2010年03月03日

寝ぼけ署長(山本周五郎)

製紙会社で働いていたらしい父親は、ある時までは志保にとって、そこそこ仲の良い『お父さん』だった。世間一般と比べてどうだったかは分からないけれど、小さい頃はよく懐いて、思春期になると少し避けるようになるというのは、どこの家でも大して変わらないんじゃないかと思っていた。志保と父親の関係も、そういう世間一般の父娘の関係と大体同じだったと思う。周りの同級生に話を聞く限り、志保はそこまで『お父さん』のことを毛嫌いしていないのだな、と感じるほどだった。
 父親に対する見方が変わったのは、一本の電話が原因だった。その日は土曜日で、学校は午前中で終わっていた。お母さんは買い物に出かけていて、家には志保一人だけが残っていた。中学生だった志保は、電話が来たら出来る限り出て伝言を聞いておくようにと言われていたので、その電話が掛かってきた時もいつも通り出た。
「お父さん、いる?」
 いつもの電話とは違うな、と志保は感じた。お母さん宛の電話の場合は、自分が名乗りもしないでお母さんを呼び出す人も中にはいたけれど、それは志保も何度かやりとりをしたことのある相手だけだった。まして父親に掛かってくる電話にそういったことはこれまで一度もなかった。志保は相手の女性の声に、肩書きや役割だけで繋がっているのではない、もっと本質的な人間関係の匂いを感じ取った。

「失踪シャベル 6-8」

内容に入ろうと思います。
本書は、時代小説作家と知られている山本周五郎が、唯一残した探偵小説です。寝ぼけ署長と呼ばれるとある地方都市の警察署長を主人公にした、10編の連作短編集です。
まずざっと寝ぼけ署長について書きましょう。本名を五道三省といい、就任当初は寝てばかりいるという批判の多かった署長ですが、貧民街への訪問を欠かさなかったり、罪を憎んで人を憎まずと言ったスタンスなどから慕うものが多くなり、退任の際には大勢が幟まで立てて別れを惜しんだというほどです。本書はそんな署長の雑用などをする立場にいる男が、寝ぼけ署長が退任した後、かつての事件を振り返りながら書いている、という設定で物語が進んで行きます。

「中央銀行三十万円紛失事件」
中央銀行で、金庫から三十万円が紛失した。寝ぼけ署長は自ら調査に乗り出すのだが、そのやり方が実に奇妙だった。毎夜関係者を銀行内に集め、彼らにその当日のことを事細かに話させるのだ。毎晩毎晩同じ話をさせられる彼らはうんざりしはじめるのだが…。

「海南氏恐喝事件」
町の有力者である海南氏が、自分は命を狙われているから何らかの手配をして欲しい、と警察にやってきます。なんでも娘の婚約者である男が、海南氏に宛てて脅迫状を送ってきているとのこと。寝ぼけ署長は私に、海南氏の家に寝泊まりするように言いつけ、自身は何やら策を巡らせているようで…。

「一粒の真珠」
豪邸から首飾りがなくなり、使用人の一人の持ち物から一粒の真珠が見つかったことから、その使用人が疑われることになった。その使用人は貧しい生まれで、貧しい者への理解が人一倍ある寝ぼけ署長は、とある仕掛けを施すのだが…。

「新生座事件」
署長宛に、自分は命を狙われている、という手紙が届く。この町で公演を行う新生座のメンバーの一人であるようだが、誰なのかは分からない。寝ぼけ署長も劇団まで足を運び、やがて公演中ずっと警察に警備させるようにもなるのだけど…。

「目の中の砂」
長屋のある場所の土地を買った八巻氏が、退去勧告にも関わらず長屋から出て行かない住人に業を煮やし、長屋を取り壊すという暴挙に出た。寝ぼけ署長はとりあえず長屋の住人を警察の寮へと移し、それから長い時間を掛けてとある策を実行に移すのだが…。

「夜毎十二時」
成瀬という資産家から署長宛に、家まで来てくれという手紙が届く。行ってみると、遺言状の立会になってくれという。自分は命を狙われている、毎晩十二時になると吸い差しに何かを入れる人間がいるのだ、という。そして後日、実際に成瀬氏は死んでしまうのだが…。

「毛骨屋親分」
須川組という、露店を取り仕切る組があるのだけど、この須川組の締め付けが最近厳しいという話をよく聞く。場所代が高すぎるが故に立ち退かなくてはならない店もたくさん出てきたようだ。寝ぼけ署長は、職権を乱用し、業務を逸脱しながら、須川組駆逐へと向けて策を練るが…。

「十目十指」
近所の野菜を盗むと言って現行犯で捕らえられる婦人を見かけた寝ぼけ署長は、これは重大な問題だと言って自ら調査に乗り出す。近所の評判を聞くに、その婦人は近所の野菜やら鶏やらを盗みとっているらしい。旦那は屠殺場に勤めているらしく、残忍な人間だと評判だ。私としては、署長が一体何をそこまで問題にしているのか分からないのだが…。

「我が歌終る」
放蕩の限りを尽くしたと言われる佐多子爵が自殺した、という一報が入ってくるが、すぐに他殺かもしれないと変わる。密室状態でナイフが腹に刺さっていたために自殺と判断したが、もう一つの凶器が庭から見つかったらしい。密室殺人ということだが、署長の関心は子爵が暮らしていた部屋にあるらしく…。

「最後の挨拶」
寝ぼけ署長が退任するという知らせによって町が浮き足立っている頃、貧民街の一人が、関口という男が殺され、しかもそれが亀三郎の仕業ではないのかというのだ。どちらも貧民街で親しくしていた男で、署長はとりあえず貧民街に出かけていくが…。

というような話です。
これはなかなか面白い作品でした。山本周五郎の時代小説は二作ほど読んだことがあるんですけど、時代小説のテイストとは結構違っていて面白かったです。
本書は昔、「上司に読ませたい本No.1」みたいな感じの帯で一時売れたことがあるんですね。それでちょっと気になっていた本だったわけです。
確かにこの寝ぼけ署長、素晴らしい上司です。こんな上司がいたら、本書に出てくる町の人々のように、慕う人間がどんどんと増えていくでしょう。
まず素晴らしいのは、罪を憎んで人を憎まずという姿勢です。ある事件では、事件自体は解決しつつも犯人は指摘しないなんてこともやってしまいます。罪を犯した事情次第では、寝ぼけ署長は手心を加えるわけです。杓子定規に、法律で決まっているからなんでも罪だと言ってしまっては通るものも通らなくなる。その辺の機微が実にいいんです。
また、表面的な事柄に惑わされない眼を持っています。本書の中にも、元々被害者だと思われていた人間が実は加害者だった、という話はいくつかあります。寝ぼけ署長はその構図をすぐに見抜くんですね。さらに、加害者だと思われていた人間が実はそうではなかったということもある。特に寝ぼけ署長はこちらの方に力点を置きますね。何故なら、加害者だと思われていたのにそうではなかったという人は、貧しい人々であることが多いからです。寝ぼけ署長は、弱者に全力で味方になろうとします。時には、弱者を利用したという理由で、普段はほとんど見せない怒りを露にすることもあります。寝ぼけ署長は、特に貧民街の人々に慕われています。素晴らしいですね。
しかも寝ぼけ署長は、ある状況を解決するために自ら動き回るばかりでなく、自らの財産さえも吐き出してしまうようなところがあります。しかも、やはりそれは弱者のために行われるわけです。とにかく、常に自ら動くという姿勢が素晴らしいと思いました。
本書の探偵小説としての特徴は、事件自体にはありません。事件自体は、正直なところ単純なものが多いです。読んでいると、きっとこんな感じの構造なんだろうなということが、普段ミステリを読んでてもまったく謎解きの出来ない僕でさえ漠然と分かるような話が多いです。
じゃあどこが特徴なのかと言えば、それはいかに解決するかという点です。寝ぼけ署長が手がける事件は、犯人を指摘しておしまい、というような解決では丸く収まらないものばかりです。それを、いかに策を弄してうまいことまとめるか、その手腕こそが本書の魅力になっています。そういう意味で、京極夏彦の巷説シリーズにかなり近いものがあると思います。まあ巷説シリーズほど大掛かりではないですけどね。
特に僕がいいなと思った話は、「一粒の真珠」「眼の中の砂」「毛骨屋親分」「十目十指」辺りです。この四編はどれも解決編が素晴らしいです。特に「毛骨屋親分」は、警察署長としての権限やら職域やらを完全に逸脱したムチャクチャな解決で、でもそれがなかなか痛快だったんですね。
時代小説はちょっと…という人にもオススメ出来る作品です。読みやすいし、探偵小説とは言え、トリック重視の作品ではなく、謎を通じて人間を描くと言った趣向の作品で、山本周五郎の人間を見る目の優しさみたいなものを感じられるのではないかなと思います。こんな上司がいたらいいのに…、なんていう風な興味で読んでもいいかもしれません。是非読んでみてください。

山本周五郎「寝ぼけ署長」



 

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