2010年03月12日

青年のための読書クラブ(桜庭一樹)



 朝目が覚めると、身体の痛みに顔をしかめた。筋肉痛が酷い。手や足と言わず、全身が恐ろしいくらい痛い。起き上がるのが億劫で、志保はしばらくベッドに横になったままでいた。
 家に帰ってきた志保は、服も着替えずそのままベッドに倒れ込んだ。穴を掘っている時は、帰ったらシャワーを浴びたいなんて考えていたのだけれど、とてもじゃないけど無理だった。
 汗と泥でベトベトになった身体が不快で、志保はなんとかベッドから這い上がった。そのまま風呂場へと向かい、シャワーを浴びる。強張った筋肉が僅かずつでもほぐされていくようで、生き返ったような心地になれた。
 キッチンで朝ご飯の準備をする。と言っても、大したものではない。冷凍していたご飯を温めて卵をかけ、インスタントの味噌汁を作っただけだ。頭が徐々に現実を理解しつつあるようで、自分以外のためにご飯を作らなくていいと思うと、途端に料理をする気が失せてしまうというのは面白いと思った。リビングにあるテーブルでご飯を食べ洗い物を済ませた。

「失踪シャベル 7-1」

内容に入ろうと思います。
本書は、とある女子高を舞台にした、5編の短編が収録された連作短編集です。
まず、舞台となる女子高の話を書きましょう。
聖マリアナ学園は、東京山の手に広々とした敷地を誇る伝統ある女学校で、20世紀初めに修道女聖マリアナによって建てられた。幼稚舎から後頭部までが同じ敷地内にある校舎で学び、大学のみ別校舎。学園内は外から見れば薄絹のようなヴェールで包まれて、とうの女学生たちの生態は沓として知れない。ただ良家の子女と認識されているだけだ。
この学校は、伝統的に生徒会と演劇部の力が強い。生徒会は世襲制の趣があり、政治家を親に持つ女学生らが集まり、学園の政治を取り仕切っている西の砦であった。一方で演劇部は東の砦と呼ばれた。聖マリアな学園では学園祭で『王子』なるものを決めるイベントがあるのだけど、王子を高確率で輩出するのが演劇部だったのである。
でも本書の主人公はそのどちらでもない。主役となるのは、読書クラブである。読書クラブは、校舎の裏手にある崩れかけたレンガ造りの建物の一室に籠る異形の集団だ。学園の主流派に様々な理由で溶けこむことのできない人間が集まる場所であり、何故か学園の暗黒の歴史の目撃者であることも多かった。
本書は、1919年から2019年までの100年間で、聖マリアナ学園で起こった、正史には決して残らない暗黒歴史を、それを知る5人の読書クラブ員がそれぞれ読書クラブ史に書き残した、という設定の作品です。

「烏丸紅子恋愛事件」
高等部からの入学という珍しい異分子であった烏丸紅子は、美貌ではあったが、その長身と関西訛りのせいで、なかなか学園の溶け込めずにいた。あらゆるクラブをお払い箱になり、たどり着いたのが読書クラブだった。
読書クラブの部長であったアザミは、醜い女であり、自らもそれを自覚していた。アザミは烏丸紅子の存在を認識し、そしてこれまで研ぎ続けてきた刃を使うチャンスが訪れたことを知った。アザミはあらゆる計略を駆使して、紅子が学園祭で「王子」に選ばれるよう画策することに…。

「聖女マリアナ消失事件」
聖マリアナ学園の創設者である聖マリアナは、雪の降る夜、建物の外に足跡一つ残すことなく忽然と姿を消した。この話は、とある読書クラブ員のみが知る、因縁の物語である。
聖マリアナは、厳格な父の元で育ち、幼い頃から修道女に行かされていた。一方兄のミシェールはちゃらんぽらんな性格であり、パリで読書クラブなる怪しげな商売をしてかつかつの生活を送っていた。聖マリアナは修道女の指導の元、ジャポーンに学校を作るべく邁進するはずだったのだが…。

「奇妙な旅人」
西の砦と恐れられた生徒会の牙城を崩すかに思われた黒歴史である。
外の世界の変化に呼応するように、学園にも変化が訪れていた。リクルート事件により政治家の娘の、また地価高騰により税金の支払に苦しむ良家の娘の地位がそれぞれ落ち始めていた頃、爆発するように突然資産を増やした成金の娘たちが、学園に新たな価値観を持ち込んだ。校則を無視した服装で、食堂にミラーボールをつけて扇子を持ち、パラパラを踊るような奇っ怪な集団だ。しかし時代に合っていたのか、その価値観は蔓延し、勢力を築いていくことになる。
やがてその集団は、生徒会の牙城をも脅かさんとするようになる。世襲制で守られていたはずの生徒会に無理矢理入り込み、学園を改革しようとするのだが…。

「一番星」
一人の少女がロックスターになるまでの物語である。
加藤凛子という庶民の生まれの娘と仲のよかった、本来であれば生徒会の貴族院で辣腕を振るうことも可能なほどの高貴な出自の山口十五夜は、凛子が読書クラブに入ったために、自らも読書クラブに入ることになる。しかしある日を境に十五夜は読書クラブを離れ、軽音部に入部することになる。そこで「人体模型の夜」というロックバンドを組み、学園内で爆発的な人気を箔していくことになる。しかし実はその原動力となっていたのが、凛子との些細なすれ違いであり…。

「ハビトゥス&プラティーク」
来年から近隣の男子校と合併し共学になるという年、ついに読書クラブ員は最後の一人になっていた。五月雨永遠である。永遠は小太りで目立ところのない、語句平凡な少女であった。もはや限界まで崩れかけた赤レンガの建物から追い出されてしまった永遠は、学園内にとある噂が巡っていることを初めて知ることになる。
それは、「ブーゲンビリアの君」と呼ばれる正体の知れない謎の怪盗のことだった。シスターたちは、携帯電話やゲーム機などを頻繁に取り上げていたのだが、いつの間にかそれらが、一輪のブーゲンビリアの花と共に戻ってくるのだ。それからいつしか、「ブーゲンビリアの君」という美貌の青年の噂へと変わっていくのだが…。

というような話です。
素晴らしく面白い作品でした。さすが桜庭一樹。相変わらず面白い作品を書きます。
まず、舞台となる学園の設定がいいですね。それまでの少女ばかりを書き続けてきた桜庭一樹にとって、女学園というのは突飛な設定ではないけど、普通の作家が書いてもここまで面白くはならないだろうなと思います。いくつもの時代を描いていること、主流にはなりきれない読書クラブが物語の主役になっていること、「王子」という少女ばかりが通う世界では必然的に生まれる(のかわからないけど、なんとなくそんな風に思える)存在を、作中で巧みに使っていること、などなど、この学園の見事な設定が作品を成功に導いているのだろうと思いました。
本書は、森見登美彦が描く滑稽さを内に含みながらも、一方で格調高い雰囲気もまとっているんです。このバランスが僕は素晴らしいと思うんですね。滑稽さと格調高い雰囲気を両立させるなんて、なかなか普通の作家にはできないことではないかなと思います。森見登美彦が昔風の言葉遣いでおかしみを醸し出しているように、本書でも大仰な表現で文章が描かれます。それが、ある時は滑稽さを生み出すわけですけど、また同時に作品全体を格調高いものに仕上げる要素にもなっていて、実にうまいなと思いました。それぞれの短編に一つずつ、モチーフになっている古典作品があるんだけど、それらを巧みに組み合わせることでも、格調高い雰囲気を生み出しているのだろうなと思います。
また、桜庭一樹は常に「少女」というものをメインのモチーフにして作品を生み出し続けている作家だと僕は思っているんですけど、本書ではこれまで僕が読んだどの作品と比べても、『少女性』とでも呼ぶものが溢れでている作品だと思いました。作品に少女がたくさん出てくるから当然なのかもしれないけど、でも単純な数の足し算ではないような感じがするんですね。一人の少女の持つ少女性が1だとして、二人集まれば2かというとそうではなく2.5ぐらいになる。三人だと5ぐらいになって、十人集まれば30ぐらいになる。なんか僕のイメージする『少女性』ってそういう感じがするんです。本書も、確かに少女がたくさん出てくるわけなんですけど、それにしたがって指数関数的に『少女性』が増していくような感覚があって、それが僕には実にリアルに感じられました。少女がたくさん集まることによって生まれるモワモワした雰囲気がよく出ているなと思いました。
それぞれのストーリーの骨子だけ見れば、さほど大した話ではないかもしれません。でも桜庭一樹の施す装飾が見事で、単純に思えるストーリーが実に奥深いストーリーのように思えてきます。一筋縄ではいかない読書クラブの面々や、女性の縄張り意識や嫉妬心みたいなものがあれやこれやを複雑にして、どんどんとおかしな方向に嵌っていきます。そういう意味でも、なんとなく森見登美彦的な匂いを感じるんだよなぁ。雰囲気は全然違うんだけど、複雑性みたいに、なんでもない入り口からとてつもなく変わった結末にたどり着いてしまうというような、そんな変さがあるなと思います。
話として一番好きなのは、「聖マリアナ消失事件」です。これは、聖マリアナ学園の創設者である人物の物語であり、他の作品とはかなり一線を画す作品です。初めはちょっととっつきにくいかなと思いましたけど、深みのあるいい話だなと思いました。
学園内の少女の話でいえば、「烏丸紅子恋愛事件」か「一番星」がいいですね。どちらも、多少の違いはありますけど、学園祭での「王子」の地位にいろいろと左右される話で、奇妙なうねりとでも名付けたくなる熱狂を読書クラブ員が巻き起こす物語でもあります。
最後の「ハビトゥス&プラティーク」は、学園内の話も面白かったですけど、最後の最後の終わらせ方が結構好きだなと思いました。なんかこういうのもいいな、っていう感じがします。
「奇妙な旅人」だけが、そこまで好きにはなれないかなという感じです。悪くはないけど、他の4編と比較するとやっぱり少し落ちるかなという感じがしました。
作品の世界観が独特できっちりしているし、とにかく面白い作品です。久々に桜庭一樹の作品を読みましたけど、やっぱりいいですね。レベルが高いです。近いうちに、「赤朽葉家の伝説」の続編(姉妹編?)である「製鉄天使」を読む予定なので、そちらも楽しみにしようと思います。是非読んでみてください。

桜庭一樹「青年のための読書クラブ」



 

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