2005年03月16日

夏のレプリカ REPLACEABLE SUMMER(森博嗣)<再読>

どこから見るか、自分がいる場所がどこなのか、対象に対してどれだけ客観でいられるか。僕たちが何かを認識する過程で問題になるのは、常にそういう、「自分」と「対象」との距離、あるいは関係だけである、と思う。
僕たちに認識できるものは、常に自分以外の何かに影響されてから自分の認識へとやってくる。ニュースはテレビや新聞といったフィルタを、一般の事象は常識というフィルタを通って僕たちに認識される。そういう「何か」からいかに自分を切り離して対象を観察できるか。それが「客観」ということだ。
結構自分でも何を書いているかわからなくなってきた。
萌絵の友人簑沢杜萌は久々に故郷に戻ってきた。萌絵とマジックショーを見、そして実家へ戻るが、お手伝いさんを残して家族の姿はない。不審に思うも寝ることにする。
あくる朝。部屋に仮面をつけた男が現れ、杜萌に銃を向ける。家族を誘拐したと告げ、大人しくするよう言われる。その頃家族は、彼らの別荘へと連れて行かれ、金を調達するよう命じられていた。
鳴り響く銃声。
別荘に停められていた車の中から男女の死体が発見される。ほぼ同時刻に殺害され、相撃ちかと思われたが、死体には動かされた形跡が・・・
杜萌の兄素生は、生まれつき目が見えない。血のつながりのないその兄を杜萌は慕っていた。しかしその兄は、どうやらその誘拐事件のその日依頼行方不明らしい。
同時期に起きた誘拐事件と失踪事件。説明を付けられなくもないが、どうもチグハグな事件。萌絵は、同時期に起きていたもう一つのマジシャンの事件に掛かりきりで、こっちの物語にはあまり登場しない。そういう、シリーズ中でも二番目に異色の作品と言える。犀川い至ってはほとんど登場しないが、結局この二人は事件を解釈する・・・
客観を保つことがいかに難しいか。テーマは別として、この物語が教えてくれる教訓です。観察するという行為が対象に影響を与える、というのは量子力学の考え方ですが、量子の世界ではなく、生身の人間サイズでもそれは当てはまるようです。何かを見ようとすれば、そこには必ず何か不純物が混じる。取り除こうと思えば見ようとしていたものまで変化させてしまう。でも、そのままにしておけば見えない。
萌絵はいつでも事件に対して強い関心を持ってる。その状態で、なお客観を保つ、つまりできるだけ不純物を取り除こうとするには、高度な思考力が必要になる。
普段の萌絵なら、それぐらいのことはできなくはない。常に犀川に遅れをとるが、それなりの道筋で確度の高い解釈を導き出すからだ。
しかし今回、親友である杜萌が関わってくる。両親を失って、萌絵の防御機構は強化されたとはいえ、親しい人の関わる事件に対して客観を保つことは難しかったのかもしれない。
そう、やはりいつでも無関心を決め込む犀川だからこそ見えるもの、というのがある。関心と理解には、辞書の掲載ページ以上の隔たりがきっとある。
今回の物語、シリーズ中恐らく最も解決部分が素晴らしいと思う。なんというか綺麗だ。論理というものを超越した、ピカソのような芸術性があるといったらいいか。萌絵らしくないし、それが異色だし、そのために美しい。劣ることと成長することは同じかもしれない。少なくとも今の社会においてはそうかもしれない。そう、萌絵の存在が教えてくれるような気さえする。
そう考えると、生まれてこの方、光を通じてものを見ることの叶わなかった素生という存在が、つまり「見る」という行為から本質的に解放されることこそが、現象や対象の本質に迫る唯一のシステムではないか、その象徴なのではないか、と思えてくる。つまり、犀川は本質的に盲目だ、ということだ。
今回の文章は、書いている本人にも結構意味がわからなくなっている。読んで理解できなくても、それが普通だと思います。たぶん、意味なんて特にないと思います。よくわかりません。
それではいつものを。

(前略)
たとえば、「子供に夢を与える」といいながら、本当に夢を見る者を徹底的に排除しようとする社会。集団はいったい何を恐れているのだろう。(中略)自分たちにはとうてい消化できないものを子供に与えている。こんな動物が他にいるだろうか?
(後略)

(前略)目を閉じると、昇華する二酸化炭素のように、無意識が膨張して彼女の全身を包み込んだ。
(後略)

(前略)
「水が動いている」素生は驚いた表情で囁いた。
「浅いから大丈夫」と手を引こうとした杜萌に、素生は、こういった。
「どうして、浅いってわかるの?」
「見えるもの」
「水の中が?」
「透明なんだって」
「ああ、透明なんだね」素生は頷く。
(後略)

(前略)この情報化社会にあっても、やはり危機からの絶対的な距離は、人を安心させるもののようだ。
(後略)

「(前略)そうね、イニシャライズしていないハードディスクみたいな子なの」
(後略)

(前略)
「情報自体を取り上げてしまうというのは、少々、低俗な防衛手段ですけどね」
「低俗?」睦子は首を傾げる。
「ええ、つまり動物並です。人間相手に、餌を取りあげるというのは、低俗な発想です。人権を無視しているといって良い。銃が規制されているのと同じですね」
「まあ・・・、銃を規制するのも、低俗・・・なんですか?」
「低俗です。もっとも、低俗じゃなかったら、犯罪は起きません。銃が存在するから人が殺されるわけではありません。それを使うのは人間です。たとえ銃がなくても人は殺せます(後略)」

(前略)どんなに精魂を尽くしても、人間の一生で築き上げられる地位や権力など、必ず歪んでいるのだ。
(後略)

(前略)
現実派、常に複雑を装った単純なのだ。
(後略)

(前略)
杜萌とチェスの対戦をして、いつも感じることがあった。杜萌は駒を大切にし過ぎる。たぶん、その僅かな執着こそが、彼女が自分に一度も勝てない理由だ、と萌絵は思っていた。
萌絵には、その執着がない。
きっと、家族がいないからだ。
(後略)

(前略)
人の名前に刻まれたものは、簡単には消えない。
(後略)

(前略)
若者は皆、好きなものを求めるのと同じだけのエネルギィを使って、嫌いなものを一所懸命探している。そうすることで、自分が明確になると信じている。
(後略)

(前略)
しかし、心配してもしかたがないことは明らかだ。力を貸すことは不可能である。犀川は一瞬で諦めた。
(後略)

(前略)単細胞であれば、いつまでも生きられるのに、意志を持つために、自らの寿命を縮めるのである。いや、寿命があることが、意思を作るのかもしれない。
(後略)

「(前略)私、説明がしたくて、もう死にそうなんですよ。このまま説明できなかったら、口の中にフィヨルドができてしまうわ。(後略)」


森博嗣「夏のレプリカ」


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