2009年12月22日

球体の蛇(道尾秀介)

ちょっと時間がないので書店の話はさらっと。
昨日こんなことがありました。
僕がバイトをしている書店は、一階が本屋で二階がレンタルショップになっているんですけど、エレベーターとかはないんです。なので時々、ベビーカーを押している母親とかが一階のレジに来て、ベビーカーだけ見ていてもらえないか、と置いていくことがあります。
昨日もそんなお客さんがレジにやってきました。ベビーカーの中では赤ちゃんが眠っていて、レンタルの商品を返却したいから置いていってもいいか、と聞かれました。
僕はそこで、『ベビーカーだけならいいですよ』と言ったんです。
これ、ちゃんと意味通じますよね?
僕としては、赤ちゃんは抱いて行ってくださいね、ベビーカーだけなら見ていますよ、というつもりで言ったんです。僕がそれを言った後、お客さんも『わかってるわよ』みたいな雰囲気で頷いていたんで、きっと伝わったんだろうなと思ったんです。
でも、ちょっと目を離した後で見てみると、赤ちゃんはちゃんとベビーカーの中で眠っているんですね。
おいおい、とか思いました。ダメだろ、それは。赤ちゃんに何かあっても、こっちは責任持てないぞ、と。『ベビーカーだけならいいですよ』だけで普通は伝わると思ったんだけど、それで伝わらなかったというのがちょっと衝撃的でした。
きっとあの母親も、子供を大事にしていないとかそんな風ではないんでしょう。可愛がってちゃんと育てている普通の母親なのでしょう。でも、やぱそれはないわ、と昨日は思いました。
そろそろ内容に入ろうと思います。
海沿いの小さな町に住む主人公・友彦は、17歳の高校生。子供の頃、家族を愛せない父親に嫌気が差して母親が家を出ていき、その後離婚。また父親が転勤のために土地を離れることになった。父親についていきたくはなかった友彦は、隣人であり、白蟻駆除の会社を一人でやっている乙太郎さんの家に居候することになった。乙太郎さんは娘のナオと二人暮らし。奥さんとナオの姉を、ある時ほぼ同時に失い、二人で暮らしているのだった。
それから友彦は、乙太郎さんとナオを本当に家族であるように過ごしてきた。高校生になって、乙太郎さんの白蟻駆除の仕事をバイトで手伝うようになってからは、居候をしているという窮屈さも少しは解消されるようになった。ナオの姉であるサヨとの記憶を回想することはあれど、基本的に平穏な生活を続けていたのだ。
友彦の人生が大きく変わったのは、白蟻駆除のバイトである一軒の家を訪れてからだった。そこには、町中で時折見かける、サヨに似た女性がいた。友彦はその女性のことを頭から追いやることが出来なくなっていた。
友彦は夜、サヨに似た女性の家の床下に忍び込むことが習慣になっていった。頭上で繰り広げられているだろう痴態を想像して、自らも自慰にふける友彦。彼女への思いが積りに積もったある日、思いも掛けない出来事が起こり…。
というような話です。
実にいい作品だと思います。ただ、これまで結構道尾秀介の作品を読んでいる人には物足りないだろうなと思います。
例えば、本書で初めて道尾秀介という作家を知ったという人がいるとしましょう。その人は、この作家は文章もうまいし、人間も書けているし、ストーリーもきっちりとしているし、かなり実力のある作家だな、と思うでしょう。なるほど、こういう作風の作家なのか、と思うことでしょう。
確かにこの作品単体で見れば、実にレベルの高い作品だと思います。前から僕はずっと書いているように、道尾秀介は、作品を出す度に文章が上手くなっていきます。初期の頃の作品と比べれば、恐らくその差は歴然としていることでしょう。一つ一つの表現や、カメラの焦点がそこに急にフォーカスされるような緩急、人間の機微を描くような細かな描写まで、とにかくどれも素晴らしいものがあると思います。
ストーリーにしても、正直なところ特別な何かが起こるわけでもないような作品なんだけど、読ませるんですね。人間をきっちりと描いているという印象で、それぞれのキャラクターがどうなっていくのか、という興味で読ませるような、そんな作品です。特別な仕掛けはないんだけど、淡々とした文章の中に戸惑いや激情や不安や哀しみなんかをうまく織り込んで、線香の火を消したような余韻を持たせるような印象を持つ作品で、作家としてのレベルは本当にどんどんと上がっているなという印象がとにかく強いです。
ただ、やっぱりどうしてもこれは書かなくてはいけないんでしょうけど、道尾秀介という作家には、どうしても『期待』してしまうんです。
道尾秀介の作品を結構読んでいる人にはわかると思うんですけど、道尾秀介というのはデビュー当時は、とにかくトリッキーな仕掛けをいくつも張り巡らせるような作家だったわけです。ちょっと考えられないような、えっーうっそー、というような驚愕のトリックをいくつも仕掛けて読者を驚かせるタイプの作家だったんですね。作家としてのキャリアを重ねて行く中で、そういう傾向はどんどん薄まってはきているんですけど、やっぱり道尾秀介の作品を読む時には、『今度はどんなことをやってくれるんだろう』という『期待』を持って読んでしまうんですね。
でも、特に新しい方の作品は特にそうですけど、本書も特にこれと言った仕掛けのようなものはないんです。もちろん勝手に期待をしたのはこっちなので文句があるわけでもないんですけど、でも初めの期待が悪い意味で裏切られてしまった、という点で、どうしても作品を少しマイナスに捉えてしまう形になります。作品単体で見れば実にレベルの高い作品だと思うんだけど、道尾秀介の作品という風に考えるとやっぱりちょっと期待と違うんだよなぁ、と思ってしまうんです。
でも僕の中では、少しずつですけど道尾秀介の印象が変わり始めています。トリッキーなことをやる作家ではなくて、人間をきっちりとした文章の中で描く作家という風に変わってきています。だからもうしばらくすれば、道尾秀介に対するトリッキーさへの『期待』はかなり薄れてくることでしょう。
でも他の多くの人はなかなかそうはいかないだろうなと思います。特に、「向日葵の咲かない夏」から道尾秀介の作品に入った人は、今の道尾秀介の変化についてこれるでしょうか?道尾秀介という作家は、本当にそういう点でちょっと不幸だったかなと思います。
帯とかもよくないんです。帯には、『「向日葵の咲かない夏」の著者がまた新たな一線を超えた!魂を揺さぶる、最新最高到達地点。』って書いてあるんだけど、「向日葵の咲かない夏」の名前を出したりしたら、本書もそういう作品なんだって読者に期待させているようなものだと思うんです。でも、別の本書はトリッキーさとは無縁の作品なわけです。「向日葵の咲かない夏」のようなトリッキーな作品なんだろうと思って読み始めた人は肩透かしを食らうことでしょう。「向日葵の咲かない夏」が売れているから、それを帯に載せとこう、という安易な発想なんだと思うんだけど、絶対失敗だと僕は思います。
まあそんなわけで、作品自体は実によく出来ているレベルの高いものだと思います。これまで道尾秀介の作品をたくさん読んできた人は、トリッキーな作品ではないということを念頭に置いて読み始めてください。本書が初道尾秀介とい方は、とくに気負うことなく読み始めてみてください。しかしホント、道尾秀介って作家は成長したものだなと思います。

道尾秀介「球体の蛇」



 

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この記事へのコメント
こんばんは。寒い一日でしたね。

昨日が冬至と言うことは、これから一日ずつ日暮れが遅くなることですよね。私としては、ちょっと嬉しいです! オバサンでも暗いのは心細いです(笑)。

この作品とは関係ありませんが、先日ダヴィンチを買いました。お目当ては、【Book of the Year 2009】ですが、このランキングは凄いことになっていますね。有川浩さんがBEST10中に3作入っていました。職場に持って行き、目下同僚の間を回っていますので、現在手許にありませんが、49位に『チェーン・ポイズン』がありました。私にとっては、『WILL』の方が気に入っていますので、こちらがランクインして欲しかったです(泣)。しかし、寡作で有名(?)な本多さんが2作も出されたことの方がずっと凄いことです!
恋愛小説の1位が『1Q84』というのも不思議な感じがしました。あの作品は、果たして恋愛モノなのでしょうか?

そうそう、先日熊○書店に立ち寄りましたら、レジが長蛇の列でしたよ。レジには店員さんが4人いたにもかかわらずです。本が売れないと言っても、まだまだ購買層が厚いのですね。老若男女が手に手に本を持って並んでいました。クリスマス用の包装を頼んでいる人もいましたので、お年寄りの方は孫へのプレゼントかも知れませんね。でも、お〜〜ぉ、本を買う人がこんなにたくさん…と、ちょっと感動しました(笑)。
私が購入したのは重松さんの『十字架』です。タイトルからして重たそうで、買うかどうか迷ったのですが、結局購入しました。イジメ→自殺(中学生)という事件が起きたクラスの生徒達のその後という感じで話が進みます。まぁ、余り後味の好いものではなかったです(泣)が、親としての想いが、グサリと来る作品でした。一緒に暮らしていても、子どもが学校でどんな風に過ごしているか?なんてなかなか分かりませんよね。親としては知りたくとも、子供の立場で考えると知られたくないことだらけでしょう(笑)。その辺が、むずかしいですよね。親は子供の成績や通知票の所見で学校の様子を想像するしかありませんから。知る手がかりが極端に少ない…、でも友達関係やクラスの力関係を知ったからと言って、どうすることもできないでしょう。わが家の息子達も微妙な(?)中学・高校生活から足を洗って本当に好かったと思います(笑)。

そういえばベビーカーの話は、困りますね。書店員さんに子守までさせるつもりでしょうか? 赤ちゃんが起きて立ちあがったりしたら本当に危険でしょう。人命に関わることですので、安請け合いはできませんよね。「お子様はお連れください」としっかり言わないとダメなのでしょうかねぇ。。そこまで神経を使わなくてはならない通りすがりさんに同情してしまいます。

では、この辺で。年末年始は読書三昧という人もいると思います。そういうお客さんで、本屋さんが賑わうと好いですね。
Posted by ドラ at 2009年12月24日 00:20
こんばんわです。ホント寒すぎますよね。あったか服をゲットしたのでかなりあったかく過ごせていますけど。

よく銭湯に行くんですけど、「冬至=湯治」「ゆず=融通を利かせる」みたいなシャレでゆず湯みたいな習慣が広まったとか。日が長くなるのはいいことですよね!

ダ・ヴィンチのランキング、見てないですねぇ(笑)。書店員としてはいかんのでしょうけど、あれは割と文芸書の担当に必要なものなんで、文庫・新書担当の僕にはいいかな、と。一読者としても、ダ・ヴィンチというのはどうもふんわりとした感じのランキングというイメージがあります。一般的というか大多数的というか。どちらかというとマニアックな作品を知りたい僕には、あんまり興味はないですね。
でもやっぱり有川浩は凄いですね。作家としてのレベルの高さを感じます。恋愛ものだけではなく、どんなジャンルでも水準の高い作品を書けるというのが素晴らしいですよね。
「1Q84」はジャンル分け不能みたいなところがあるんで、そうやってどこかに押し込むこと自体が間違っているんでしょうね、きっと。
そういえば確かに、寡作と言われる本多孝好が二作も出しましたね。作品は、イマイチという感じでしたけど…。

僕も22日夜バイトで入っていたんですけど、とんでもない忙しさでした。恐らくですけど、12/22の売上は、今年一番の売上だったのではないかなと思います。コミック・雑誌・文庫の売れ筋の新刊が相当重なって入荷しましたからね。てんやわんやでした。昼から夕方に掛けては包装もたくさんあったんですけど、夜は空気を読んだかのようにぴたりと収まって助かりました。あれで包装もバリバリ来ていたら、とてもじゃないけど回らなかったと思います。

毎回書きますけど、重松清は本出しすぎですね。ざっと調べたところ、文庫化を除き、共著やノンフィクションも含めると、今年一年で9冊も新刊を出しています。異常ですね。最近の重松清の作品は読んでいないのでわかりませんけど、やはり作品としての水準も高いのでしょう。凄い作家だなと思います。
学校生活は、親には知られたくないものですよね。女の子なんかは、学校で起こった出来事を割となんでも母親に話すイメージがありますけど、男の子の場合そういうのってあんまりないですからね。一日の大半を過ごす学校でのことをほとんど知らないというのも、まあ確かに不思議なものですけど、どうにもしようがないですからね。親になるというのは本当に難しいものなんだろうな、と思います。なる気、ないですけど(笑)

「お子様はお連れください」と言うべきだったんでしょうね。最近どうも、こういう言葉が通じないなと感じることが多くなってきたような気がします。飛躍しすぎかもしれませんけど、やっぱり本を読まないからじゃないでしょうかね?行間を読むというか、言葉の裏側を読み解くみたいな力が圧倒的に劣っているような気がしてなりません。

年末年始はわけあって小説をバリバリ書くことになるでしょう。来年の黒夜行では長編小説の連載というのをやる予定ですけど、恐らくその年末年始でバリバリ書いたものを少しずつ載せて行くことになるでしょう。今日も一日、ずっと設定を考えていました。大変です、ホント。
Posted by 通りすがり at 2009年12月24日 01:18
こんにちは。風が強い日ですね。
北海道は、思ったほど寒くなくて、なかなか好かったです。お目当ての旭山動物園のペンギンの散歩も、何とか見ることができました。この「何とか」ということの微妙さが分かりますか(笑)。人を掻き分け掻き分け…です。映画では、この坂道で一斉に動物が鳴き出したんだなぁと思い出しました。園長の西田敏之さんが退職して園を去るときのシーンです。

旅行中、百田尚樹さんのデビュー作『永遠の0(ゼロ)』を読みました。零戦の操縦士達の話ですが、読むのが辛いものでした。特攻で亡くなった人を、後年のマスコミが「テロリスト」と評価し、9.11のテロリストと同列に扱うシーンがありますが、それはないだろう!という思いがしました。文庫本で600ページという厚い本ですが、旅行中の2日目の夜には読み終え、翌日目に付いた本屋さんで『椿山課長の七日間』(浅田次郎さん)を買いました。観光というより、じっくり本と向き合う旅でした(笑)。でも、夜10:00頃、本を読み終えてしまった時は焦りました!もう読む本がないぞ、どうしよう?という感じでした。こんな経験は初めてです。いつも積読本に追われていますからね(笑)。さて、『椿山課長〜』もおもしろかったですよ。しかし、通りすがりさんのようなお若い方にはどうでしょうねぇ(笑)。

前置きが長くなりましたが、昨日『球体の蛇』を読みました。道尾さんの作品を読むのは初めてですが、私の中には、何か怖い作品を書く作家というイメージがあり、ずっと敬遠していました。それほどの怖さでもありませんでしたね。むしろ、ちょっとした思い違いが連鎖反応を起こして、もの哀しい物語でした。最後がちょっと救われた感じでしたね。

『1Q84』はセブンアンドワイに予約しました。今日から四月ですので、もうじき読めそうですね。今回は特設サイトもでき、前回とは戦略が違うようです(笑)。

では、この辺で。
Posted by ドラ at 2010年04月01日 16:23
こんばんわです。ホント風が強かったですね。歩いている時後ろから風に押されてちょっとよろめきましたよ。

旭山動物園、いいですねぇ。天気もよかったんですかね?それで寒くなかったんだとすれば、恵まれた時に行ったんでしょうね。
やっぱり人が凄かったですか…。春休みっていうのもあったんでしょうかね。最後駆け込みで旅行に、みたいな家族連れとかでしょうか…。行ってみたいけど、その人ごみには頑張れそうにありません。機会があったら映画の方を見てみます。

「永遠のゼロ」は僕も読みました。正直僕には戦争というものをうまく捉えられないので、特攻に限らず、戦争に関わるありとあらゆることに関して、どうという立場も取れないですね。
結局のところ、その時その場にいた人間にしか分からないことというのが山ほどあって、いくら未来の人間があーだこーだ言ってみたところでどうなるものでもない、って思っちゃうんですね。もちろん、教訓は教訓として活かさないといけないとは思いますけど。
「椿山課長の七日間」は、部屋のどこかにあるんですけどね…。もう数年見かけてないような気がします(笑)。浅田次郎は「地下鉄に乗って」だけ読みましたけど、それ以外の作品を読んでみたいとは思ってるんですよ。「プリズンホテル」辺りを機会があったら読んでみようかなぁ。

「球体の蛇」は悪くはないですけど、僕の中の道尾秀介ランキングでは真ん中辺りでしょうか。「ソロモンの犬」という作品が最近文庫になったんですけど、その辺りから作風がガラリと変わりました。僕のオススメは「カラスの親指」「ラットマン」「ソロモンの犬」辺りでしょうか。あと最新作である「光媒の花」は、僕はまだ読んでませんが、異様に評価が高いです。早く読みたいなと思ってます。

「1Q84」はもうすぐですね。特設サイトがありますか。知りませんでした。初版50万部のようですけど、今回はどれぐらい行くでしょうか。まあもちろん僕も読みますけど。

ではでは。鼻水とくしゃみが出るようになったんですけど、花粉症になってしまったのだろうかと不安に陥っております。
Posted by 通りすがり at 2010年04月02日 02:26