「会社に行っていていません」会社の人ならそれぐらい知ってるでしょ、という意味を込めて、そう答えた。
電話の向こうの女性は、何だか楽しそうだった。笑い声こそ聞こえなかったけど、クスクスと笑っているみたいに感じられた。志保はもう充分に不愉快だった。それでも、もしかしたら万が一にも重要な用件かもしれないと思って、自分から電話を切ることは出来なかった。
「可愛い声ね」
からかうような響きに乗せて、そんなことを言う。志保はもう何も答えたくない、と思った。電話の向こうの人は、志保のそんな思いさえも見抜いているのだろう、楽しくて仕方がないという調子が伝わってきた。志保は、自分がまだ子どもであるということが悔しかった。こんな女性に、子どもだからなんていう理由で太刀打ち出来ない自分の存在が悔しかった。
「じゃあ、またね」
そう言って電話は切れた。電話のツーツーという音が、いつもよりも鋭い音に感じられた。
「失踪シャベル 6-9」
内容に入ろうと思います。
本書は、一番最新の「このミステリーがすごい大賞」大賞受賞作です。
舞台は近未来の日本(のようなところ)です。
辺境のような田舎に住んでいた主人公は、ある時口減らしのために捨てられた少年を拾う。白と名付けたその少年を拾ったがために、主人公の生活は一変することになる。学校ではいじめられ、村では差別されるようになり、家族にまでその影響が及ぶことになった。うんざりするような毎日をなんとかやり過ごし、未来のない糞田舎で、人一倍未来のない人生を歩んでいる主人公は、日々鬱々としていた。
そんな主人公はとある事情で村を離れることになった。たどり着いた港町で、地面すれすれの世界をなんとか器用に生き抜きながら、次第にその世界にも慣れて行った。
やがて主人公はその港町までも離れることになる。向かった先は、最も栄えている<東暁 とうぎょう>である。なんとか潜り込んだ東暁で先生と出会った主人公は、ある計画を実行に移すのだが…。
というような話です。
うーん、評価の難しい作品だなぁと思います。
というのも、僕が平山瑞穂の「ラス・マンチャス通信」を読んでいるからなんですね。本書は、巻末の選評でも誰かが書いていたけど、「ラス・マンチャス通信」とタイプ的には似た作品なんです。その選評では、「ラス・マンチャス通信」にも負けないパワーが漲っている、と書かれているけど、いやさすがにそれはないだろう、と思うんですよね。どう考えたって、本書と「ラス・マンチャス通信」を比べた場合、「ラス・マンチャス通信」の圧勝だと思うんです。力量の差が如実に出ているという感じがしてしまうんですね。
そこが、本書の評価の難しいところです。もし僕が「ラス・マンチャス通信」を読んでいなければ、本書もそれなりに評価出来たのではないかな、と思うんです。読み初めは文章がちょっと稚拙かなと思ったけど、読み進めるとそんな感じもなくなっていくし、全体を通じて醸し出される陰鬱な雰囲気も悪くはありません。主人公が行き当たりばったりに出会う人間が都合よく主人公の人生に関わっていくというストーリーはちょっとご都合主義的な気もするんだけど、どこに向かうのかさっぱりわからないストーリー展開もいいと思うんです。
でもやっぱり、似た系統にある「ラス・マンチャス通信」と比較してしまうと、どうしても本書の格が下がってしまうんですね。どちらも新人のデビュー作ですけど、ここまで力量に差が出るものなのかというくらいです。本書を読んでいいと思った方は、是非「ラス・マンチャス通信」も読んでみて欲しいなと思います。本書の作品世界を圧倒する世界観に驚くのではないかなと思います。
というわけで、本書を客観的に評価するのが今の僕には実に難しいんです。どうしてもちょっと厳しい評価になってしまうんだけど、それは本書の絶対的な評価そのものなのか、あるいは僕が既に「ラス・マンチャス通信」を読んでしまっているがための影響なのかは、自分ではうまく判断出来ません。
本書については、「ミステリーなのか?」みたいな感想をよく目にします。巻末の選評にもそんなようなことが書いてあります。確かに「このミステリーがすごい大賞」というからにはミステリーテイストの作品を期待するのかもしれないけど、別にそういう部分はそんなに突っ込まなくてもいいんじゃないかな、と僕は思うんですね。日本ファンタジーノベル大賞だって、ファンタジーじゃない作品なんていっぱいありますからね。本書はもちろんミステリーじゃないけど、新人としてそれなりに力量はあると思うし、「このミス大賞」の枠を広げるという意味ではいいんじゃないかなと思います。
本書には、近未来的な役割を持つ端末の<オリガミ>というのが出てきます。これはなかなか面白い機能の端末だなと思いました。その名の通り、折り紙のように折ったりして形を変えることが出来て、それぞれの形に応じて用途が変わったりします。お金のやり取りもほぼオリガミを通じた電子的なやり取りになったりして、その監視社会っぷりは窮屈だろうなと思いました。近未来というと僕らはどうしても、ドラえもんで描かれるような技術が発達していてより便利により豊かになる世界を想像してしまうけど、実際本書で描かれるような、裕福な人間はより裕福に、貧しい人間はより貧しくという方向に進む可能性の方が高いんだろうなと思います。本書では、一つの近未来の形が描かれるわけですけど、その一つ一つはなかなか面白いなと思います。こういう世界がやってきたら嫌だなぁと思わせるという意味で、よく出来ているなと思いました。
「ラス・マンチャス通信」という同系統の傑作を既に読んでしまっているので本書を客観的に評価するのが実に難しいわけですけど、個人的にはさほどでもないなと思いました。今後どういう作品を書くのかはちょっと期待してみたいなとは思いますけど。本書よりは僕としては、「ラス・マンチャス通信」をオススメします。
太郎想史郎「トギオ」