昨日の営業終了後棚卸しだったわけなんですけど、その関係で通常の仕事がほぼ出来ませんでした。通常書店には、翌日の日付の荷物が入ってくるんだけど、それを出しちゃダメなんですね。というわけで通常の仕事がほぼまったくない状態だったんですけど、しかしこれがまあ忙しい。
常にやりたいこと・やらなければならないことが山積みで、普段は通常の仕事をやらないといけない関係で後回しにしてしまうようなことを結構いろいろ終わらせることが出来ました。バックヤードを整理したり(大分汚かったなぁ)、1月から8月までの文庫と新書の累計の売上データを出してみたり(特に新書の方は相当他の書店とは違ったランキングだと思います)、仕掛けようと思っている本からフレーズを抜きだしたり(それで小冊子みたいなものが作れたらいいなぁと思っているところです)、万引きされているかもしれない本をリストアップできるかもしれないデータを出して抜けているものを発注したりというようなことをいろいろやっていました。
何だかんだで時間は過ぎていくもので、まだまだやらないといけないことはたくさん残ったままです。それに棚卸しが終わるということでまたいろんな本を発注しまくったので、それが入荷する頃にはまた忙しくなるでしょうか。
基本的にレジに入っている以外の時間は、どんな仕事をするのかすべて自分の裁量で決められます。他の店ではどうか知らないですけど、ウチの店では誰かに何か言われるようなことはないですね。だから、やろうと思えばサボるのなんて楽チンですけど、もちろんそんなことはしません。誰に何をやってもらって、自分では何をしなくてはいけないのか。優先順位の高い仕事は何で、これはちょっと無理そうだから諦めようとか、そんなことを考えて効率的に動けるように頑張っています。まあ、その辺りがやっぱり面白いですよね。誰にも何の指示もされずに、自分のやりたいように仕事が出来るというのは楽しいものです。それで売上についても文句を言わせないレベルを保っていますからね。
書店員というのは、何もしなくても勝手に本が入ってくるので、正直なところ入ってくるものを適当に並べていれば一応体裁としては整ってしまいます。恐らくいろんな本屋に、そういうただ入ってきたものを並べるだけという書店員はたくさんいることでしょう。もちろんそういう本屋は実につまらない売場になっています。僕が作っている売場が面白いかどうかはまあ何とも言えませんが、少なくとも僕は、ただ入ってきたものを漫然と並べているだけの仕事は絶対にすまい、と思っています。まあ僕のやり方だと、どうしても返品が多くなってしまうんで、そういう意味ではダメなのかもしれませんけど、入ってくるものを並べるだけでは金太郎飴みたいな書店になってしまいますからね。いかに他の本屋とは違う売場を創りだすか。そればっかり考えています。
それはやっぱり、年間の売上ランキングにも反映されていきますね。恐らく他の書店では上位にランクインしないだろうという本結構入ってくる。そういうのが僕は楽しいなと思うわけなんです。これからも、他の本屋が売っていない本をいかに売るか(もちろん前提として、他の本屋が売っているものは売らないといけませんが)をメインに売場を作っていこうと思います。
あと全然話は変わりますが、書店というのは通常日曜・祝日は荷物が入ってこないんです。本も雑誌も入荷しない。ただ今年の9/23(祝)だけは例外だそうで、雑誌の新刊だけは発売されるようです。その辺りで出る女性誌をいつも買っている方、お気をつけください。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、翻訳家だった著者が(著者は既に故人)、様々な国の文化や常識を知るにつけ、いかにそれが国によって違うのかという部分を様々集めて一冊の本にまとめたものです。よく分からないでしょうから、後で具体例をたくさん挙げようと思います。
まずはタイトルの意味から。「魔女の1ダース」というのは数字の13を指しているようで、不吉なことを意味するようです。1ダースは通常12ですが、魔女の1ダースは13という意味になるようですね。
この13にしても、欧米では不吉な数字だと言われますが、日本や中国では逆にいい数字だと言われるようです。そういう国同士のギャップについていろいろ書いています。
たとえば、アダムとイブは何人だったのか、という議論が文化人類学の会議で起こったらしい。
イギリス人は、
「イギリスは紳士の国だ。林檎が一つしかないとき、何はさておき、まずレディーにお譲りするとは、これぞジェントルマンシップ。アダムはイギリス紳士だったはずです」
フランス人は、
「たかが林檎一個で男に身体をまかせる女なんてフランス人ぐらいしかいないはずだ」
そして誰も反論できなかったというソ連人の意見。
「ろくに着るものもなく裸同然の暮らしをしていながら、食い物ときたら林檎一個ほどしかないのに、そこを楽園と信じ込まされていたなんて、ソビエト連邦の市民以外に考えられますか」
面白いことを考えるものですね。
著者が、キルギスタン共和国という国に、とある日本人を訪ねて行った時のこと。
その日本人がここで一番うまい中華料理屋と言って連れて行ってくれた店があるのだけど、その店のあらゆる料理は羊の油の海に浸かっていて食欲がなくなった。
二度目に行った時別の中華料理屋に連れていかれたが、そこでも同じ。そこで著者はこう言って厨房に入ろうとしたらしい。
「キルギス人って、からっきしチャーハンというものが分かってないのね!チャーハンのごはんは、パラパラ、サラサラっというほど乾いていなくちゃ。あたし、断然厨房に行く。行って、コックさんに本当のチャーハンってのを作って食べさせてみせるわ」
するとその日本人は笑ってこういうのだった。
「ハハハハハ、このあいだキルギスの銀行家を日本に連れていき、東京の中華料理屋に案内したら、あんたの今の台詞とそっくり同じことを言ったよ。『日本人は全くチャーハンというものがわかっていない!チャーハンのご飯は、タップリとした油の中にひたひたに浸っていなくちゃならんのだよ。断じて油をケチっちゃいかん!オレを是非とも厨房に入れてくれ。コックさんに本物のチャーハンってのを作って食べさせてみようじゃないか』ってね」
常識というのはところ変われば、という感じなんですね、ホント。
アフリカのU国は経済的自立のために綿花を栽培している。これからの課題は、国内さんの綿花から作られる木綿製品に対する国内の需要が伸びていくことでだった。
そういう状況の中で、突如若い日本人ボランティア女性が脚光を浴びる。日本から古着をドッサリ持って来て無料で配ったとのこと。こういうほどこし型の支援は常にある。
じゃあこれが喜ばれるのかというと微妙なところ。せっかく綿花を作って国内消費を高めようとしているのに、質のいい古着が無料で手に入るとなればやる気は出ない。そういうわけで、この国の綿花プロジェクトは絶滅の危機に瀕しているとか。
正しいことというのは難しいものですね。
イラクに住んだことのある日本人のこんな話。
「イラクに住んだことがあります。面白いんですよ。イラクの方を自宅の昼食会に招くとしますでしょう。そのイラク人の客が高価な皿を割ってしまったとする。すると、この客は決して謝らないばかりか、
『マーレッシュ=気にすることはない』
と平然と言ってのけるんです。日本人のホストはカンカンに怒ってしまいます。
『じ、じ、自分で皿を割っといて、な、な、何が気にすることはないだ』
そうなるのは分かりますでしょう。まあ、イスラム圏に行くと、そのあたりでムスリムとイスラム文化に反発して大嫌いになってしまう人が、結構多いんです。でも、それは発想法の違いなんです。
『割れてしまった皿は、元に戻らない。その皿をあなたが割ったということならば、どれだけ責任や悔恨の念に苦しめられるだろう。ところが、神は、その皿を割ってしまうという不幸をわたしの身に振りかけた、だから、気にすることはない。あなたは幸福者だ』
という論理展開になるんですね。」
これはなかなか凄いですね。なかなかこの発想にすぐに賛同できる人はいないんじゃないかと思います。しかし皿を割ったぐらいのことで神が出てくるのか。大げさだなぁ。
あと、文化というのとはちょっと関係ないのかもしれないけど、本書で紹介されていた子育ての話が実に面白かった。とにかく子供の頃はほっとけ、ということらしい。危険を身にしみて実感させたり、風邪を引くからと言って厚着させない方がいい、ということのようです。詳しくは「ニキーチン夫妻と七人の子ども」という本が出ているらしいんでそちらをどうぞ。
いろんな文化の違いというのが具体例で説明されるんでなかなか面白いですね。時々、政治とか情勢とか社会の話になったりして、僕はそういう話はお手上げなんで難しい部分もあったんだけど、基本的には楽しく読めます。著者お得意の下ネタ話もたくさんありますしね。ロシア語の通訳だった方ですが、ロシアの話だけじゃなくそれはもういろんなところの話が出てきます。僕は日本から出て生きていくつもりはまったくありませんけど、出たら出たで面白い経験が出来そうだなとは思います。まあ僕はゴメンですけど。
エッセイとしてもなかなか質の高い作品だと思います。確か講談社エッセイ賞を受賞してるんだったかな。米原万里の作品って、読んだことのない人にはハードルが高そうに思えるけど(僕がそうでした)、かなり親しみやすい作品だと思います。興味がある人は読んでみてください。
米原万里「魔女の1ダース 正義と常識に冷や水を浴びせる13章」