2008年07月28日

風に桜の舞う道で(竹内真)

「中道武信さん、どうぞ」
「あぁ、先生、よろしくお願いします」
「中道さんは今日が初めてでしたよね。どうされました」
「いやね、昔っから身体が丈夫なことだけが取り得だったんだけどもね。どうも最近、腹の辺りが痛くってしょうがないんだよ」
「どんな風に痛いんですか?」
「いやな、この辺がさ、ズキズキって感じで痛むわけだよね。痛み自体はそんなでもないんだけど、鈍痛っていうのかねぇ、ずっと痛いんだよねぇ」
「なるほど。ちょっと口を開けてもらえますか…。はい、じゃあ服をちょっと上げて…。」
「先生、年なんか取りたくないもんだやね。まったく、今の時期は大変なんだから、体調なんか崩してられないってんだよね」
「そうですよねぇ。えーと、恐らく風邪でしょうね。お薬出しておきますので、しばらくしてもよくならなかったらまた来てみてください」
「その薬、すぐ効きますかね。再来週試験があるもんで、なるべく早く治さなくっちゃいけないんですよ」
「まあ効き目は人それぞれでしょうけどね。割合効く薬だと思いますよ。それで、試験って何の試験なんですか?」
「あぁ、センター試験ですよ」
「なるほど。お孫さんが受験なんですね。それで移しては悪いっていう…」
「いやいや、センター試験はわたしが受けるんですよ。今も試験勉強の真っ最中でしてね。追い込みで大変ですよ」
「素晴らしいですね。そのお年でまた大学に再チャレンジなんて。なかなか真似できるものではありませんよ」
「再チャレンジっていうかねぇ…。いやね、正直に言っちまいましょう。違うんですよ、先生。わたしはね、浪人なんですよ。浪人」
「浪人…ですか?」
「そうなんですよ。今56浪目でしてね。あれ、55浪目だたかな?こんなことも覚えてられないようじゃまた試験は危ないかもしれませんね。ハハハ。毎年東大を受けてるんですけどね、やっぱりなかなか受からないものですよね。来年こそは、来年こそはって毎年思い続けている内に、いつの間にかこんな年齢になってしまいましたよ。やっぱり東大の壁は厚いですなぁ。とりあえず将来どうしたいのかっていうのか、東大に入ってから考えようって思ってるんですけどね。まずはほら、やっぱり東大に受からないことにはどうにもならないですよね。頑張らないと。まずはセンターで足切りにならないようにしないと…」
「…」

一銃「大学受験」

そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、1990年と2000年の話が交互に語られる構成になっています。
2000年の春。アキラは、かつて毎日通った懐かしい道にいた。桜の生い茂るその道は、10年前多くの仲間たちと浪人時代の一年間を過ごした、桜花寮に続いているのである。
そこで、ヨージと待ち合わせをしているのだ。ちょっとした仕事の関係だったが、どうせなら桜花寮でも見に行こうという話になったのだ。
懐かしさを味わっていたが、ヨージがポロっと気になることを口にした。なんと、リュータが死んだという噂を聞いたというのだ。アキラはその噂が本当かどうかを突き止めようと、かつて桜花寮で同じ時を過ごした仲間達と久しぶりに連絡を取るようになり…。
一方で1990年。大学受験に失敗したアキラは、しかし何故かある予備校の特待生の試験には合格した。そして、授業料など一切免除で、桜花寮で一年間勉強することになったのだ。
桜花寮に続く桜の花道でアキラは、ヨージとリュータと出会った。アキラの浪人生活はこの二人の出会いから始まったのだ。浪人という特殊な環境にいる若者たちが、それぞれ孤独や鬱屈を抱えながら、あるいは具体的な未来への夢を抱きながら、時に思いっきり羽目を外し、時に思いっきり真剣になりながら、自分達のあり方を模索していく…。
過去と現在が見事に共鳴し、浪人時代の青春と現代の再会が絶妙に交錯する物語です。
竹内真という作家はかなりいいですね。ちょっと前に読んだ「粗忽拳銃」という作品で初めて知りましたが、「粗忽拳銃」も本作ももう素晴らしくいいです。もう既にかなり作品を出している作家ですが、これほどいい小説を書く作家だとは知らなかったですねぇ。見逃しておりました。
まずこの作家の何がすごいって、とにかく文章が読みやすいんですね。ちょっとこの読みやすさは異常なぐらいだと思いました。僕は、実験的な文章や文学的な文章も好きだし、そういう作品もいろいろ読んでいるけど、でもやっぱり小説の文章で最も求められていることは読みやすさだと思っています。クセがなくてスラスラ読める文章というのは、ともすれば無個性っぽい感じがしてしまうかもしれませんが、でもそういう文章っていうのは本当に書くのが難しいんですね。むしろ、ちょっと普通と違ったり個性的だったりする文章の方がまだなんとかしやすいかもしれません。誰が読んでもスラスラ読める文章というのはかなり技術が必要なわけで、さらっと書けるものではありません。竹内真はその、ものすごくスラスラ読める文章で小説を書く作家で、なかなか素晴らしいなと思いました。
また、本作の構成もかなりいいんです。現在と過去が交錯するわけなんですけど、そのスイッチングが絶妙なんですね。要するに、過去から現在、あるいは現在から過去へ移行する時に、うまく話が繋がるようにしてあるわけです。本作は数ページ毎に現在と過去が入れ替わる構成で、つまりその転換点もかなりの数になるわけなんですけど、その多くの転換点で前後の話に繋がりが出るように構成されているわけです。うまいな、と思いますね。なかなかそううまくはいかないと思います。
また、あらゆる事柄が少しずつ明らかになっていくという構成も見事だと思いますね。本作は、ストーリー的には全然ミステリではないですけど、構成はちょっとミステリっぽくて、登場人物の設定みたいなものが先に提示されるのではなくて後から段々分かってくるという感じで、さらに主軸として、リュータが死んだという噂を追いかけるという内容になるわけで、余計ミステリっぽい構成になりますね。本作は文庫になったのは最近ですけど、親本が出たのは2001年とかで、つまり著者がデビューしてから2・3年ぐらいでこれを書いたというわけで、初めっから技術があったんだなぁ、と思ったりしました。
キャラクターも非常にいいですね。桜花寮には10名の特待生が住むことになっていて、その10名全員が物語に関わってくるわけだけど、その造型がかなりいいですね。キャラクターの描き分けはもちろん巧いし、10名それぞれを物語の中で目立たせるということもちゃんとしていていいと思います。受験にはそんなにやる気のないアキラ、将来の夢は世界制覇だというリュータ、早稲田に行って作家になるというヨージ。物語の主軸になるこの三人に加え、将来は社長になると決めている社長、麻雀で大三元で上がった「ムー」的なことを信じているダイ、物静かだけど大騒動も引き起こす吉村さん、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたりちょっとしたトラブルを解決したりする医者を目指しているゴロー、童貞喪失宣言をしてちょっとした騒動を巻き起こすニーヤン、アイドルのポスターを貼りまくっているタモツ、部屋が異常に汚いラガーマンのサンジと、なかなか個性的なメンバーが揃っているのである。この面々が、いろいろ無茶をしたり、いろいろ頑張ったり、いろいろ問題を犯したりと、まあ青春小説っぽいことをするわけなんだけど、やっぱりその背景にはきちんと浪人っていうのが横たわっていて、それが普通の青春小説とは違う雰囲気を醸し出しているなと思いました。僕は浪人の経験はないんですけど、浪人という独特の雰囲気の中で過ごさなくてはいけない若者をうまく切り取っているのではないかな、という風に感じました。
浪人時代に志向していた夢と、現実にどうなっているのかというギャップも面白いし、過去のパートでそれぞれが桜花寮で勉強することで影響を受けていく過程も面白いし、現在のパートで、リュータを探すという名目の中で様々な人とあったりいくつかの小さな偶然があったりするのも面白いです。構成・ストーリー・キャラクターとも素晴らしい小説で、感動という感じの小説ではないですけど、読んだ後で清々しくなれるようなそんなタイプの小説だと思います。
しかし竹内真っていうのはいいですね。この作家は、ちょっとしばらく追いかけてみようと思います。僕の中では、なかなかいい作家を見つけたな、という感じです。著作も結構あるようなのでいろいろ読んでみて、その内売り場でも並べてみたりしようかなと思ったりしました。
大学受験や浪人の経験がなくても十分楽しめるのではないかなと思います。少なくとも僕は浪人の経験はないですけど楽しめました。ちょっと変わった青春小説という感じです。解説が、予備校教師の出口汪っていうのも面白いですね。

竹内真「風に桜の舞う道で」


風に桜の舞う道で文庫

風に桜の舞う道で文庫
 

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この記事へのコメント
こんばんは。
「大学受験」も「電子ブック」も両方面白かったですよ。初志貫徹とは言え56浪って凄いですね。自分の人生を全て東大合格に賭けたようなものじゃありませんか(笑)。しかも、お気の毒なことに足切りを心配しているらしいですね。本試験を受けるまでの道のりが遠すぎます! まぁ、一生受験生で終わりそうですが、本当にそれで好いの?と逆に訊いてみたいです(笑)。

「電子ブック」、この博士は本当に偉い人物です! 収納のことを考えると誰もが思いつくことですよね。自動演奏というピアノだって普及している時代ですので…。本好きの人って、本が読めれば好いや!というだけではなさそうです。手に取ったときの持ち重り、表紙、紙質、インクの匂い、文字の大きさ、、、、本の魅力は挙げればきりがありません。携帯小説がダメな理由は、私の年齢だけではなく、これらの楽しみが奪われることも一因です。
辞書は仕方ありませんが、一般書籍は今のままで充分です。何か新しいことを考えないでください!とこちらがお願いしたいくらいです(笑)。

先日読んだ本の中で、癌に冒され死期が迫った若い女性が、「人生で一番輝いていたのは浪人時代…」と話す件があり、浪人生活の経験がない私としては、ちょっと残念な気持ちになりました。ひたすら大学合格を目指してまっしぐらというには、多感な年頃ですものね(笑)。この本を今度私も読んでみます。この積読本の山が崩れたら…という条件付きですが(笑)。
解説の出口さん、受験国語の大家ですよね。私も息子の本棚からこっそり引っ張り出して読んだことがあります。もっともっと早く読んでいれば、もしかしたら憧れの文学部も夢ではなかった(私の国語の読解力は致命的でした 泣)のに、と心底悔しかったです(笑)。

私が最近読んだ本は『風花』(川上弘美さん)と『スタンド・バイ・ミー 東京バンドワゴン』です。川上さんにしては普通の小説でしたが、何とも頼りないヒロインが、やや自立する姿はちょっと安心しました。評判が良かったので読んでみましたが、それほどでもなかったような気がしています(泣)。

『スタンド〜』はこのシリーズ第三弾で、相変わらず可笑しかったです。(幽霊であるはずの)お祖母ちゃんがの語り口が好いですねぇ。脱力系で、のんびり読めました。

『ハリー・ポッター』の勢いは凄いことになっていますね。私の職場でも例の特製袋を見かけました。本屋では並ばなくては無理そうなので、ネットで予約したそうです。ネット書店、これも電子ブックに匹敵するような手強い相手ですね。書店ならでは、の工夫で頑張ってくださいね。

では、この辺で。
Posted by ドラ at 2008年07月28日 21:04
こんばんわです。

56浪のおじいさんは、そもそもどうやって生活してるんでしょうね。未だに親に養ってもらってるとか…。宝くじでも当てたらそんな生活は出来るかもしれないですけどね。
しかしまあ、「東大病」という、とりあえず東大に入らないとみたいな病気があるみたいなんで、もしかしたらこういう人もいたりするかもですね(笑)

そうなんですよね。やっぱ本を読む人って言うのは、ページを捲るとか、装丁とか、紙の感じとか、そういうのも一緒に慣れ親しんでるわけで、なかなか外せないですよね。確かに収納の問題はクリアされますけど、それでもやっぱり紙の本の方がいいですね。
でも、本当にこの博士のように、本物の本を読んでいるかのような感触の電子ブックが出来たら、ちょっと試してみたいですけどね。

人生で一番輝いていたのは浪人時代、というのはちょっとすごい回想ですね。何だかんだでいろいろと美化されるのかもしれないですね。確かに多感な時期にかなり特殊な生活を送るわけですからね。強く印象に残るのかもしれません。僕も浪人の経験はないですけど、まあやっぱりない方がいいですよ。
出口さんは有名ですよね。僕もテキストをみたような記憶があります。国語を教えるっていうのはなかなか凄いですよね。ちゃんとした正解がないものを教えるというのは難しいだろうな、と思いました。

「風花」は新刊ですよね。川上弘美は「センセイの鞄」ぐらいしか読んでないですけど、また何か読んでみようかなぁ。
「スタンド〜」は是非読みたいところですね。あれはホント映像化したら面白いと思うんだけどなぁ。

「ハリー・ポッター」はなかなかすごいですよ。ウチもなんだか売り切れてしまいそうな勢いです。かなりたくさん入ってきたんですけどねぇ。
特製袋は、でもちょっとちゃちいですよね。あれはちょっと要らないよねぇ、という評判が僕の周りでは結構あります(笑)。儲けてるんだから、新潮文庫の夏の百冊を買うともらえるエコバッグぐらいちゃんとしたのを作ればいいのに、とか思いました。
ネット書店は大敵ですね。何とか凌いで頑張らないといけないですね。僕一人の力ではどうにもなりませんが、頑張ります!
Posted by 通りすがり at 2008年07月29日 02:50
こんばんは。

立秋とは名ばかりで、今日は猛暑日(東京では初めてだそうです)でしたね。私はちょっと出張で都心の方に行きましたが、こちらよりずっと暑い感じでした。

この本を読み終えました。とても面白かったし、また読みやすい作品でした。こんな寮生活ができるなら浪人も悪くなかったなぁ、と思いましたが、私にはそんな根性はありませんでした(泣)。受験もその後も中途半端なままでここまで来てしまいましたので、もうこうなったら、開き直るしかありませんね(笑)。

最後に全員合格できて好かったですよね。私自身、東大など全く縁のない受験生でしたが、やはり天下の東大は「東大病」といわれる患者が生まれるほど、魅力的なのでしょうね。それにしても、この寮は住み心地が好さそうで、羨ましいと思いました。酒あり、煙草あり、ケンカまでOKですからね。人間味溢れる徳さんや仁科夫婦に充分甘えられて、無事に浪人生活から卒業でき、まずは「おめでとう!」と祝福したい気持ちでした。私の従兄弟も一年間某大手予備校の寮で生活しましたが、4人部屋で勉強以外の時間は殆どなかったそうです。(そのお陰か、4人全員が東大合格とのことでした)今はさすがに個室なのでしょうね。
う〜〜ん、桜花寮の良さが際立ちますね。すばらしいです!! 10年以上経っても、苦楽を共にした仲間の結束が堅いのはそのためです。

先日南木さんの『医学生』という小説を読みましたが、4人の登場人物全員が医師国家試験に合格する最後はちょっと感動的でした。何事も頑張って目標を達成することは清々しいですよね。リョータの世界征服も夢ではないかも知れません(笑)。独裁者ではなく、紛争のない社会を作るという意味でしょうが…。

オリンピックの開会式が始まりましたが、開会式の前にサッカーの試合が行われたり…訳が分かりません。完全なフライングですよね(笑)。

では、この辺で。
Posted by ドラ at 2008年08月08日 22:25
こんばんわです。暑すぎますね。こう暑いと、近くのコンビニでカキ氷を出し始めたのも納得、という感じですね。

竹内真は、とりあえず読みやすいんですよね。ここまで読みやすい作品を書けるというのはすごい才能だと思いました。
僕はこんな生活が出来ても、浪人はちょっと勘弁ですねぇ(笑)。まあ楽しそうではありますけどね。なかなか現実的にはこうもいかないでしょう。
僕は一応東大を受けた人間ですけど、もちろん落ちましたね。大学に行ってもやりたいことはなく、そもそも行きたい大学があったわけでもないので「東大病」とは無縁でしたけどね。

最後全員合格というのはやっぱいいですよね。しかも合格の仕方にも個性が出ていて、センターのみで国立を狙って通った(しかもそれを計画的にやっていた)奴なんかもいて面白かったですね。
僕の大学時代の友達も、確か浪人時代は二人部屋だって言ってたと思います。本作では寮にいたのは1990年という設定なので、やはり桜花寮だけが特殊だったんじゃないでしょうか…。

「医学生」は読んでみたいと思っていた本です。割と評価が高そうなので、やはり南木さんの作品は一作でも読まないとですね。

オリンピックが始まったみたいですね。まるで関心のない僕としては、つい最近まで今日から始まるというのを知りませんでした。いかんですね。今回のオリンピックは盛り上がるんでしょうか?
Posted by 通りすがり at 2008年08月09日 02:26