シリーズ一作目には普通やらないトリックが使われている、とだけ言っておこうと思う。
さて、シリーズの一作目の紹介なので、人物も簡単に紹介しておこう。
元華族だか貴族だかで、今は没落した、無言亭という建物に住む瀬在丸紅子とその息子と執事。その近くにあるアパート阿漕荘に住む、探偵・便利屋の保呂草潤平、女子大生の香具山紫子、女装趣味のある医大生小鳥遊練無。瀬在丸の元夫である刑事林。こういった面々がシリーズの中心人物になる。
今回は、桜鳴六画邸という、元々は瀬在丸が住んでいた建物であり、今は小田原長治という数学者が所有する建物(この敷地内に瀬在丸の住む無言亭がある)で、小田原長治の娘の誕生パーティが舞台の中心である。そこに瀬在丸と香具山が招待され、ある依頼を受けた保呂草と、保呂草の手伝いに雇われた小鳥遊が屋敷周辺を監視することになった。
保呂草に依頼をしたのは、パーティの主役である長治の娘。那古野市では、一年に一度ある法則に則った連続殺人が起きており、日にちも条件も私に当てはまる、ということで護衛を保呂草に依頼したのだ。
当日。トランシーバーで連絡を取り合う三人。依頼人は一人で部屋に入ったまま出てこない。不信に思って部屋に入ってみると、依頼人は首を絞められて殺されていた。
ドアはパーティ会場に面していて、大勢の目があった。窓は見張っていた保呂草と小鳥遊が、誰も出入りしていないと主張する。秘密の通路などは発見されず、完全な密室状態。
少しずつ大したことのないことは明らかになっていくものの、事件の謎はまったくわからない。その内さらなる被害者が…
という感じです。
僕は、Vシリーズは、シリーズ単体としてはそれほど評価していない(他シリーズとの関わりではかなり評価しているけれど)のですが、何作かは好きな作品があります。本作はそのうちの一つです。
もちろん、初めにこれをやるか、というサプライズ的な部分もかなりいいんですが、輪郭の曖昧な、それでいて形ははっきりしているというか、そういうなんとも言えない犯人の思想が好きなわけです。まあある意味犯罪を犯した「動機」的なものですね。理解できないけれども、理解しようとする行為が、あるいは理解できたという錯覚が、何か意味を持つんではないかと思わせるような、そんな感じがします。
黒猫のデルタや、林選弱桑や、そういった関係ありそうでなさそうで、というアイテムも盛りだくさんで、そういうところも好きです。ミステリだからといっていろんなことを確定したり終結させたりしていない、という点が森ミステリの特徴だと思います。読めば読むほど発散していくような印象です。
犀川や真賀田四季のような、示唆のある含蓄深い台詞や思考は少ないような気がしますが、犀川や萌絵並の強烈なキャラクターはまだまだ健在だと思います。第一作目にやってのけたトリックとともに、楽しんでください。
それではいつものを。
(前略)
「遊びで人を殺している、とおっしゃるのですか?」
「遊びで殺すのが一番健全だぞ」紅子はこともなげに答える。「仕事で殺すとか、勉強のために殺すとか、病気を直すためだとか、腹が減っていたからとか、そういう理由よりは、ずっと普通だ」
(後略)
(前略)
「ええ、考えておきます」紫子はようやく返答の言葉を思いついて答えた。それは関西では「あきまへんな」と同義語だ。
(後略)
(前略)「それまで別々の惑星に住んでいた宇宙人が、あるとき、ちょうど中間のある惑星で会うことになったのよ。ずっと電波で交信はしていたから、時間と場所をちゃんと打ち合わせて、それぞれの代表者が一名やってきたの。それでね、二人は、同時に同じ場所に立った。それなのに、あら不思議、二人とも、お互いを見つけられないまま、ついに会えなかったのでした。さあて、どうしてそんなことになったのでしょう?」
(後略)
(前略)
「正義って、煙草と同じね」
(後略)
(前略)
「理由は必ずある」紅子は頷きながら言った。「ただし、その理由が、言語として他人に伝達可能かどうか、あるいは、たとえ伝達可能であっても、他人の共感を得られるかどうか、という問題が残るだけなの」
(後略)
(前略)「他人に認識してもらえることが、そんなに嬉しい?道路標識じゃないんだからさ」
(後略)
(前略)「きっと、昔の日本にはなかった言葉なんよ、自由って。だから、使い方がようわからんうちに、広まってしもうたん」
(後略)
(前略)
「僕がどう思ったかなんて無意味だ」保呂草はまた微笑む・「僕は猫を殺した。それが現象であり、現実です。つまり、それが全てなんです。そのとき、どんな気持ちで僕がそれをしたのか、それは僕の体内の、非常に局所的な一瞬の状態にしか過ぎません(後略)」
「(前略)いずれにしても、失敗しないと、甘えられないんですよね」
(後略)
(前略)
「貴方は、言葉を駆使して、自分の歩いてきた道の舗装をされているだけよ」紅子は保呂草を真っ直ぐに見据えて言う。「貴方は、後ろ向きに掃除をしているだけ」
(後略)
(前略)
「人を殺すには、それなりの理由がある、我慢ができない欲求なのだ、という幻想を社会は勝手に作り上げています。これは、とても興味深いシステムです。何だって、そんな不思議なルールを考えついたのでしょうね?」
(後略)
(前略)
「理屈を求めることが、あるときは、思考を狭めるのよ」紅子は優しい口調で言った。「最先端の自由な発想とは、理由も、言葉も、理論も、まだないところへ飛ぶことなの。そこへ飛躍できた人だけが、そのインスピレーションを掴むことができる。それを凡人が、あとから丁寧に理屈をつけて、そこまで行ける道を作るわけ」
(後略)
森博嗣「黒猫の三角」
黒猫の三角講談社ノベルス
黒猫の三角―Delta in the Darkness講談社文庫