているとなると、自分の発明もなかなかのものだったのだな、と思える。
「僕はね、本屋っていうのが大好きなんですよ」
僕は特許を取った電子ブックに、使用料として莫大な金額を設定した。そのライセンス料を払って採算を取ることはまず不可能なほどの天文学的な金額だった。出版業界からは、常軌を逸している、と何度も言われた。そんな値段で交渉する出版社などあるわけがない、と。各種機器メーカーも同様の見解だった。
僕の望んだ通りだった。
「僕の発明した電子ブックがもし実用化されてしまうと、本屋ってなくなっちゃうでしょ?データでいくらでも本が買えるようになっちゃうんだからね。でもそういうのって僕は好きじゃないんですよ。やっぱり本屋で本を選ぶっていうのが好きなんです」
「じゃあ博士は、どうして電子ブックの開発をしたんですか?」
「簡単じゃないか。もし僕以外の誰かがあれを発明したら、今頃それが世間に広まっていたことだろう。僕はそれを阻止したかったんだ。電子ブックを世の中に広めないために、先に自分で特許を取っておいたんだよ」
そう、僕の夢は叶ったのである。
一銃「電子ブック」
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、現ジュンク堂池袋本店の副店長である著者が、人文書院のHPに「本屋とコンピュータ」と題して連載していたコラムをまとめて書籍化したものです。著者はなかなかすごい人のようで、様々な人と関わりがあったり雑誌で文章を書いたりしている一方で、演劇人でもあるようで、関西にいた頃はある劇団で俳優・演出家としても活躍していたそうです。
内容は多岐に渡りますが、基本となるのは書店のSA化(POS導入などのストア・オートメーション化のこと)についてです。このコラムの連載が始まったのが1999年であり、その当時はまだこのSA化がそこまで本格的ではなかった時期のようです。僕はそもそも、SA化する前の本屋というのを全然知らないのでなんとも言えませんが、POSやデータ管理なんかが導入されるようになったのはここ最近のことなんだなぁ、と思ったりしました。
他にも、図書館について論じているものもあれば、著者の働く売り場であった出来事が書かれていたり、あるいは人文系の本について触れつつ出版業界や書店について絡めて行くという難しい話もあったりで、内容はいろいろですね。
なかなか頭のいい人のようで(著者略歴を見たら、京大哲学科卒だそうで。そりゃあ頭いいでしょうね)、難しい話も自分の中で咀嚼出来るようで、すごいなと思いました。国語の評論文とかで出てくるような文章なんかが唐突に現れたりとかして、おぉレベル高いぜ俺にはちょっと理解できねぇぜ、なんて思ったりする部分も結構ありました。
もちろんそうでない部分も結構あって、店頭でどんなことがあったなんていう話は僕にとっても身近で面白かったなと思います。
なかなか面白い主張をしているなと思ったのが、図書館についてですね。著者は、いろいろあって図書館関連で講演をしたりすることもあるみたいなんですけど、面白い提案を二つしています。
・読者が買って要らなくなった本を図書館が引き取ればいい
・図書館を民間の経営にすればいい
この二点です。
前者についてはなるほどという感じでした。著者は、何故ブックオフは成長しているのかという話で、本をブックオフに売る存在があるからだ、という指摘をします。では何故読者はブックオフに本を売るかと言えば、本を捨てられないと思っている人が多いからだ、と言います。図書館が引き取ってくれるなら図書館に持っていくという人も結構いるのではないか、という主張です。
後者は、まあよくある話なのかもしれませんが、確かに民間経営の方がいいでしょうね。寄付に依存するしかないのでなかなか難しいのかもですけど、サービスは今よりよくなるのではないか、少なくとも休館日が減るだけでも充分サービスの向上になる、と言っています。図書館についての話は一章にまとまっていますが、なかなか面白いことを書いているなと思いました。
全体的にはちょっととっつき難いところがあって、気軽に読むという感じの本ではないような気がしますね。ちょっとレベルの高い、上級者向けって言う感じがしました。
福嶋聡「希望の書店論」

希望の書店論ハード