今日は前回の続きみたいな感じで、返品についてあれこれ書いてみようと思います。
前回書いたのは、書店は再販制という特殊なルールによって成り立っている業界で、そのために仕入れた本を返品できるという仕組みがあるのだ、というような話です。
ただ出版社には、買い切り専門の出版社というのがあります。一番有名なのは、岩波書店ですね。ここの本はすべて買い切りで返品不可です。もちろんまったく不可というわけでもなくて、仕入れの20%までは返品枠があるとかなんとかっていう話を聞いたことがあるんだけど、よくわかりません。
僕は売り場に岩波文庫を置いていないんですね。理由は、返品がめんどくさいから、です。実際そういう理由で置いていないところは結構あるんじゃないかなと思います。岩波文庫はいろいろといい本があるイメージですけど、この返品のめんどくささを考えると、どうしても入れる気にはならないんですよね。
でもついこの間、何故か岩波文庫の新刊が入ってきました。何でだ?今まで一回も入荷したことなかったのに。すぐだったら返品できないかなぁと思って普通に返品してみたんだけど、どうかな。戻って来るかな。めんどくさいなぁ。
岩波新書については売り場に少しだけあります。ホントは置きたくないんだけど、新刊が毎月各1冊ずつ入ってくるんです。別にいらないんだけど、どうやったら止められるのかイマイチよくわからないのでほったらかしにしています。まあ岩波新書の新刊は割と売れたりするんで、入ってきた一冊を売りっぱなしにして補充しなければそこまで在庫は増えないんですけど。でも、僕が担当になった時点で昔から売れていなかったものがかなり残っていて、さてこれをどうしたものかと思っていたりします。
あと返品できない出版社で有名なのは、静山社ですね。出版社の名前はそんなに有名ではないと思いますが、ハリーポッターを出したところだと言えば分かるでしょう。
ハリーポッターは、確か2巻までは普通に返品できる本だったんです。3巻ぐらいから突然買い切りになって、書店としてはなかなか苦労したはず(僕は文芸書の担当ではないのでよく知りませんが)。でも、途中の巻から突然買いきりにしたというのも仕方ないことではあるんです。ハリーポッターというのは、1巻の時から山のように売れていました(その当時僕はまだ書店員ではありませんでしたが)。で、前回「ベストセラー倒産」という話を書きましたけど、まさにこのハリーポッターはそのベストセラー倒産に陥ってしまいかねないような状況だったわけです。書店からはとんでもない数の注文が常に来る。重版しなければ出せる在庫はないのだけど、でも重版してもいつまで売れ続けるのか分からない。売れなくなったら山のような返品が戻って来るかもしれない。そういうことを考えて買いきりに切り替えたというわけで、まあ仕方なかっただろうなとは思います。出版社として買い切りを選択するというのではなく、あくまでハリ―ポッターだけが買いきりだったという風にした方がいいかなとは思うけど(いや、他の本が買い切りなのかどうかは知らないんですけどね)。
他にも、角川春樹出版の文庫以外が買い切りだったりするし、文藝春秋の新刊の一部も期限付きの買い切りだったりします。白水社も期限付きの買い切りなのかな?
問題なのは、出版社の名前からではそこが買い切りなのかどうなのか全然分からないということです。大手は大体分かりますが、世の中には小さな出版社が山ほどあって、そのすべてについて知っているわけには行きません。幸いにも、文庫と新書を持っている出版社というのは大手から中堅がほとんどで、それらについてはどこが買い切りかというのは大体分かるのでいいんですけど、他の担当なんかは困るだろうなと思います。なるべく、返品不可あるいは期限付き返品が条件になっている本は仕入れたくないというのが本音だと思います。
また、責任販売制なんていう売り方もたまに出てきます。僕が非常によく覚えているのは、「ダヴィンチ・コード」が文庫になった時ですね。あの時はホント大変だったんです。あの時、初回配本数を指定できる代わりに、返品は入荷数の1割まで、という条件がつけられたんです。これが責任販売制という売り方なんだけど、要するに初回配本数の9割は買い切りですよ、ということでした。「ダヴィンチ・コード」は間違いなく売れることが分かっていたので大量に仕入れたかったのだけど、もし予想が外れて売れなかった場合大量の在庫を抱えることになってしまう。これはものすごく悩みました。結局1ヶ月くらい悩んで初回の配本数を決めましたけど、それはもうとんでもない数でしたね。どれくらいかと言うと、去年一年間で売った「容疑者Xの献身」の冊数と同じくらい、という感じでしょうか。それが上中下それぞれで来るので、「ダヴィンチ・コード」の発売日には去年一年間で売った「容疑者Xの献身」の3倍の数の文庫がドワっと入ってきたわけです。正直、これ大丈夫かなぁと思いましたね。社長にも、多すぎるんじゃないかなんていわれた記憶があります。でも結局あっという間になくなってしまって、最終的には初回配本数の2倍くらいは売れたはずですね。あれはすごかった。売れてくれてよかったけど、売れてくれなかったらどうしようっていう感じでした。あんなのは、もう嫌ですねぇ。
あと最近の話ですが、小学館が非常に面白いことを始めました。「家庭医学大事典」という本を、二種類の売り方を併用するという形で売り始めたんです。一つは通常通り、普通に返品が出来るやり方。もう一つは、先ほども書いた責任販売制で、返品数に限りがある方法です。
この二つの売り方のどちらかを選択できるんだけど、責任販売制を選択するメリットというのが、返品が普通に出来るものより利益率がいいんです。つまり、売り方の違いによって書店への卸値が違う、ということなんですね。これは面白いなぁと思いました。
細かい話になりますけど、まったく同じ本(本についているISBNコードと呼ばれるものも同じ)だけど、売り方によって卸値が違うわけで、つまり返品の際の取次での処理も変わってくるわけです。そうなると、まったく同じ本なのに、売り方によって区別をしなくてはいけないのだけど、それをどう解消したかというと、バーコード部分にICチップみたいなものを埋め込んだらしいです。これによって、その本はどちらの条件で書店に卸されたのかが区別できるようになっているようです。ICチップをつけなくてはいけないというコストの問題により、このやり方は単価の高い本にしか適応出来ないようですが、しかし面白一歩だなと思いました。ちなみにお客さんとしてはどっちでも値段は変わらないのでご注意を。
ちなみにですが、僕が返品を切ったことがありません。書店の仕事には「返品を切る」作業というのがあって、もう要らないという本をデータで読み取って箱に詰めてみたいな作業のことを言います。僕はそれを一回もやったことがないんですね。今の書店でバイトを始めて割とすぐに担当になってしまったもので。まあ難しい仕事じゃないので、やればすぐに覚えられると思いますけどね。
ちなみに、どうして「返品を切る」なんていう言い方をするのかというと、これは僕の憶測ですが、「伝票を切る」というところから来ているのではないかなと思います。まだ書店にコンピュータが導入される前の時代は、返品するものを伝票に書いてそれを送っていたんだそうです(今でもそんな風にしている書店はあるかもしれませんが)。たぶんその辺りから来てるんじゃないかなぁ。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本作は9編の短編やらショートショートやらが収録された作品です。
「大松鮨の奇妙な客」
旦那が浮気をしているから尾行してくれないか、と妻の友人の奥さんから依頼があり、探偵小説が大好きな蓑田はその旦那とやらを尾行することにするのだが、大松鮨という寿司屋で大将を怒らせるようなとんでもない食べ方をする奇妙な男で…。
「においます?」
ショートショート。浮気をして帰ってきた男の話。よくわからない。
「私はこうしてデビューした」
小説の新人賞を目指して応募を続ける相尾だが、今とんでもないことに巻き込まれている。相尾のファンだと名乗る人間が相尾のHPを通じて接触してきて、完全に理解できない戯言を繰り返しながらしきりに合作を持ちかけてくるのだ…。
「清潔で明るい食卓」
ショートショート。朝食と猫の話。よくわからない。
「タン・パタン!」
串本は行きつけのバーで、小野寺という厄介な男と出会ってしまう。きっかけは、携帯の着メロ。静かに飲みたい串本は、しかしバーに行く度に小野寺に話し掛けられうんざりする。会社でもイライラすることがたくさんあるのだが、バーにも行けなくなってしまいイライラが募る…。
「最後のメッセージ」
ショートショート。ストーカーに狙われた美人作家の話。まあまあ。
「見えない線」
バーテンダーをしているノリオは、バーにやってくるある女性が気になっている。しかしその女性には訳アリの彼氏がいる。時々話をするが、しかしどうしたらいいのかよくわからない…。
「九杯目には早すぎる」
ショートショート。バーでの会話。これはなかなかいい。
「キリング・タイム」
会社の上司である黒住の家の近くに住んでいる佐伯は何かと苦労が絶えない。今日も用事があったのに、黒住が気まぐれに飲みに誘ってくるから行かざるおえなくなった。しかも佐伯は今、どうしても黒住には目をつけられたくない。必至で黒住の相手をするが、黒住は自分が狙われているという妄想を抱いているようで…。
というような感じです。
発売当時書評家たちには非常に評価の高かった作品らしいんですけど、僕としてはウーン、という感じでした。全体的に大したことない話が多かったなという感じがしました。
まず、何作かショートショートがあるんだけど、よくわからない話が多かった。「においます?」と「清潔で明るい食卓」はどんな話なのか僕には理解できませんでした。理解力がないのかなぁ。「最後のメッセージ」はまあまあでした。「九杯目には早すぎる」はまあよかったかなっていう感じです。
短編の方は、まあまあいいかなというのが「大松鮨の奇妙な客」と「キリング・タイム」の二作でしょうか。「大松鮨〜」は、展開やオチも切れがよくって、実際この作品はその年の日本推理作家協会賞短編部門の候補にもなったようです。尾行している男は何故そんな奇妙な行動をしたのか、という話が最後反転します。「キリング・タイム」は著者が小説推理新人賞を受賞した短編です。最後の最後はよく分からなかったけど、まあ黒住という男の嫌っぷりが面白かったし、佐伯が抱えるジレンマもなかなか悪くないと思いました。
ただ他の短編はどうでしょう。微妙な気がするなぁ。
「私はこうしてデビューした」は、もう少しうまく出来たんじゃないかなと思います。ちょっと分かりにくい。オチのところまで来ても、なかなかすっきりとは理解できないというのが難点かなと思いました。
「タン・パタン!」はいろいろ前置きが長かった割に特にこれというオチもなくって、何だろうこの話は、と思いました。
「見えない線」は逆に、オチはなかなか秀逸だなと思ったんだけどそれだけの話で、なんとも言えない作品でした。
全体的には、正直なんとも言えない感じの作品でした。そんなに期待して読んだわけでもないんだけどなぁ。あんまりオススメは出来ない作品です。
追記)amazonのレビューではそこそこいい評価みたいです。僕の好みの問題かなぁ。
蒼井上鷹「九杯目には早すぎる」