2010年03月10日

幸福ロケット(山本幸久)

変な言い方だと思ったけれど、志保は男にそう問い質した。取り返しのつかないことなんて日常にいくつも転がっている。その一つ一つでいちいち立ち止まって吟味出来る人間がどれだけいるというのだろう。
「あるさ」男は静かにそう答えた。
「だったら」さっさと車から立ち去んなよ、と言おうとしたところ、男は志保の言葉に重ねるようにして言葉を継いだ。
「後悔してるんだ」
 志保は、それには何も答えなかった。志保はこれまでの人生で間違ったことはたくさんしてきたれど、それでも後悔したことはなかった。常にその時点での最良の選択肢を選び続けていると思っていた。後悔するような人間は、覚悟が足りないのだ。志保は、最良の選択肢を選びとる覚悟をいつも持っている。自分にとって最良の選択肢であるということは、誰かにとっては最良ではない選択肢であるということだ。志保は常にそのことを意識している。後悔するような人間は、その覚悟が足りないだけだ。

「失踪シャベル 6-13」

内容に入ろうと思います。
主人公は10歳小学5年生の山田香な子。本を読むのが好きで、勉強がきっちりできる、少し大人びた女の子です。
香な子は、自分の名前の「な」が平仮名であることとか、誕生日が12月24日だったりとか、お父さんがお母さんと少しでも長くいたいなんて理由で会社を辞めちゃったりすることに不満を持っているんだけど、まあ普段はそんなことあんまり考えずに普通に学校に通っている。
学校では、コーモリというあだ名の小森君と時々話すようになった。別にどうってことのない男の子だし、何でもない関係だ。
でもそんなある日、クラスで一番可愛い女の子・町野さんから相談を受ける。それまでそんなに喋ったこともないのにだ。どうやら町野さんはコーモリのことが好きらしく、協力してくれ、という。いつの間にか町野さんとは親友ということになっていたようだ。
それから、それまでにも増してコーモリと関わることが増えた。塾帰りの電車の中で頻繁に会うようになったし、香な子の家にご飯を食べに来るようにもなった。町野さんのことを考えるとマズイなぁと香な子は思っているんだけど、まあ仕方がない。
一方で、塾に通っている気にくわない奴に、お父さんの悪口みたいなのも言われたりして、どうしたらいいのかわからなくなったりする。将来のことを考えると何だかよく分からなくなったりしてくる…。
というような話です。
山本幸久は、僕はかなり評価している作家なんですけど、何故かこの作品はあんまり期待しないで読みました。何ででしょう。装丁とかがイマイチだったからかなぁ(僕が持ってるのはハードカバー版です)。
でも、さすが山本幸久。面白かったです。
本書は、小学五年生の女の子視点で物語が進んでいくんだけど、それが実にうまいんですね。小学五年生の女の子がどんな風なのか、正直僕は知らないけど、でもきっとこんな風なんだろうなと思わせるような書き方なんです。子供だから知らないこともたくさんあるけど、でも大人のようにちゃんと考えることも出来る、というような感じ。しかも、小学校時代なんか特にだけど、女子の方が大人びてたりするからなおさらです。そういう雰囲気がよく出ていました。
しかも、小学五年生にしてきっちりと「女」なんですね。前に同窓会に出た時に、既に子どもがいる人も含めた女性たちが、育てるなら男の子がいい、女の子はもう幼稚園ぐらいですでに「女」だからめんどくさい、みたいなことを言っていました。本書でも、主人公の香な子はそこまででもないけど、でも町野さんと張り合うことで女っぽさがすごく出てきます。そういう、子供なんだけど女でもあるというような部分の描き方もうまかったなと思います。
ストーリーは、さっき内容紹介を書く時にちょっと困ったんだけど、そんなに大した展開ってないんですね。でも読んでる時はあんまりそんな風には感じなかったなぁ。読み終わって、誰かにこんな話だったって説明する時に、あれそこまできっちりとストーリーがあるわけでもないなぁと気づくような感じです。
でも、少ない登場人物をうまく動かして、読ませる話を書くんですね。メインは、コーモリと香な子と町野さんの三角関係っぽい感じの恋愛模様だろうけど、それだけじゃない。香な子がさらに少しだけ成長したり、それまで知らなかったことを知ったり、新たな感情に気づいたりと結構盛りだくさんなんです。でも、人に説明しようとすると、学校を中心に香な子の日常を描いた作品、ぐらいの説明しかできないんだよなぁ。
本書で僕が一番好感だったのが、子供を子供扱いしない大人が多かったことです。僕は結婚する気はまるでないんですけど、憶が一自分に子どもが出来るようなことがあったら、子供を一人の大人として扱おうと思っています。子供の時に子供扱いされるのって、自分の経験に照らし合わせても嫌でしたからね。香な子も、自分が子供扱いされることへの嫌悪感を度々吐き出しています。
でも本書では、子供を子供扱いしない大人が結構出てくるんです。香な子の両親、香な子の担任の鎌倉先生、コーモリの母親と言った感じです。彼らは皆、香な子を子供扱いしません。もちろん、香な子が他の子供と比べて大人びているということもあるだろうから、彼らも他の子供にはそこまでしないかもしれないけど、少なくとも香な子には大人として接します。それが結構気持ちいいんですね。こういう大人が周りにたくさんいたら、子供って結構幸せかもしれません。
特に僕は鎌倉先生が素晴らしいなと思います。20歳ぐらいの頃モデルをやっていたという超美形の教師なんだけど、生徒のことばっかり考えているから、香な子は時々心の中で、そんなことじゃ彼氏が出来ませんよ、と言っている。この先生はホントに香な子との壁を感じないんですね。年齢に大きく開きがあることを感じさせないんです。じゃあ友達みたいなゆるい関係なのかというとそうでもない。厳しくする時はきっちり厳しくする。一事が万事ちゃんとしてるんですね。こういう先生だったら素敵だろうなぁと思いました。
あと、ラストシーンはとにかくよかった。コーモリも鎌倉先生も町野さんも、そしてもちろん香な子もみんなかっこよかった。このラストシーンにすべてがうまく収束していく、そんな感じがしました。でも、ラストの町野さんの行動は、実際の女子の行動としてありえるのかな?そこだけがちょっとだけ疑問だったけど。
山本幸久って作家のイメージは、社会で働く大人の苦労とか努力みたいな、そういうどこにでもいそうな大人の人生を描くのがうまいなぁという印象だったんですけど、こういう作品も書けるんだなと思いました。小学生の、しかも女の子を描くっていうのは結構難しいと思うんだけど、素晴らしい作品に仕上がっています。タイプが違うので、これまで読んだ山本幸久の作品とはうまく比較が出来ませんが、こちらもかなりいいと思います。是非読んでみてください。

山本幸久「幸福ロケット」



 

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