2005年04月03日

ラッシュライフ(伊坂幸太郎)

うんうん、やっぱり伊坂幸太郎だよ。素晴らしいとしかいいようがない。この若い才能が世の中に出てきて、しかもそれが評価されている、というのが素晴らしいじゃないか。そう、小説もまだまだいける、って思えるね。人生も捨てたもんじゃない、そうも思わせてくれるよ。リアリティよりも、大切なことが小説にはきっとある。もちろんそれは趣味趣向の程度の話だけど、でも伊坂幸太郎はそのことを教えてくれた。どれだけ現実感のない話でも、伝わるものがある。どれだけありえない設定でも、清清しい気分にさせてくれる。そんな、小説だけでなく表現全てに許された力を、伊坂幸太郎は文字によって引き出し続けている。本当に、稀有な作家だと思う。類似していない、という特異性は、それだけで一つの才能だと思う。
物語は、五つのストーリーが交錯して進んでいく。そう、物語にも出てくるエッシャーの騙し絵のように、一つのストーリーだけに目を向ければ他が隠れる。そんな素晴らしい構成がなされている。
それぞれのストーリーにはマークがついている。それはデビュー作の「オーデュボンの祈り」でも使っていたもので、誰の物語になったのかがわかりやすくていい。この小説は、物語の進行どおりに紹介ができないから、それぞれのストーリーを紹介するだけにしておこうと思う。
マークは「天使」「車」「犬の散歩」「泥棒」のよっるで、一つだけマークなしの物語がある。まあそれは「なし」ということにしておこう。
「なし」:有り余る金を力に、美術品を株のように扱う美術商と、その力に屈した若い女性画家の物語。新幹線に乗り出掛けるところから始まる。金で買えないものはない、と信じて疑わない美術商は、その傲慢なやり方でさらに稼いでいる。画家の方は、彼女の才能を認めてくれた美術商の独立話をオジャンにさせる決断を金に屈してしてしまい、罪悪感を抱いている。二人の仙台への足取りが描かれていく。

「天使」:「高橋」という男を崇拝する集団がある。「高橋」は、素人ながらある事件を解決した過去を持っていて、それを境に信じるものが増えた。その幹部と、「高橋」のある信者の物語。幹部は信者に接触し、突如「神を解体する」と告げる。信者には初めは理解できないが、徐々にそれが、「高橋」を殺害するのだ、ということがわかってくる。幹部の言葉に踊らされていく。そんな二人の物語。

「車」:どちらも浮気、というカップルの物語。一方は女性カウンセラーで、もう一方はサッカー選手という取り合わせ。離婚に応じるはずのないお互いの配偶者を殺そうと計画していた二人だが、カウンセラーに突然朝夫から、「別れよう」と電話がある。理由はまったくわからないが、渡りに船と彼女は思う。後は彼の妻を殺すだけ。そのために車で彼の家に向かう途中、車で人を轢いてしまった…。そんな二人の物語。

「犬の散歩」:リストラされた元デザイナー。職を探すも、まったく見つからない。鬱々としている時に、ふとした経緯で犬を手に入れてしまう。汚い老犬は何故か自分の後ろをついてくる。まあいいか、と彼はその犬を連れて歩くことにする。これまたふとしたことから手に入れることになった拳銃が、彼の生活をそれなりに変えていく。そんな疲れた男の物語。

「泥棒」:泥棒を稼業とする男の物語。下調べを欠かさず、観察を怠ることのないプロフェッショナル。いつものように、仕事として律儀に泥棒をして生活していく。
そんなある日、ふとしたことから、思いもかけない人物と再会することになる。そんな泥棒の物語。

こういう五つの物語が、まさに錯綜し、大きな物語を作り上げているわけです。その構成力に脱帽としかいいようがない。
好きな日本語を書いてください、と紙を持つ外国人、「何か特別な日に」と書かれたタワーとエッシャー展。そういう、全体としてはあまり関係のない、それでも個々のストーリーに必ず現れるエピソードというのが多くて、味わい深さが増しているように思います。
本当に、それぞれのストーリーの結びつきが見事で、ある場面を読んでなんだろう、と思ったことが、必ず別のストーリーで解決されます。「なるほどね」と思わず声に出してしまうのではないかと思います。再読するのがとても楽しいだろう、と思わせる作品です。
実は、まあこんな話はどうでもいいんですが、本作は僕が書きたいな、と思っていた小説の形です。僕が考えていたのは、五つか六つの短編集、という形で、それぞれの短編は完結しないわけです。それで、他の短編を読んでみたらなるほど、そういうことか、と納得できるようなそういう構成です。どの短編から読んでもよくて、読む順番によって驚きの種類が変わる(まあこの趣向は清涼院流水の「19ボックス」であるのですが)、そんな発想でした。もちろん発想しただけで、なんのストーリーも考えてないし、形になるわけのないアイデアなんだけど、そうこんな形にしたかったんだよ、と思わせてくれるものでした。素晴らしい。
僕がこんなことを書くのは珍しいですが、この作品は映像にしたらとても面白いと思います。文章ではあまり効果的でない伏線を、映像でならさらりと見事に描き出せるのではないか、と思います。そういう、映像的に凝った仕掛けのできる作品ではないか、と個人的には思います。
注目の若手作家の出世作。是非読んでみてください。

伊坂幸太郎「ラッシュライフ」


ラッシュライフ

ラッシュライフ新潮ミステリー倶楽部

 

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マウリッツ・エッシャーの「ASCENDING AND DESCENDING」(「上昇と下降」1960)をモチーフにした小説。この絵は、建物の屋上に、吹き抜けの中庭をぐるりと取り囲むように階段がしつらえ..
『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎【猛読醉書&紅茶日記】 at 2005年04月24日 19:40