僕は「ホテル・ニューナカジマ」に泊まることを決意した。不退転の決意だった。もはや後戻りは出来ない。それぐらいの覚悟がなければ、「ホテル・ニューナカジマ」には泊まることは出来ない。
何人もの友人に相談した。彼らは皆、「止めておけ」と言った。「ホテル・ニューナカジマ」に関する噂は、大げさにならない程度に噂になっていた。もし世間の注目を強く引き付けるようになっていたら、そしてその噂がもし真実であれば、「ホテル・ニューナカジマ」は普通に存在することが出来なくなるだろう。
「ホテル・ニューナカジマ」は、正確な場所が分からないことでも有名だった。「ホテル・ニューナカジマ」へ続くドアは、都内のいくつかの場所にひっそりと存在しているらしい。しかし、その場所を知っている者は多くはない。僕は、ありとあらゆる伝手を使って、そのドアの一つを探り当てた。ホテルの建物自体も、恐らく地下にあるのだろう。そのことだけでも、世間に流布している噂を補強するのに充分だった。
僕は作家を目指していた。子どもの頃から、どうしても作家になりたかった。大学を出て、一時は平凡な営業マンとして働き始めたものの、作家への思いを断ち切れず退職。3年ほど作品を書き続けたが引っかからず、そこで「ホテル・ニューナカジマ」に籠ることを決意したのだ。
「ホテル・ニューナカジマ」出身の有名人は多い。彼らの存在が、「ホテル・ニューナカジマ」というホテルの存在を世間に強くアピールすることになった。年間興行収入1位を獲得した映画監督、世界的に有名になった陶芸家、タイトル七連続防衛のボクサー、そしてブッカー賞の候補になったこともある作家もいた。
彼らの成功に憧れて、「ホテル・ニューナカジマ」を目指そうとする者は多い。「ホテル・ニューナカジマ」についての噂が出てくるまではそうだった。今では、その数は大分落ち着いていることだろう。作家になるために「ホテル・ニューナカジマ」にカンヅメになろうと思っている僕のような人間が狂人だと思われる程度に、その噂は大きな影響を与えていた。
「ホテル・ニューナカジマ」は、宿泊費はタダ、ありとあらゆるサービスもすべて無料、という夢のようなホテルである。部屋はどれもスイートであり、一流の料理と一流のもてなしをすべて無料で提供するホテルだった。
しかし、もちろんいいことばかりではない。あくまで噂であるが、宿泊者は自らの身体を担保にさせられるようだ。つまり、何らかの形で成功することを求められ、それができなければ殺される、というのである。
「ホテル・ニューナカジマ」には、人を成功に導く何かがある。「ホテル・ニューナカジマ」出身者はそれが何であるのか明言はしないが、その存在は確かなようだ。しかしそれは、成功を確実に約束するものではないらしい。あくまでも成功するかどうかは、宿泊者個人の努力と運に掛かっている。
僕は、その噂を知ってなお、「ホテル・ニューナカジマ」に向かうことに決めた。どうせ作家になれないなら死んでやるさ。僕は、「ホテル・ニューナカジマ」に続くと言われるドアを静かに開けた。
一銃「ホテル・ニューナカジマ」
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は、ベリー家というとあるアメリカ人の物語です。それは、結果的に結婚しベリー家の父親と母親になるある一組の男女が熊を買うところから始まります。
1393年の夏。ベリー家の父親であるウィン・ベリーは、高校の夏期休業中のアルバイト先である海辺のホテルで、近くに住んでいるのは知っていたけど話したことはほとんどないメアリー・ベリーと出会う。二人はちょっとしたきっかけで話すようになる。二人は、ユダヤ人の熊の調教師であるフロイトと出会い、彼から一頭の熊とオートバイを買い、そして結婚した。
彼らには五人の子供が生まれる。本作はその内真ん中の子供であるジョンが40歳のの時に語っている、という設定で話が進んでいく。
長男のフランクはホモ、長女のフラニーと次男のジョンはお互いに愛し合っていて、次女のベリーは小人症、三男のエッグは難聴というなかなかいろんなものを抱えている兄弟であるが、彼らはごく平凡な生活をしている。
しかしある時、父親であるウィン・ベリーは、夢だったホテルを開業することになる。「第一次ホテル・ニューハンプシャー」である。彼ら家族は、いくつかの「ホテル・ニューハンプシャー」と共に、様々なものに人生を振り回されながらも、家族一丸となって生きていく…。
とまあ、あまりに漠然とした内容紹介ですが、なかなか壮大な物語なので、いろいろ書こうとするとたくさん書かないといけなくなるのでこれぐらいにします。
ジョン・アーヴィングの作品を読むのはこれで三作目ですが、これまでで一番好きな作品だと思います。相変わらず長い作品ばかりですけど、長いだけあって読み応えはばっちりで、すごいと思います。
僕が残念なのは、ジョン・アーヴィングの作品は、今の僕の読書のスタイルにはちょっと合わないな、ということなんですね。僕はとにかく、一冊でも多く本を読みたいと思っている人間で、だから一冊一冊の本を割と早く読みたいと思っているんですね。現代小説であれば大抵どれも同じようなスピードで読めるんですけど、ジョン・アーヴィングの作品は読むのに時間が掛かるんですね。スラスラ読めないんです。というか、スラスラ読んじゃいけない作品なんですね。だからジョン・アーヴィングの作品は、他に読む本がないという状況で一週間くらい隔離されている状態で読みたいですね。そうしたら、じっくり読み進めることが出来ると思います。
それに今回は、本作を読んでいる時殺人的な睡魔に襲われていまして(もちろん本作がつまらないという意味ではないので悪しからず。純粋に僕の方の問題です)、とにかく眠くて眠くて死にそうでした。病気なんじゃないかと思うくらいの睡魔が立て続けにやってくる中で読んだので、ちょっと残念だったという気がします。この作品は、もう少しいい環境の中で再読してみたいなと思います。
本作は、一応何の話かと聞かれた時にこれだと答える部分はあります。解説でもそう書かれていますしね。一応それが何なのかは書かないでおくけど、ラストで兄弟が皆でそれに立ち向かって行くシーンは、それまでの様々な流れをきちんと一点に収束させる形でなかなか見事だと思いました。
でも、じゃあ作品全体でそれがメインであるかと言われると、まったくそんなことはないんですね。基本的に物語はあらゆる方向に進んでいきます。基本的に、上巻はアメリカでのこと、下巻はウィーンでのことが描かれるのだけど、それぞれの場所で「ホテル・ニューハンプシャー」を舞台にして、またベリー家という家族を登場人物にして、いろんなことが巻き起こるわけです。ジョン・アーヴィングはそれを丁寧な筆致で描きながら、家族の成長やあるいは崩壊と言ったものを追っていきます。
本作は、ストーリーやキャラクターが描かれているというよりは、時間が描かれているなという感じがします。ここで僕は、『時間』という言葉を『歴史』という言葉とほとんど同じ意味で使っています。ただ、歴史というほど重厚ではないしんですね。歴史という言葉だとなんとなく違和感があるんです。やっぱり時間を描いているんだと思います。ベリー家という家族に流れる時間を切り取った作品というわけですね。
ベリー家の家族だけでなく、様々な登場人物が非常に魅力的ですが、本作で何よりももっとも重要な存在となるのが熊ですね。まさかここまで熊が重要とされる小説はこれまでなかったんではないかと思います。特に後の方の熊は最高ですね。違和感丸出しの存在なのに、すっと馴染んでしまっているところなんか、作者の描き方が素晴らしいからなんだろうなと思います。
ストーリーだけ取り出せば、なんだかおとぎ話に思えるようなふわふわとした存在感しかないと思います。しかしそれに様々な肉付けを施すことで、何故かその荒唐無稽な物語が地に足のついた話に思えてしまうのが不思議ですね。何となく伊坂幸太郎の作品を読んでいる感じでした。最後の、兄弟があることに結集して立ち向かうシーンなんかも、それまでのあらゆる流れがすべてそこに行き着くように描かれていたわけで、何となく伊坂幸太郎っぽい気がしますしね。
ジョン・アーヴィングというのは現代アメリカを代表する文学作家であって、だから深い読み方をすればもっといろんなことを感じられる作品だと思うんですけど、僕はそういう文学がどうのというのは苦手なのでよくわかりません。ただ、読み物として非常に面白いと思いますね。難しいことを考えないでも読める作品です。あと「ガープの世界」を読みたいところですね。ジョン・アーヴィングの作品の中では恐らく一番評価が高いでしょうからね。
日本の作家では、なかなかこういう作品を書ける作家はいないと思います。僕が今ふと思い浮かんだのは、桜庭一樹の「赤朽葉家の伝説」です。あるいは、読んでないけど去年のこのミス1位だった佐々木譲の「警官のなんとか」みたいな奴。あるいはちょっと雰囲気は違うけど、高村薫とかですかね。こういう長い年月を経た壮大な物語というのは、なかなかないと思います。ジョン・アーヴィングはアメリカ文学の金字塔なんて言い方をされますが、難しいことは全然ありません。娯楽小説として楽しく読めるので、気になったら読んでみてください。
ジョン・アーヴィング「ホテル・ニューハンプシャー」