ある時お母さんに離婚をするつもりだと打ち明けられた時、志保は嬉しくて仕方がなかった。もちろん、父親と離れることが出来るというのも嬉しかった。二度と関わりたくないし、今でも連絡先は知らない。
しかしそれ以上に嬉しかったのは、お母さんを独り占めすることが出来る、ということだっただろうと思う。
志保は、お母さんが父親のことで泣いているのを見るのも、父親のことでため息をついているのを見るもの嫌だった。お母さんの世界の中に、いつまでも父親の存在がこびりついて離れていかないことが厭で仕方がなかった。お母さんが、志保のために泣き、志保のためにため息をついてくれるのならどれだけいいだろう、とずっと思っていた。
「失踪シャベル 8-2」
内容に入ろうと思います。
本書は、僕と同い年の著者のデビュー作です。
城坂論語は3年前、祖父の屋敷でくつろいでいる時、一人の女性と邂逅した。それはまさに邂逅というべき出会いであり、丁々発止のやり取りを楽しんだ後、忽然と姿を消してしまった。
そしてその同じ日、祖父は亡くなった。自然死として処理されたが、ペースメーカーの誤作動を誘発したのでは、という疑念は払拭されることはなかった。
そして三年後。論語は祖父殺しの嫌疑を掛けられて、京都に古くから伝わるという私的裁判「双龍会」にかけられることになった。弁護士・検事・裁判官に相当する立ち回りを用意し、明確な証拠や証言ではなく、いかに群衆を納得させることが出来るかによって勝敗を決する双龍会に、論語側の弁護士役という立場で初参戦することになった者二人…。
というような話です。
いやはや!もう今年何度このセリフを書いたことかわかりませんけど、今年僕が読んだ新人(しかもデビュー作!)のレベルの高いこと高いこと!本書も、新人のデビュー作にはあるまじき完成度の高さで、傑作と言ってしまっていいでしょう。僕も結構ミステリを読んできている方だと思いますけど、これほど論理の応酬が見事な作品はそうは思いつきません。
本書の内容については、上記に書いた以上はちょっと触れられないんです。もうあらゆるところに罠が仕掛けてあって、何を書いてもネタバレになりそうだし、しかも内容紹介的にアンフェアになりそうなので。それぐらい、伏線が緻密に、しかもありとあらゆる場所に仕掛けられています。
本書は、大きく前後半に分かれていて、前半は論語がルージュと名乗る女に出会った話、そして後半が私的裁判「双龍会」の話です。
前半のルージュとの出会いの場面はとにかく素晴らしいです。この前半だけを短編として見たとしても、そのレベルの高さは異常だなと思います。一幕物の舞台のようで、登場人物はたった二人、その二人が丁々発止のやり取りを繰り広げながら、お互いにアドバンテージを得ようとしている、というだけの話なんですけど、論理の応酬が凄すぎる。この前半の話だけでも、状況が二転三転するんですね。
しかも後半では、そのルージュとの出会いと祖父の死について裁判が行われるわけなんですけど、ここでももうどんだけひっくり返るんだよ!というくらいあらゆる事実がひっくり返ります。もうどんでん返しの連続で、よくもあれだけ地味な事件にここまでの展開を用意できるなと思うんです。
そう、祖父の死自体は特別なことはまるでないんです。ペースメーカーの誤作動を誘発するために携帯電話を使ったのではないか、というだけの話で、密室が出てくるわけでもなし、暗号やら死体消失やらそういう本格ミステリっぽい状況が出てくるわけでもないんです。確かに、容疑者と目されている論語が、存在したかどうか他人に証明することが出来ないルージュという女性と一緒にいたのだと主張することで、アリバイ崩しみたいな話にはなりますけど、ただそれにしたって普通の本格ミステリで出てくるようなアリバイの扱われ方ではありません。
そんな、特別目を惹くような点のまるでない、そもそも殺人なのかどうかも明確ではない事件をベースにして、あれだけのやり取りを生み出せるんですから、これはもう驚愕としか言いようがないでしょう。双龍会はまさにディベートという感じで、いかに聴衆を(もちろん本来は裁判官をだけど)納得させられるかが重要で、バレなければ証拠の捏造も悪どい手もなんでもあり(しかし不正がバレた時点で即退場)。そんな普通の裁判とはまるで違う論理で行われるやり取りは、次第に奇襲の応酬という感じになっていって、とにかくハラハラさせます。論語側はとにかく端っから不利で、しかしなんとかなりそうだという手応えを持って双龍会に臨むんですね。しかしそれが完全に玉砕して、もうこの状況からでは回復は不可能だろう、という窮地に陥るんだけど、もの凄い粘りを見せるんですね。双龍会も最後の方になると、双龍会のこれまでの歴史にはありえなかった自体がどんどんと繰り広げられていって、とにかく異常事態に陥ります。それでも、最終的にとんでもなく広がった大風呂敷をなんとか(というか読んでる側からすれば華麗にですけど)畳み込んで、事態を収集します。そのほとんどが、論理により応酬によって行われるわけで、素晴らしいなんてもんじゃありません。
ホント何を書いてもネタバレになりそうなんで内容については具体的に触れられないのが残念で、とにかくアホみたいにすげー!とか言ってるしかないんですけど、ホントこれは凄いです。会話のやり取りが西尾維新的ですけど、西尾維新以上に論理性があって、ハラハラさせます。キャラクターも素晴らしくて、特に龍樹落花なんか最高ですね。ストーリー・構成・キャラクター、すべて申し分ないです。これがまさか新人のデビュー作だとは。一級の本格ミステリ作家と一級のライトノベル作家が共作したかのような絶妙な作品です。この作家、次の作品も是非読みたいです。こんな凄まじいデビュー作を引っさげてデビューしたんだから、これからもバリバリ超絶的な作品を出して行って欲しいと思います。是非読んでみてください!本格ミステリとかあんまり好きじゃなくても全然楽しめる作品だと思います。期待していいですよ!期待以上の作品になると思います!
追記)amazonの評価で星1つって人がいる…。うーむ、ダメな人にはダメなのか…。
円居挽「丸太町ルヴォワール」