2009年11月23日

デパートへ行こう!(真保裕一)

明日新人が二人入ってくるらしい。つい二週間ぐらい前にも新人が一人入ったので、これで新人が3人になることになる。
新人が入ってくると結構キツいのだ。何故なら、レジの仕事を教えるのが僕ぐらいしかいないからである。
僕はまあ昔から、教えるのは割と得意な人間だったんですね。うぬぼれかもしれないけど。でも小中高とどの時でも、周囲の人間から勉強を教えてくれと言われて教えていたような、そんな立ち位置でした。
僕は基本的に天才というわけではなくて、勉強は努力して出来るようになった人間なんで、相手が分からないところが分かるんですね。誰かに何かを教えている時に、相手の反応から、なるほどこういう勘違いをしているのか、こういう解釈をしているのか、こういうことをそもそも知らないのか、ということが分かるんですね。だから人よりうまく教えられるみたいです。
僕としては別に普通だと思っていたんですけど、あんまりそうでもないみたいです。バイト先では、新人が入ってきた時に教育をする係というのは決まっていなくて、常にその時シフトに入っている誰かが教えられることを教える、という大雑把なスタイルなんです。で、他の人が教えているのを見ると、それじゃ分からんだろ、というような教え方の人が実に多いんです。
あることを教える前にまず知っておかなくてはいけない前提的なものがあるのにそれを説明しなかったり、普段使っているけど一般的な用語ではないものを説明なしで使ったり、あらかじめ何の説明もしていない状態で、実践を一回見せただけで教えた気になっている人とか、とにかくそういう教え方がイケてない人が実に多いんですね。バイト先には結構な数のスタッフが働いていますけど、まともに新人教育が出来るスタッフは朝番遅番合わせて5人ぐらいだと思います。ちなみに残念ながら、この5人の中に社員は一人も入っていません(笑)。社員も教えるの下手なんですよね。並のスタッフ以下かもしれません。
それに、下手でもまだ教えるスタッフはいいです。スタッフによっては、新人と一緒にペアでレジをしているにも関わらず、仕事を教えもしないし、何も会話すらしない、という人もいます。もうこんなのは言語道断ですね。仕事をうまく教えられないなら、せめてバイト先の環境に馴染めるようにいろいろ喋ったりしてあげないといけないのに、そういう発想が出来る人も少ないんですね。これは昔社員に何度か言ったことがありますけど、まあ変わってないですね。
まあそんなわけで、新人が入ってくると僕が教えないといけないんで大変なんです。僕は常に、レジにいる時間でさえもやることが満載なくらい、とにかくいつも時間がないんです。レジの時間も、出来る限り自分の仕事をしたいんですね。でも新人が入ってくると、新人を教えるのに時間を取られてしまう。他の、レジにいる時にカバーを折るぐらいしかやることがないスタッフが教えてくれればいいんだけど、なかなかそんな能力のあるスタッフがいないんですね。だから厳しい。
しかも明日は、二人同時に初日を迎えるというんです。今まで長いこと新人に教えてきましたけど、二人同時に入ってきたという経験はありません。結局僕が教えるしかないんで、二人同時に僕が教育をすることになるでしょう。たまらんですね。
まあ、来年の四月で辞めてしまうスタッフが結構たくさんいるんで、今のウチに使えるスタッフを育てておかないと厳しいは厳しいんです。そもそも常にスタッフが足りているとは言い難い状況ですからね。だから新人が入ってくるのはいいことなんだけど、でも新人が入ってくれば僕が教育で忙しくなる。仕方ないんだけど、いつもそれが悩みの種です。
新人を教育出来るスタッフの教育でもしようかなぁ。でも絶対自分で教える方が早いな。頑張ります。
そろそろ内容に入ろうと思います。
本書は、多くの人々が何故か深夜のデパートに入り込むことになった一夜のドタバタ劇を描いている作品です。
まず舞台となるデパートの説明をしましょう。
鈴膳百貨店は、戦前からある由緒ある百貨店だ。現社長の祖父が興した。東京大空襲で一度建物がなくなったものの、何とか現在に至っている。
しかしデパートの売上が全国的に下がり、経営は苦しくなっている。さらに追い打ちをかけるように、鈴膳デパートにとある不祥事が発覚し、そのせいでさらに客足が遠のいているのだ。今創業100周年祭をやっているのだけど、目を覆いたくなるような数字しか上がってこない。
そんな、ちょっとワケありのデパートが舞台です。
加治川英人は、財布に143円しかない。ちょっとしたことで怪我を負い、派遣会社をクビになったのだ。妻とも離婚し、一人娘も母親と一緒に出て行ってしまった。離婚後は、ひと月に一度娘をデパートにつれていくことが唯一の楽しみだったのだが、娘はデパートがダサいと言って連絡もくれなくなってしまった。今夜をやり過ごす場所を思案していた時、思いついた。大好きなデパートにいさせてもらおう…。
山添真穂は、鈴膳百貨店の社員。高級茶碗を売る売場で働いている。真穂は仕事へのモチベーションをかなりなくしてしまっていた。その原因となった男に復讐すべく、真穂はとある計画を練っているのだ。創業100周年祭の今なら、閉店後のデパートには金庫に入りきらないお宝がザクザク眠っているのだ…。
コージとユカは東京に家出をしてきた高校生。二人ともちょっとした事情を抱えていて、やりきれなさとお互いへの信頼感からちょっと家出してみることにしたのだ。しかしコージはお金をバンバン使っている。クレジットカードも使えない。結局帰りたいのかな?そう思っているとコージがある提案をしてきた。今日の夜はここで過ごそう。そこは、鈴膳デパートだった。
鈴膳百貨店の社長である矢野純太郎は、社員から軽く見られている。お飾りの社長なのだ。もうすぐとある大資本のデパートと合併するという話が出ている。そうなれば、創業家から誰か首を差し出すしかない。自分はそれだけの理由で社長にさせられたのだ。矢野は、ひょんなことから深夜のデパートで警備員と共に巡回をすることになった。拾った携帯電話の落とし主も探さなくてはいけないし、奇妙な落し物もどうにかしなくてはいけない…。
塚原仁士はヤクザから逃げていた。そして警察からも逃げなくてはいけないことになるだろう。ふと手を見ると血だらけだった。地面には血の跡が残っている。いずれにしてもどこかで手を洗わないと。トイレのありそうな場所を思いめぐらすが、ふと気づくとそこは鈴膳百貨店のすぐそばだった…。
赤羽信はいろいろな事情から、鈴膳百貨店の本店の警備員として働いている。警備の生き字引と言われる半田良作の元、デパートを守るため日夜頑張っている。最近付き合い始めた彼女と仕事中に連絡を取ろうとしてしまうのは愛嬌ということで…。
というような面々が、深夜のデパートを舞台にしてドタバタを繰り広げる、という話です。
ほどほどに面白かったですけど、そこまで言うほどでもないな、という感じでした。少なくとも、かつての真保裕一の作品の面白さを知っている人間には、物足りない作品ではないでしょうか?しかし酷いのは帯ウラの文句。『名作「ホワイトアウト」を超える、緊張感あふれる大展開!』って書いてあるんです。それが誇大広告だ、という点にはとりあえず目をつぶるとして、酷いのは比較対象として「ホワイトアウト」を出していること。だって本書は講談社が出していて、真保裕一は講談社の江戸川乱歩賞出身で、講談社でたくさん本を書いているのに、本書と比較するのに講談社の本ではなくて新潮社の「ホワイトアウト」を引き合いに出すのはどんなもんですかねぇ、という感じです。まあ知名度で言ったら「ホワイトアウト」は抜群だろうから仕方ないのかもですけど。
僕の印象では、「キサラギ」っていう映画に近いものを感じました。僕は映画自体はちゃんと見たことがないんですけど。「キサラギ」っていうのは、ある死んじゃったアイドルを追悼するということで集まった5人が、それぞれそのアイドルと実は深い関係だったということが徐々に明かされていく、という構造なんだけど、本書も、深夜のデパートに集まった人々が実はデパートに関わる事情を抱えている、というようなことが少しずつ明らかになっていくんですね。その過程はなかなかうまいと思いました。
また最後の方で、何故半田良作は鈴膳百貨店の本店勤務にこだわるのかということが明かされたり、携帯電話の落とし主に関わることで社長が決断したりすることなんかがなかなかいい話だったりするんで、そういう細かな部分もなかなかうまいなと思いました。
ストーリー全体としては、ちょっと無理があるだろ、みたいな展開もなくはなかったけど、それぞれの人間の思い込みをうまく利用して余計に混沌とさせていく流れは面白かったです。本書の主人公たちにはまず前提として、『深夜のデパートには警備員以外誰もいるはずがない』という思い込みがあるわけです。まあ当然ですけど。でも実際には相当の数の人間が蠢いているわけなんですね。その辺りの食い違いが余計混乱させる原因となっていて変な展開になっていくのがなかなか面白いなと思いました。
しかしやっぱり、それなりのエンターテイメントという感じの作品です。僕は真保裕一のかつての作品が結構好きで、社会的な問題みたいなものをとりあげつつきちんとエンターテイメントとして読ませる小役人シリーズや、僕が誘拐モノの傑作を選ぶとしたら三本の指には必ず入れたいと思う「誘拐の果実」とか、そういうレベルの高い作品を書いていたんですね。その印象がやっぱり強いんで、本書は確かにつまらないわけではないし、作品の出来としても悪くはないと思うんだけど、どうしてもあんまり高い評価は出来ないなという感じです。
真保裕一の昔の作品を読んだことがない人で、エンターテイメント系の作品が好きという人なら結構楽しめるのではないかなと思います。真保裕一の昔の作品を読んだことがあるという人には、あんまりオススメは出来ないですね。

真保裕一「デパートへ行こう!」



 

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