2009年02月14日

コンゴ・ジャーニー(レドモンド・オハンロン)

さて今日は、本屋の仕事とは直接関係のない話ですが、最近売場を見ていて気付いたことを書きます。
僕は普段月曜から土曜の週6で働いているので、日曜日についてはどうなっているのかよくわからないんだけど、今日のような土曜日にはよく見られる光景です。
それは、父親と子供という組み合わせです。
もちろん、両親と子供が一緒に買い物に来ているという組み合わせもあるし、というかもちろんそっちの方が数としては多いんですけど、でも最近、父親と子供という組み合わせが非常に増えてきたなぁという気がするんですね。
子供の年齢も、赤ちゃんくらいから小学生くらいまでと幅広くて、特に赤ちゃんを抱いていたりあるいはベビーカーに載せて店内にいる父親の姿というのを結構見かけるんですね。
これは、僕のいる店の立地も多少関係あるかもしれません。
僕のいる店は、すぐ目の前がイトーヨーカドーなんですね。だから、家族で買い物に出かけるという時、母親だけがイトーヨーカドーで買い物をし、父親と子供はその向かいの本屋で時間を潰す、というようなパターンがあるのではないか、と思ったりします。
でもどうなんでしょうね。そうではなくて、そもそも休みの日は父親自ら子育てを買って出ている人も多いのかなとか思ったりしますが、実際のところはどうか分かりません。
しかしそういう光景を見ていると、一生結婚したくないと思っている僕としては、さらに結婚したくない度がアップしていくなぁという感じはあります。子供の相手なんかしたくないですからね。接客で関わるくらいだったら別に普通に対処出来ますけど、それが自分の子供だったらと思うとゾッとしますね。こういう話を周りにすると、自分の子供だったら絶対違うよ〜、みたいなことを必ず言われるんですけど、絶対無理です。自分と血の繋がった子供なんか絶対嫌ですね。
まあそんなわけでかなり脱線しましたが、子供を連れた父親の姿が多いなぁと思うわけなんですね。
1年近く前から、入口で子育て本を集めて置くようにしたところ、非常に売れるようになりました。どんな本を置いているのか挙げてみますと、

PHP文庫 「子どもの心のコーチング」
新潮文庫 「赤ちゃん学を知っていますか?」
PHP文庫 「頭のいい子が育つパパの習慣」
朝日文庫 「赤ちゃんがきた」
祥伝社黄金文庫 「子供を東大に入れるちょっとした習慣術」
PHP文庫 「日本一を育てた塾長の子どもの成績を決める習慣教育」
集英社新書 「感じない子どもこころを扱えない大人」
集英社新書 「共働き子育て入門」
光文社新書 「子供の脳は肌にある」
講談社現代新書 「発達障害の子どもたち」
集英社新書 「赤ちゃんと脳科学」
講談社文庫 「怖くない育児」
PHP文庫 「できる子の親がしている70の習慣」
集英社文庫 「我が家の流儀」
集英社文庫 「家族の流儀」
光文社知恵の森文庫 「娘に伝えたいこと」

といった感じです。
これがですね、どれもこれも驚くほど売れていまして、もう1年以上置きっぱなしという本もいくつもあります。全然売上が落ちないんですね。
やっぱり子育てっていうのは、みんな不安だからいろいろ情報が欲しいと思うんでしょうね。ただ、「子供を東大に〜」とか、「日本一を育てた塾長〜」みたいな本が結構よく売れていくんで、皆さんやっぱり子供には勉強が出来て欲しいと思うんでしょうね。そういう親御さんは、学生時代勉強してなかったりするんでしょうね。自分が勉強してこなかったために苦労したから、子供には勉強をさせよう、みたいな感じでしょうか。子供としてはたまったもんではないですね。
まあそんなわけで、無理矢理本屋っぽい結論に結び付けるとすると、いろんな本を置いて、いろんなチャレンジをすることで、客層っていうのはよく見えてくるものだなぁ、というようなことでしょうか。
そろそろ内容に入ろうと思います。
この作品は、あのイギリスが誇るカズオ・イシグロが大絶賛という旅行記で、アフリカのコンゴにあるテレ湖にいると言われるモケレ・ムベンベという恐竜を探しに、全財産をはたいて探検に出かけて行った、イギリスを代表する旅行記作家の作品です。日本では大分以前に、高野秀行という作家が大学時代、まったく同じ恐竜を探しに探検部のメンバーを引き連れて同じくテレ湖に行ったなんてことがありましたが(詳しくは集英社文庫「幻獣ムベンベを追え」をどうぞ)、時を経て人を惹きつける何かがあるということでしょうか。
コンゴという国はそもそも秘境と言ってもいいようなところで、国内のジャングルのほとんどは未踏の地と言ってもいいようなところです。ピグミーと呼ばれる、人間と同じような生活形態だけど、背丈が僕らの半分ぐらいしかないような人種がジャングルに住んでいたり、また20世紀になってようやく発見されたオカピも、このコンゴに住むピグミーの話から発見に繋がったらしいです。恐らく、あらゆる生物学者なんかは、コンゴを訪れて生態系の調査なんかをしたいと思っていることでしょう。
しかし、本作を読めば分かる通り、コンゴという国はなかなか一筋縄では行きません。本作を読むと、何で高野秀行らはあんなに簡単に(簡単ではなかったでしょうが、しかし本作よりは遥かに簡単に)テレ湖にたどり着けたのかが分からなくなってきます。もちろん、本書の主人公であるレドモンド・オハンロンは、テレ湖に直接行くのではなく、少し遠回りしてでもコンゴという国やその奥に内包するジャングルそのものを見たかったらしいんですけど、それにしても大変みたいです。
なにせ、この著者、全財産持ってコンゴに行ったらしいですからね。正直言って頭がおかしいとしか思えません。本書では円での表記がないのでイマイチどのぐらいのお金が使われているのか分かりづらいですけど、でも探検の最後の最後には、本当にわずかなお金しか残らなかったようです。その間、同行しているコンゴの役人であり生物学者でもあるマルセランを始めとするメンバーに日給を支払い、またジャングルに住む部族の長にお金を払い、入国の際に役人に金を払い、呪いをするかたと言って金を払い、なんていうことがどんどん繰り返されていきます。これじゃあ、いくら金があっても足りないだろうなという気がします。よくもまあそんなアホみたいなことをやったものだと思います。
探検の主要メンバーは三人。うち二人は、本書の著者であるレドモンド・オハンロンと、コンゴ人生物学者であるマルセラン。そしてもう一人、本書を読む限りではイマイチオハンロンとの関係性が分からなかったのだけど、アメリカ人の動物学者であるラリー。他に、マルセランがその時々で雇う手伝いの人間で探検が進められていきます。
ここまで長々といろいろ書いてきましたが、正直言って本書は僕にはあんまり合わない作品でした。本書は上下巻の本なんですけど、上巻を読んだ時点でもう結構キツくて、下巻はかなり飛ばし読みで読みました。それでも最後まで頑張って読み通そうとするところが僕の偉いところ(なのかどうかは分かりませんが)ですが。
でも、何がどう面白くなかったのかというのがイマイチ自分でも掴めないんですね。普通小説にしてもノンフィクションにしても、文章が合わないとか、ストーリーが好きになれないとか、キャラクターがダメとか、その作品が好きになれない理由がそこそこ明確にあるはずなんだけど、でも本書の場合、どこがどう僕に合わなかったのかというのがよくわからないんですね。結構こういう無茶苦茶やってる人間の話は好きなはずなんだけど、どうしてダメだったんだろうなぁ。
僕が勝手に思う理由の一つは、著者がイギリス人だったからかなぁということです。いや、言いがかりみたいなものですけど、イギリス人って何だか独特のジョークのセンスがあるイメージがあるんですね。文章のセンスみたいなものも独特なのではないかと。だからダメだったのかなぁとか勝手に思ったりしてみました。よく分かりませんが。
本書と、先ほども少し話に出しました、高野秀行の「幻獣ムベンベを追え」だったら、僕は断然高野秀行の方が面白いと思います。同じコンゴに行ってテレ湖を目指しムベンベという恐竜を探しに行くというストーリーなのに、何でこんなに違うんだろうかと思いました。
ただこの作品は、僕はダメだったけど、この作品を面白いと感じる人はきっといるだろうなとは思いました。どういう人が読んだらいいのかというのはイマイチよくわからないんだけど、なんとなく文学性の高い旅行記という感じがするので…、うーんだからどうしたって感じですけど、きっと作品自体はいいんだと思います。僕には合わなかっただけで。
でも、なかなか試しに読んでみるなんていうことが出来ない本ではありますね。何せ、定価で買ったら上下で約5000円しますからね。僕は古本屋で大体上下で2000円ぐらいで買ったと思います。それでもなかなかのもんですけどね。ちょっと面白そうだなと思う方は、とりあえず在庫のありそうな書店に行って、パラパラ読んでみることをお勧めします。




レドモンド・オハンロン「コンゴ・ジャーニー」
 

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とにかく自然がたくさんあります(≧艸≦)
コンゴのこと【コンゴのこと】 at 2009年03月10日 18:53