2005年03月20日

今はもうない SWITCH BACK(森博嗣)<再読>

この作品で最も残念な部分と言えば、と冒頭から作品を貶すようなことを書くのは忍びないけれど、この物語の大部分が、ある人物の一人称による構成になっている、という点だ。この作品は、より高いレベルで完結しているので、主要部分のレベルにおける人称などまあ無視できるし、物語としての完成度は寧ろシリーズ1かもしれないのだが、しかしやはり残念だ。一人称による物語というのはつまり、その視点人物の思考や観察や心情を中心にして描かれるわけであり、つまるところその視点人物の質が文章の質になる(そういう設定が出来ることは作者の能力ではあるが)のである。
この視点人物である「笹木」という男は、やはり犀川と比べてしまうのだが、短絡的で思考のスピードが遅く、ホームズよりワトソンに近い存在に描かれている。そのため、いつもなら犀川の思考に現れる、煌くような発想や転換が今回は少なくて、それが残念だ、という論理である。
もちろん、犀川がまったくでないわけではなく、事件についてディスカッションする場面ではやはりいつものキレを見せてくれているので、まあいいだろうとは思う。
さて、前置きが長くなったけど、物語の説明を。
まずは、この作品の構成から。珍しく作中作という形が取られていて、「笹木」という男が書いたミステリーのような小説が大半を占め、その間に犀川と萌絵のディスカッションが描かれる。
犀川と萌絵は、事件の舞台となった屋敷のすぐ側にある萌絵の別荘に行く途中であり、その車中、萌絵は犀川に、この事件の話をしている、という趣向である。
それでは事件部分を。
ファッションデザイナである橋爪氏の別宅に、フィアンセが知り合いだということで招かれた笹木。息の詰まるような屋敷から抜け出し、破棄された鉄道跡を見ようと山に分け入ると、そこで偶然一人の少女と出会った。西之園と名乗るその少女は、自分の家には戻りたくないといい、行きがかり上橋爪氏の屋敷に案内することになった。西之園嬢、呼ばれることになる彼女の名前をお察しかもしれないが、彼女の名前を当てる、というちょっとした趣向を笹木が思いつくし、作品上ずっと西之園嬢と呼ばれるので、その表記に従おうと思う。
嵐に見舞われた屋敷では、めいめいがゆったりとした時間を過ごしていたが、西之園嬢が深夜に笹木の部屋を訪れたことで事件は展開する。彼女は、3階から悲鳴が聞こえたというのである。
3階に行ってみると、二つある部屋のどちらも鍵が掛かっている。邪魔されたくはないのだろう、と邪推しそのままにしておいたのだが、中にいるのだろうと思っていた人々が顔を揃えるにいたり、やはり開けてみようということになる。
二つの部屋からそれぞれ、首吊り自殺したと思わせる双子の死体が発見される。現場は密室。二つの部屋は隣り合っていて、出入り口はないが、小さな穴が空いていて小柄な人間なら通れる。皆が自殺だと思っているなか、西之園嬢は早々他殺だと断定し、笹木に相談を持ちかけ捜査を開始する。
嵐による倒木で道が不通となり、警察の介入が遅れる中、様々な人間がそれとなく様々な仮説を導き出していく。いくつも出されていく仮説たちは、破棄されたり蘇ったりしていくことになる。警察の介入により、少なくとも一方は完全な他殺体であり、それが完全な密室にあることが判明する。一体誰がどういう手段でこの状況を作り上げたのか・・・。
この、実際に立ち会ったわけでもない、まして現在進行形ではないこの事件を、解決するというよりも、いつものように、解釈するという方向でディスカッションする犀川と萌絵。萌絵が、そして犀川が解釈した真相とは・・・
という感じです。
シリーズ中でもかなりの異色作。伝聞に次ぐ伝聞、仮説に次ぐ仮説、推測に次ぐ推測。そうした輪郭のない、境界条件の未定な、曖昧な条件のもと、別に誰かを守るわけでも、あるいは助けるわけでもなく、ただ純粋に楽しみだめだけに(その表現は一方的に萌絵の側に立っているけど)行われる事件に対するディスカッション。いつもなら警察やらなんやらに説明しなくてはいけない犀川も、今回はその必要がなく、哲学的に思考し、純粋に思ったことを思ったように表現し、今までになく機嫌よく事件を解釈しているように見える。
また、この作品は、つまるところ主要部分以外に仕掛けが満載で、もちろん主要部分を一括りにして仕掛けだということもできるけど、そういう楽しさがある。なるほど、そうなのか、という感想すら手に出来るだろうと思う。
事件自体は、こんなこというとあれだけど、どこかのミステリ作家が書いてみました的なトリックや舞台で、いつものような壮大で美しい誰かの思想、とやらに触れられるようなものではないけど、でも作品としての面白さは他の作品に負けないと思います。
ただ、友達に一人実例がいるんだけど、この作品から読む、というのは避けた方がいいかな、という余計な忠告をして終わろうと思います。
それではいつものを。

(前略)
過去の不連続性は決まって忘却される。
(後略)

(前略)切ることによって不連続だった破線は連続となる。物理的な境界となり、実線となる。
切ることによって、つながる・・・?
切り放されることが、すなわち道筋・・・?
(後略)

(前略)
「どこまで行っても、人が住んでいるね」(中略)「まあ、人が住んでいるから道があるんだけど」
(後略)

(前略)
「丸くなった」おいう日本語の定義が萌絵にはよくわからないが、自分で何度もその表現を使った。角ばった岩が転がって、角が取れるという意味なのだろうが、元来弱い部分だから取れるのであって、丸いことは、つまり強い部分が残った形だ。「人間が丸くなる」というのもそれと同じことだろうか?
(後略)

(前略)
「私、先生のことが好き」
「そうみたいだね」彼は足もとを見て、無表情で答える。
「ご存じでした?」
犀川は顔を上げて萌絵を一瞥する。
「君よりはね」
(後略)

(前略)いつだって、より効率の良いものが、どんなに親しまれ、どんなに美しく伝統的な手法にも、必ず勝る。それがシステムというものだ。要するに楽であること・・・、それ以外に人間を魅了するものはない、といっても過言ではない。
(後略)

(前略)何が上品かといって、量が少ないことが上品だ。この法則は、女性についても同様である。
(後略)

(前略)
けれど、彼女にひっぱたかれた右の頬は、しばらくの間とても温かかった。左の頬が嫉妬するくらいに・・・。
(後略)

(前略)こういったものは、ピッチャーの投げる球を待つバッターか、あるいは、お見合い写真を見たときと同様で、選択しようと思う途端に、そのあとの未来の選択肢は潔く消失するし、一方では、それ以前の選択肢が、何故か燦然と輝き始めるのである。
(後略)

(前略)「言葉がまったくなくても、複雑なことが考えられるかしら・・・」
「言葉とか、理論というのは、基本的に他人への伝達の手段だからね。言葉で思考していると錯覚するのは、個人の中の複数の人格が、情報や意見を交換し、議論しているような状態か、もしくは、明日の自分のために言葉で思考しておく場合だね」
(後略)

(前略)
「小指と小指が、目に見えない糸で結ばれているとか、いいますよね」萌絵はわざと言ってみた。
「目に見えない、という日本語は重複している。見えない、だけで十分だ。それに、見えないのに赤いというのも、矛盾している」
「顕微鏡で見れば赤いけど、細すぎて肉眼では見えない、という意味です。矛盾はしていません」
(後略)

(前略)もともと仕事とは、多かれ少なかれ人を騙して金を取る行為なのである。(後略)

(前略)
私が投げ捨てたタオルは、もし生きていたとしても、打撲傷で虫の息だったろう。
(後略)

(前略)
仮説を持たない者は、何も見ていない。
(後略)

(前略)
人は時間と空間において、何の自由もない。
(後略)

(前略)
人間が世界を支配している?
誰がそんなことを言ったのだろう?
もちろん、人間以外に言わない。
(後略)

(前略)
終わりなどというものは、誰かが勝手に終わりだときめたときが、そうであって、それ以外に区切りなどない。
(後略)

「(前略)何故か表面には、真理は決して存在しない」
(後略)

「(前略)しかし、間違えちゃいけない。大勢の人間の協力が必要だ、なんて馬鹿な意味じゃないからね。子供にはみんな、力を合わせることが大切だ、なんて幻想を教えているゆだけど、歴史的な偉業は、すべて個人の仕事だし、そのほとんどは、協力ではなく、争いから生まれている。いいかい、重要な点は・・・、ただ・・・、人は、自分以外の多数の他人を意識しないと、個人とはなりえない、個人を作りえない、ということなんだ。まあ、専門的にいえば、要素、つまりエレメントというんだけどね。(後略)」

(前略)
「どう違うんですか?洗練と最適は」
「最適でないものを許すことが洗練だ」
(後略)

「(前略)たとえば、現象は並列でも、言葉は直列に並ぶ。その並び換えのプロセスに、発信母体の意図が介在するだろう。(後略)」

(前略)
「しかしね、そもそも思考そのものが、コミュニケーションの産物なんだよ」犀川は萌絵の言葉を無視して続ける。「つまりは、伝達するために思考する、といっても良い。伝達する、ゆえに我あり、ってこと。伝達することを想定しない思考、というものは、たぶん、ありえない」
「伝達できない思考なら、あるんじゃないですか?」
「ある」犀川は頷いた。「しかし、その場合でも、伝達を期待してはいるんだ。違うかな?いうか現れる受け手、つまり、未来の理解者を想定するか、あるいは、自分の中に、その人格を将来的に創造するか」
(後略)

(前略)
「そう、僕はね、なかなかずるい。矛盾を含まないものは、無だけだ。矛盾を含んで洗練される。ちょうど、微量の炭素を含んで鉄が強くなるみたいにね」
(後略)

(前略)
地球上に、人類よりも機敏に立ち上がることのできる動物がいるだろうか、と犀川は思った。その思考の立ち上がりの素早さと、感情操作の素早さ、それが人間の特徴だ。人間以外の動物たちは、喜怒哀楽を知ることはあっても、それを隠したり、保存したり、仲間に分け与えることはできない。すべては伝達に起因している。人間だけが、悲しいのに笑える。嬉しいのに泣けるのだ。
(後略)

(前略)空気の美味しさを、煙草を吸って感じることができるのは、美味しい酒が良い水で作られるのに似ている。濁ったものでしか、人間は純粋さを測れないのだ。本当に純粋なものには、基準も尺度もないからである。
(後略)

森博嗣「今はもうない」


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う??ん、相変わらず面白い、S&Mシリーズ。とうとう8作目。 今回は過去の事件。 騙された・・・ そういうふうなことだったのか。 今回もまた面白いです。『すべてがFになる』に次ぐくら..
読書メモ『今はもうない―SWITCH BACK』【自由の森学園図書館の本棚】 at 2009年01月18日 17:09