2010年03月16日

製鉄天使(桜庭一樹)

敬叔父さんは考えをまとめているらしかった。電話の向こうで奥さんが、どうしたのと言っている声が小さく聞こえてくる。
「警察にはまだ?」
「連絡してません。というか私としてはあんまり連絡したくないんだけど」
「わかった。とにかく今からそっちに向かうよ。大学の講義は大丈夫かい?」
「二限にありますけど、今日は休みます。それより、敬叔父さんは大丈夫なんですか?」
「いや、そういうのは良くない」
 敬叔父さんはそう言って、一旦言葉を切った。
「大学まで送ってあげるから、そこで少し話そう。すぐ出られるように準備をしておいてくれないか」
「分かりました」
「私がいなくたって、会社はどうにでもなるさ」
 それはきっと嘘だろうと思ったけれど、敬叔父さんは自分の言ったことを取り消すような人ではないし、その優しさに甘えることにした。

「失踪シャベル 7-5」

内容に入ろうと思います。
本書は、「赤朽葉家の伝説」と対を成す作品のはずなんですけど、「赤朽葉家の伝説」の内容をあんまりちゃんと覚えていないんで、どんな風に関連があるのか僕にはよくわかりません。
1980年代。丙午生まれの女たちが、中国地方を制覇するまでの、とあるレディース集団の物語です。
製鉄会社の長女として生まれた赤緑豆小豆は、鉄に愛された女だった。小豆の周りの鉄は、まるで小豆の周りにいられるのを喜ぶかのように自在に変化し、小豆の意のままになった。その才能が、小豆を中国地方を初めて統一したレディースの総長に仕立て上げる。
男子の総長を決めるチキンレースを見た小豆はまだ小学生。その後不運なことから、鳥取を縄張りにするエドワード族に目をつけられ、因縁をつけられることになるが、持ち前の能力でそのピンチを乗り切ることになる。
そうして小豆は、走り屋として目覚めることになる。バイクを相棒に、ただ走りたいから走る、えいえんの国を目指して走る小豆に賛同するものが次第に増え、いつしか小豆の集団は大所帯になっていく。しかし名前はまだない。
製鉄天使、という名前を授けられた小豆の集団は、そこから中国地方制覇へと向けて爆進していくことになるのだが…。
というような話です。
それなりに面白い作品でしたけど、そもそも「赤朽葉家の伝説」がそれほど好きではないし、それと対を成す作品だからというわけでもないんだろうけど、本書もそこまで良いと言える作品でもなかったかなという感じでした。まあ桜庭一樹の他の作品と比べるとちょっと落ちる、という感じでしょうか。
語り口調がなかなか独特なんですね。僕は古川日出男っぽいテイストを少し感じたりしましたけど、軽快なリズムに乗るような、勢いに任せていると思わせるような、そんな感じの語りでした。これまでの桜庭作品にはないタイプの語りだと思います。僕は古川日出男とか好きだし、こういうノリの文章も好きなんですけど、一般の桜庭ファンの中には、こういう語り口調は好きじゃない、という人もいるかもしれないな、と思ったりします。
また、現実世界にはありえないような描写が普通に描かれるのも、読んでいる人間を困惑させるかもしれません。もともとファンタジーだという前提で読んでいれば違うのかもしれませんけど、本書は別にファンタジーとかではなく普通の現実をベースにした作品です。なのに、鉄を自在に操るとかはまあいいとしても、バイクで空を飛ぶとか、鋼鉄の羽根で舞うみたいな話が普通に出てきたりすると、なんだか違和感を感じます。この点も、それまでの桜庭作品とはイメージが違うので、ダメと感じる人もいるかもしれません。
しかし、物語のスピード感については凄まじいと思いました。とにかく、一瞬足りとも立ち止まらないんですね。普通の小説だったら、そこでもう少しためるでしょとか、そこはもう少し引き伸ばして盛り上げるでしょみたいなところでも、とにかくさらっとあっさり語られていきます。まあその理由は、最後の方でちょっと分かったりはするんだけど、とにかくその立ち止まらないっぷりは凄いです。しかも、物語のスピード感を邪魔しない、というかむしろさらにそれを手助けするかのような軽快なテンポの文章がまた作品にピッタリで、そういう部分は実にうまいなと思いました。
キャラクターとしてはスミレと通りすがりのレディがよかったです。スミレは、とにかく女らしさを武器にうまいこと世渡りしていくのを最上の趣味にしているような女で、実際近くにこんな女がいたら嫌いになると思うけど、小説のキャラクターとして読んでる分には面白いなと思えました。スミレが後半で起こすとある事件は、そういえば「赤朽葉家の伝説」でも描かれてたな、と思い出しました。
通りすがりのレディは、本名がどこかに書いてあったのか覚えてないんだけど、転校生で途中から製鉄天使の参謀になった女です。後半から描かれるキャラで、実際ほとんど出てこないんですけど、なんとなく存在感があります。とにかく爆走するしか脳がない製鉄天使の唯一の頭脳としても活躍していきます。
ストーリーのリアリティがどうのという部分にこだわってしまう人にはあんまり向かない作品かもしれません。本書はたぶんですけど、ストーリーと文章のスピード感みたいなものを味わう作品なんだろうと思います。トップスピード全開で繰り広げられる少女たちの爆走、興味がある人は読んでみてください。「赤朽葉家の伝説」の内容を忘れている僕が言えることではありませんけど、「赤朽葉家の伝説」を読んでいなくても特に問題はないかと思います。

桜庭一樹「製鉄天使」



 

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この記事へのコメント
こんばんは。
今日は気持ち悪いほどの暖かさでしたね。
お言葉に甘えて、また寄らせていただきました(笑)。

この作品が『赤朽葉家の伝説』のサイドストーリーと言われる所以は、この小豆が後に漫画家となって大成(?)する長女だからですよ。先日私が劇画っぽいと言ったのは、この作品のことで、『青年の読書クラブ』はまた雰囲気が違いましたね。申し訳ありません。
『製鉄天使』というタイトルだけのことはあって、鉄製の武器が小豆の意のままに動くというような描写は、やや現実離れですよね(笑)。スミレの最期は哀れでしたが、かなり強かな女性として描かれていましたね。小豆の方が分かりやすいです(笑)。

通りすがりさんの評価は、『私の男』>『赤朽葉家〜』でしたよね。私とは真逆ですので、恐らく『赤朽葉家〜』の記憶が薄いのも頷けます(笑)。

作家の中でも無類の本好きに挙げられる桜庭一樹ですので、これからもおもしろい作品をバンバンお願いしたいですね。

話は変わりますが、『さよならドビッシー』は、なかなか良かったですよ。クラシック音楽の話題は、曲名を言われてもピンときませんが、それでも内容に惹きつけられて一気に読みました。読み終えて、ホーッという感じでした! お分かりでしょうか?

では、この辺で。日々気温が激変しています。お元気でお過ごしくださいね。『1Q84』のBOOK3は予約が必要でしょうか。前回みたいですと、ちょっと残念ですので…(泣)。
Posted by ドラ at 2010年03月17日 00:15
こんばんわです。
昼間は暑いぐらいでしたけど、夜バイト先から帰る時はやっぱり寒かったですね。

「赤朽葉〜」をホントに覚えてないんですけど、「赤朽葉〜」って、主人公の家が赤朽葉家なんじゃなかったでしたっけ?でも、「製鉄天使」では、主人公の苗字が赤緑豆とかいうとんでもない名前じゃないですか?それでイマイチよく分からなくなったんですよね。
僕はストーリーが現実離れだというような点についてはいくらでも許容できるんだけど、なんだか全体的にあんまりだったなという感じでした。僕は、実際接するとしたら、スミレの方を面白がるかもしれません。めんどくさそうですけど、小豆は単純すぎて個人的な付き合いをするには面白くなさそうです。

そうですね。僕は「私の男」の方が断然よかったですからね。まあ確かに、「私の男」は完全に女性向けではなかったと思いますけど。「赤朽葉〜」は、忘却の彼方ですね。

桜庭一樹はホントなんでも書ける作家だと思うんで、それまでの自分の作風とかを無視して好きなように書いて欲しいですね。もちろん自分的にあんまりという作品も出てくるでしょうけど、やっぱり書ける人はいろいろ書かないともったいないですね。

「さよならドビッシー」は、見つけたら読んでみますね。やっぱり面白い作品でしたか。一気読みでホーッっていうのは、なんとなく分かるような気がしますよ。最近はなかなかいい新人が出てきます。「叫びと祈り」はオススメですよ。新人とは思えない出来です。

「1Q84」の3巻は、初版50万部だそうだし、さすがに前ほどの狂乱にはならないだろうから、個人的には大丈夫だとは思うんですけど、ただ前回、数日で在庫がなくなることを予想出来た書店員は恐らくいないと思うんで、もしかしたらもしかするかもです。不安だったら予約しておくのが正解かと思います。
Posted by 通りすがり at 2010年03月17日 02:42