本書は三浦しをんのエッセイです。僕は三浦しをんのエッセイをこれまでにもたくさん読んできていますが、相変わらず面白いですね。小説が面白くてもエッセイが面白いとは限らないわけですが、三浦しをんは間違いなく、エッセイも小説も抜群に面白い作家だなと思います。
基本的には、三浦しをんの日常の出来事、日常感じたこと、オタク的なこと、友人との戯れ、などなどが書かれています。そんなに大したことが書かれているわけではないんですけど、面白いです。たぶん、三浦しをんが外面を気にせずに欲望のままに(?)、あるいは本能のままに(?)生きているというところがいいんだと思います。それに、三浦しをんの周りにいる友人というのもなかなかのもので、どうしてこうトリッキーな人間が集まるのか、これこそまさに類は友を呼ぶという奴なのか、と感心しました。
以下、面白いなぁと思った話をいろいろ抜き出してみようかなと思います。
まず、三浦しをんが家族(父・母・弟)と話している時のこと。弟がまずこんな爆弾発言をするのだ。
「でも俺が見るところ、トイレで用を足したあとに手を洗っていく男って、二割弱だぞ」
それに対し三浦しをんは、ありえないだろ、手ぐらい洗えよ、と言い、弟はちゃんと俺は洗うよと言うのだが、さらにそこに爆弾が投下される。投下したのは父である。
「どえー!おまえ、手なんか洗うのか!お父さんはいつも、トイレで手を洗っていく男を見てばっかじゃないのかと思ってたぞ」
ひとしきり悶着があった後、母がこんな雑学を披露する。
「アメリカの男のひとって、小用を足すまえに手を洗うんですって。汚い手で自分のあそこに触るのはいやだから、って」
というような話をひたすらレストランでする家族だ。
三浦しをんは「メゾン・ド・ヒミコ」という映画を絶賛していて、それは三浦しをんの周囲にいる人々も同じらしい。しかし彼女らが一様にする反応というのが、「シャツがイン!」なんだそうだ。これは、主人公(たぶん)のオダギリジョーがゲイ役らしいんだけど、そのオダギリジョーのファッションがズボンにシャツインらしいのだ。とにかく誰もがそのシャツインに気を取られて、肝心な本質的な部分の感想にたどりつかないそうな、という話。
コンビニの店員の接客言葉について三浦しをんは考える。これは、書店で働いている僕としてもなるほどと思える話だった。
三浦しをんは、「二番目にお待ちのお客様、どうぞ」という言葉が気に入らない。これは、店員側と客側で視点が違うということが原因になる。
店員としては、今目の前にいるお客さんの会計は終わった。だから次は「二番目の客」ということになる。しかし客側としては、自分は先頭に並んでいるのだから「一番目の客」なのだ。その視点の違いによる認識の違いが三浦しをんをいたく悩ませるらしい。
三浦しをんの提示する解決策はこうだ。
「次のかた、どうぞ」
僕はいつも、「お次お待ちのお客様どうぞ」というのだが、三浦しをん的には「お」が多すぎるし、「お次」という言い回しが古臭い、ということになるらしい。なかなか難しいものである。
友人の新居で飲んでいる時に、何故かカツラの話になり、そこである友人がこんな人を見たことがあるのだ、という話をし始める。
「冠婚葬祭など改まった席でのみカツラをつけるオッサン」
これが物議を醸し出す。このおっさんは一体何を考えているのか。カツラとしてのアイデンティティはどうなるのだ、というような話だ。最終的に、これは落語的不条理だ、という結論に達する。
ここまではいい。
三浦しをんとその友人が凄いのは、その話から実際に落語を作ってしまうということだ。しかもこれが結構面白い。本当の落語を知っている人からすればなんということもないかもしれないけど、僕は面白いなと思いました。すげぇな、三浦しをん(とその友人)。
三浦しをんは外を歩いている時、頭から血を流しているおばあさんを見かけた。既に中年の男女(夫婦ではないらしい)が看病をしており、救急車も呼んだとのこと。
付き添っていた中年女性がおばあさんから連絡先を聞き出し、家族に連絡を掛ける。
「もしもし、私いま、○○町であなたのお母様と一緒にいる、通りがかりのものですけど。お母さま、道で転んだらしくて、怪我をしてるんですよ。それでこれから、救急車で病院に行こうと思うんですが」
さて、こう言った後、この中年女性が次に発する言葉を想像できるでしょうか?
「いえ、ホントなんです。切らないで」
三浦しをんも中年男性も、そして電話を掛けた当の中年女性さえも思ったことが、これオレオレ詐欺っぽい、ということだ。世知辛い世の中になったものである。
三浦しをんは機械オンチらしい(僕もそうだ)。で、執筆のためにマックを使っているのだが、こいつの調子が悪い。三浦しをんはこう考える。自分としてはワープロとメールとインターネットがあれば十分で、それ以外の9割以上の機能は使わないのに、その使われない高級機能が叛乱を起こすんだ、と。
それを表現する会話文が面白い。
「王は、我ら近衛兵をなんと心得ておられるのか」
「下賤の輩ばかりを登用なさり、我らは飼い殺し」
「これではせっかくの装備が錆びついてしまうぞ」
「ていうか、むしを錆びつかせてやれ!」
「そうだそうだ、我らを使いこなせぬ王など無用!」
「叛乱の狼煙を上げろ!」
マックが故障した、というだけの話をこんなに面白い文章に出来るのはさすがだなと思いました。
まあそんなわけで、どの話もとにかく面白いです。三浦しをんのエッセイはどれを読んでも基本的に面白いので、本書じゃなくてもいいんでなんか読んでみてください。
三浦しをん「悶絶スパイラル」