しかし、それでも僕たちは、人形の中に生を見る。人形を見て、鏡を見ていると僅かに錯覚する。その錯覚のために、幾多の人形師が、人生を賭けた、と言ってもいいかもしれない。
生きていないのに生きている。
生きているのに生きていない。
人の形の中に個人がいるわけではない。生命も人格も、どんな形にも宿る。
しかし、人は人の形を模すことで、その中に生命を見ようとしたのだろう。自分と同じものを作りたいという欲求。その無邪気な好奇心が、どこからか神や悪魔に反転したのかもしれない。
よくわからないことを書いたけれど、僕はこの作品が好きです。本作は、人形というものに彩られている。そうした、何か明確な筋というか幹というか、まあテーマと呼ばれるものがある物語がいいと思う。特に森博嗣の作品では。
小鳥遊が友人とともにある民宿でバイトをすることを聞き込んだ香具山が、瀬在丸や保呂草とともにただで泊まれるように計らってもらったところから物語は始まる。民宿を初め、近くに美術館や人形館などを細々と一族で経営している岩崎家と大河内家。複雑な人間関係である。
香具山と保呂草が美術館に行くと、ちょっとした盗難事件があった。美術館内のある一枚の絵が盗まれたという。モナリザを模したその絵には、しかし特別な価値があるようにも思えない。そんな小事がある。
いつものメンバーが、人形による演劇に呼ばれる。第一部は人形を操っての舞台。第二部は、人間が櫓から糸で人形のように操られる、といった趣向の舞台。それを鑑賞していると、舞台から悲鳴が上がる。
人形役をしていた女性が突然倒れた。偶然居合わせた愛知県警の林とその部下の祖父江の指示で、建物の出入り口が封鎖される。
櫓の上で糸を操る役の女性を心配した一行は櫓に駆け寄って見ると、車椅子に座った女性がナイフで刺されて死亡していた。
推理を兼ねたディスカッションがよく開かれる。瀬在丸と祖父江のやり取りもよく行われる(というのも複雑な事情があり、瀬在丸が離婚した元夫の林は、部下である祖父江と付き合っている。林は、どちらの女性とも子供をもうけている。といった具合で…)そんななか、瀬在丸の身にも危機が…
といった具合。
トリックというか、物語の骨子というか、そういう点はまあなんというか、悪くいえば単純というか、普通と言われても仕方ない感じだけど、でもそれを取り巻く装飾がしっかりしているから、僕には全然気にならない。
人形に対する考察や瀬在丸の思考。最後のモナリザを追い求めるという趣向。悪魔と白い手。瀬在丸と祖父江と林。犯人の思想。そういったいくつもの装飾が見事に溶け合ってカクテルとなって言葉や文章や構成に攪拌されているから、僕はこの物語が好きだ。
最後のモナリザを探す趣向はかなりいいと思う。それを知ってタイトルに納得し、その発想に脱帽する、みたいな。前作の「黒猫の三角」でも少しだけヒントが出てたし、うまいと思う。
人形というものに対する瀬在丸や保呂草の視点も面白い。人形劇を見ている時、初めは後ろで操る人物を見ている。しかしその内自分が、人形だけを見ていることに気づく。そうしてまた後ろの人物を見る。その繰り返し。そういう視点を知って、なるほど人形劇も面白いのかもしれない、と見てもいないのに妙に納得したものです。
誰が僕を操っているのか。
誰が僕を騙そうとしているのか。
誰が僕を生かしているのか。
ただ、「ラストの一行で、読者を襲う衝撃の真実!」と背表紙にあって、でも僕にはどうもイマイチぴんとこないというか。なんとなくはわかるんだけど、でもちゃんとわかっているか自信がない。
森博嗣の作品は収束も完結もしない、といつも書いている気がするけど、本当にそうです。ピリオドを打つのは著者ではなく、読者なんだ、という物語です、きっと。つまり、どう納得させるかではなく、どう納得するか。そして、ピリオドの向こう側へは、ピリオドを打った人間しか行けない。
僕は、ピリオドすら打てていないだろうな、と思う。きっと世の中には、ピリオドを打てている人も、その向こう側へ行けている人もいるんだろう。それはかなり羨ましいし、意見を聞きたいとも思う。
しかし、それでも、著者に漸近できるだけで、同じ位置に立つことはできない。森博嗣はそういう存在だし、そういう存在であってほしいと僕は思います。
それでは、いつものを。
(前略)
人は、生きている他人を見て「生」を感じる機会は少ない。それなのに、人形にそれを見る。
(後略)
(前略)人間の生活に直接関わらない、換言すると「役に立たない」人工物は、それが物体であれ情報であれ、目的物であれ手法であれ、ほぼすべて悪魔と神に関わっているからだ。(後略)
(前略)
失われることは、悪いことではないのだ。
削り取られて、そこに形が現れることだってある。
万が一にでも、美しい形が生まれることがあれば、尚更だろう。
その希望こそが、生きる動機ではないか。
(後略)
(前略)
「はい、少しでも価値のあるものは全部持っていかれてしまいましたの」紅子はそう言ってから振り返り、微笑んだ。「だけど、本当に価値のあるものは、誰も気づきませんでしたわ」
(後略)
(前略)
人形以外に、存在しない。
人は消失する。
(後略)
(前略)
「ようするに、悪魔だの亡霊だのってのは、人形みたいなもんで、後ろに必ず操っている人間がおるんよ。それが見えんようになってしまういうのが、つまり宗教やん。あるいは、教祖様みたいに自分を人形と化して、誰かに操られているような振りをしたりもしちゃうわけだよ。(後略)」
(前略)
そうか、大人になってもやっぱり、誰かが誰かを泣かしているんだ、と彼は思った。
(後略)
(前略)「所有したい、よりも、知りたい、の方がより人間的だ」
(後略)
(前略)
靴を履いてきたかしら、と心配になって足もとを見る。
生きているのかしら、と心配になって胸に手を当てる。
いつの間にか、靴を履いていた。
いつの間にか、生きていた。
(後略)
(前略)
自分は人形かもしれない、と一瞬思った。
見えない糸が、
空の彼方から、
宇宙の彼方から、
自分を操っているのかもしれない。
その糸が通る小さな隙間が、光って見える。
人の数だけ空に穴が空いているのだ。
(後略)
「(前略)言葉こそが、悪魔であり、神であり、私たちの罪でもある。でも、そこにしか、真理はないのよ」
(後略)
森博嗣「人形式モナリザ」
人形式モナリザ講談社ノベルス
人形式モナリザ―Shape of Things...講談社文庫