志保は立ち上がり、マグライトを回収して、森の入り口へと向かった。酷使した足が言うことを気かず、歩くのに難儀した。スコップを杖がわりにしながら、少しずつ進んでいった。
車の傍に、誰かがいるのが分かった。赤い点がゆっくり点滅しているように見えた。たぶん煙草を吸っているのだろう。遠くからでもわかるぐらい、ガタイのいいシルエットだった。父親も、そうだった。かつて父親だった男も、ガタイのいい男だった。
両親が離婚をしたのは、私が高校に入学した直後だった。高校受験が終わるまでは、志保に動揺を与えるようなことはしないでおこうと考えたのだと後で聞かされたけれど、志保には両親が離婚するだろうなということはずっと前から分かっていた。さっさと別れてくれるほうが勉強にだって集中出来るのに、とさえ考えていた。
「失踪シャベル 6-7」
内容に入ろうと思います。
本書は、「春期限定いちごタルト事件」「夏期限定トロピカルパフェ事件」に次ぐ、小市民シリーズの第三弾です。
高校生の小鳩君と小佐内さんは、「夏期限定トロピカルパフェ事件」をきっかけに互恵関係を解消し、それまでは一緒の時間を過ごすことが多かったのに、お互いまったく関わらなくなっていく。本書は、そうなってからの物語。
物語は、小鳩君の視点と、高校の新聞部に所属する瓜野の視点で進んでいきます。
小鳩君はある時、放課後の教室に呼び出されてしまう。小市民として存在感を消していたのにすわ何事かと思っていると、呼び出した張本人である仲丸さんは、付き合ってくれないと告白。小鳩君は、断る理由はないという小市民的発想で仲丸さんと付き合うことになる。
しかし小鳩君は、恋人が出来た状態を実に楽しんだ。「小さな誤解でやきもち焼いて口げんか」みたいな日が来るとはまったく思っていなかった小鳩君は毎日が楽しくなったのだった。
しかし一方で、小市民的立ち位置から逸脱してしまうことも多々あった。中学時代、謎があれば解き明かし悦に浸っていた小鳩君は、高校生になってそういった自分を戒め、謎に首を突っ込まないように心がけていた。しかし仲丸さんとデートをしていると、つい謎解きしてしまう自分がいて…。
一方瓜野は、新聞部が発行する学内新聞に、学外のことを書こうと奮闘していた。町で起きている放火事件について書こうと思うのだけど、堅物の部長が首を縦に振らないのだ。
変化を求めない新聞部にイライラしている頃、瓜野は小佐内さんと付き合うことになった。小佐内さんの大好きなスイーツを一緒に食べたりしながら、瓜野は学内新聞に放火事件について載せ、自分の名を残そうという野望を話して聞かせる。
瓜野は独自に取材を進めるが、その後いろいろとあって学内新聞に放火事件について書けることになった。瓜野は既に放火事件のある共通項に気がついていた。それを元に、学内新聞で次の放火場所を予測するということをやり始めたのだけど…。
というような話です。
「春季〜」と「夏期〜」のストーリーをまったく覚えていなくてちょっと分からない部分もあったけど、やっぱりこのシリーズは面白いなぁと思いました。
確か「夏期〜」が出た時に、誰もはこのシリーズが終わったと思ったことだと思います。何故なら「夏期〜」で、小鳩君と小佐内さんの互恵関係が破綻してしまったからです。これじゃあ続編は書けないだろう、とみんな思ったはず。
でも本書は、そんな互恵関係が破綻しているところから物語がスタートします。そんなわけで本書では、もちろんミステリ的な要素も多々ありますが、それと並行していかに小鳩君と小佐内さんがよりを戻すのかという部分も注目する部分だと思います。まあストーリー上、小鳩君と小佐内さんが絡むシーンは実に少ないわけなんですけど、やっぱり全体としては二人の関係がどうなるのかという部分が重要になってきます。小鳩君も小佐内さんもそれぞれ恋人を得て、しばらくその恋人と付き合った後、やっぱりと行って戻っていくという過程も構造としてうまいなと思います。
ミステリ的な要素としては二種類あります。
一つは、本作全体を通じてメインとして描かれる放火事件です。新聞部員の瓜野が独自に追っている案件で、彼らの住む町のあちこちが、小規模ながら放火されているという事件です。
この放火事件、犯行は第二金曜日の深夜と決まっている。それで瓜野は連続放火だと判断するのだけど、その一方で瓜野はその放火事件の別の共通項を見つけてしまう。瓜野にとってはそれが切り札であり、それによって新聞内で次の犯行場所を予告することになる。そしてそれが当たるのだ。瓜野は、こうなったら犯人を捕まえてやろうと思う、という展開なんですね。
この放火事件の方では、何だか小佐内さんの影がかなりちらつくことになります。瓜野は、自分の凄さを知らせるために、小佐内さんには放火事件について具体的なことは一切言わないでおきます。なのに小佐内さんは、何をやってるんだかよくわからないけど放火事件にあれこれと関わってくる。小佐内さんが一体何をしているのかという部分もなかなか楽しいんですね。
で、ミステリの要素のもう一端は、小鳩君が仲丸さんと一緒にいる時につい考えてしまう日常の謎系のミステリです。
こちらは三つほどあります。一つは、満員のバスに乗っている時、座席に座っている二人の内どちらが先に降りるのか(降りるほうの近くにいれば仲丸さんを座らせることが出来る)というもの。二つ目は、仲丸さんのお兄さんの部屋に泥棒が入ったのだけどその顛末について。そして三つ目は、ファミレスでパスタを注文した仲丸さんの意図について。
こういった謎についてつい解きたくなってしまう小鳩君は、それでも一生懸命小市民的態度で恋愛に臨もうとします(まあ恋愛に臨むっていう時点でもうおかしいんだけど)。それでも、新聞部の部長である堂島とは過去にもいろいろと関わったことがあったし、自宅付近で起こった放火事件については実に気になる点があったりと、徐々に放火事件の方にも巻き込まれていくことになります。初めの内は、小市民として仲丸さんとの恋愛を楽しんでいただけの小鳩君だったんだけど、やっぱり謎から遠ざかるというのは困難だったようで。
しかし相変わらず、小鳩君と小佐内さんの人生における価値観みたいなものは面白いですね。彼らはどこをどう切り取っても奇人変人の類なんだけど、過去にそういった部分を表に出しすぎて苦い思いをしたことがあるから、今ではそういう部分をきちんと自覚し、封印し、自らを小市民であると思い込み、自分の存在を隠しながら毎日を過ごしていきます。でももちろん、根っからの奇人変人なわけで、隠しても隠しきれるものではありません。そういう、小市民を目指しているんだけどどうしてもしみ出してしまう部分なんていうのも、本書を読む楽しみだと思います。
日常の謎系の物語で長編を書くのは実に難しいですけど、本書では見事成功しています。小鳩君と小佐内さんも相変わらずで、これは是非とも「冬期限定なんとか」も出してもらいたいものだなと思います。というか、春夏秋と来たら、冬も出るでしょう。その頃には彼らは卒業ということになるでしょうか?本書では彼らは高校三年生で、受験の勉強をしないととか言っているんで。そうなるとやっぱり冬で終わっちゃうでしょうかね。まあそれはそれで残念な気もしますけど、また一風変わった高校生の物語を書いてみて欲しいなと思います。本書も是非読んでみてください。
米澤穂信「秋季限定栗きんとん事件」