短編は、いかに書かないか、が重要なのだろう、ということです、つまり。短い構成の中に、いかに詰め込むかという発想ではない。詰めて詰めて短くするのではなく、いつの間にか短くできている。詰め込むために書かない、という作られ方をしていないのだろう、と思います。書かないから短くなる、という、言葉にすれば自明のことが表現として形になったものが短編だろう。
まあ、だからどうということはありません。ただ、長編作家の書く短編は概ね、やろうと思えば長編でもできることを短くして短編で書いているんだな、と思うものが多いのに対して、森博嗣の短編は長編とは明らかに何かが違う、と思うわけです。
森博嗣の短編はなかなか奥が深いと思います。容易ではない。本当に書かれていないから、自分がどの方向にベクトルを伸ばすかで、物語が変わる、といっても大げさではないかもしれないです。
全てがいい、とはさすがに言えないけれども、長編とは違った、森博嗣らしさとでもいうものが凝縮した作品が8編。それぞれを紹介しようと思います。
「どちらかが魔女(Which is Witch)」
特に理由もなく、突然開かれる西之園萌絵によるパーティに、いつもの面々が集結。睦子・犀川・喜多と、大御坊とその友人木原というメンバー。いつもと違うのは大御坊。超絶的に普通の格好で普通の話し方をする彼に周囲は多少困惑。
大御坊と木原が、学生時代に経験した話をし始める。ともに、誰かから付け回されていたという。怪しげな予言をする占い師や空間を飛翔する女の子の話を聞かされ、何が問題なのかわからないまま回答するように求められ、萌絵は困惑するが…諏訪野が謎を解いてしまう、というミステリィもあるお話。
話自体はそこまで大したことはないけど、大御坊のサイドストーリーだと思えば面白く読めると思う。
僕としては、犀川の出した「何故キリストの絵の胸に本物の釘が刺さっていたか」という答えを是非知りたいのだけれど…森博嗣は、意図的に問題を出しっぱなしにすることがよくあるから、うーん、それは少し困る。
「双頭の鷲の旗の下に(Unter dem Doppeladler)」
犀川と喜多の出身中学で、学園祭と平行してある建築関係の講演会が行われるということで、犀川・喜多、そして萌絵・国枝がやってくる、という始まり。
時は少し遡り、学園祭前日。窓ガラスに、銃を乱射したような丸い穴がいくつも空いているのが発見される。いったい誰が何のために…
その謎を、少しだけ犀川が解説する、という話。
これも、話自体はそうでもないけど、ある人物のサイドストーリーとして楽しめると思います。
それにしても、SとHとFって…。SとHはあれなのかと思ったけど、でもそうだとするとFって…?まあ違うのかもしれないし、その辺はかなり曖昧だけど…
「ぶるぶる人形にうってつけの夜(The Perfect Night for Shaking Doll)」
N大である噂が進行中。夜構内で、「ぶるぶる人形(実は名前は統一されていなくて、この他にも数多くあるのだが)」と呼ばれる人形が目撃されているのだという。レポート用紙を人の形にちぎったもので、手足を動かしてダンスする。しかし、近づくと燃えてしまう、とそういう噂である。
小鳥遊は、乗り気ではなかったが、フランソワと名乗る女性(後に西之園と名乗るが)に説明会に誘われ、香具山との約束もあって成り行きで「ぶるぶる人形追跡する会」に参加することになったのだが…
ストーリー自体は、なんのこっちゃって話ですね。ぶるぶる人形がどうしたんだ、という感じですが、まあ西之園と小鳥遊ですからね…まあ、そう、ここには書きませんけど…
「ゲームの国−名探偵・磯莉卑呂矛の事件簿1−(The Country of Game)」
探偵磯莉卑呂矛とその助手メテ・クレモナが、ある島に呼ばれた。何でも、以前に大量殺人を犯し、死刑になった男が謎の言葉を残していて、その娘が失踪している、という話を聞かされるものの、何をすればいいのかはよくわからない。
島には、奇妙な名前を持つ奇妙な住民が数多くおり、探偵は言葉遊びをしながら島での生活を送る。
そんな中、密室殺人が起こる。入ったはずの部屋とは別の部屋で見つかった死体の謎に、探偵の導き出した答えとは…
これは、無茶苦茶ですね。でも、まあ森博嗣だから全然許しますけどね。完全に、遊んで書いたんでしょう。
「私の崖はこの夏のアウトライン(My Cliff is the Outline against this Summer)」
ある崖っぷちにいる男。階段があり、そこを降りていくと、少し広い岩の上に男がいる。自殺志願者かとも思ったが、どうもそうでもなさそうだ。
その男は、身の上をを話し始めた。仲のよかった女の先生がここから心中自殺を図った話だ。心中のはずが、男の方は生き残ったのだという。今も生きていて、半身不随の車椅子の生活。片目を失明したという。
死にたかっただろうに…。誰かの目が見る後悔の世界。
かなり説明が難しい話だけど、結構好きです。情景が綺麗だと思います。もちろん、完全に理解できているとは言いがたいけど。
「卒業文集(Graduation Anthology)」
若尾満智子先生の受け持つクラスの生徒の書いた卒業文集だけで構成されている異色作。皆若尾先生のことが大好きで、先生に対する感謝が綴られている。これ以上の説明は難しいので、読んでください。
一番好きな話です。うまく説明できないけど、なるほど、という感じです。どうなるほどなのか説明するのは難しいんだけど。いい話です。
「恋之坂ナイトグライド(Gliding through the Night at Koinosaka)」
昨日出会って明日には別れなくてはいけないカップル。最後の時をどこで過ごそうか。そういえば、誰かが恋之坂でのトリップは最高だとか言ってなかったか?ちょっといってみよう。
死んだ男の靴が、手の届かない庇の上に揃えられていた、という謎を耳にし、彼らは風の吹き抜ける恋之坂でゆったりとした浮遊を楽しむ…
正直、どんな話なのか掴めてないです。でも、よくわからないけど、嫌いではありません。自分の中で、こうなのかな?というぐらいの曖昧な理解が残っているだけだけど、それを楽しむ物語なのかもしれません。
「素敵な模型屋さん(Pretty Shop of Models and Toys)」
模型が大好きで、でもお小遣いでは段々欲しいものが買えなくなってきている少年。近くに何でも揃っている模型屋さんがなくて、彼はいつも残念に思っている。
彼は常に、理想的な模型屋さんの夢を見る。どんな工具も部品も揃っていて、天井からは模型が吊られていて、店の主人は店の奥で、客に構うことなく工作を続けている、とそんな模型屋さん。
あるとき、彼の一家は引越しをすることになった。荷物が片付いてなく近づけなかった地下の扉をあるとき開けてみるとそこには…
きっと、森博嗣自身のことが書かれているんでしょうね。少年時代に実際に見た夢か何かが発想の根底かもしれません。そんな想像ができる、という点がこの物語の面白いところだと思います。
そんな感じです。
それではいつものを。
(前略)たとえば、信号を赤か青かのどちらか一つのライトだけにする必要があれば、工学者は間違いなく青いライトを選ぶだろう。何故なら、万が一、電球が切れたときに、「停止」の意味になるからだ。逆に赤いライトを用いた場合は、危険な事態を招く。これが安全側のデザインと呼ばれるものだ。
(後略)
(前略)
「世の中、いつもいつも、すぐに答えがみつかるわけじゃないんだよ」犀川は淡々と話す。「どれだけ沢山のものを保留にしていられるかが、重要な能力の一つだ」
(後略)
「(前略)さっきも言ったように、世の中に存在する問題の大半は、問題自体がどこにあるのか、何が問題なのか、ということが明確に提示されない。それが最大の問題なんだ。(後略)」
(前略)
「先生も飲まれます?」
「今、コーヒーを頼んだばかりじゃないか」
「諏訪野がコーヒーを持ってくると思います?」
「え?」
(後略)
(前略)若い頃ほど、納得することに飢えている。何故だろう?おそらく、数々の《納得》によって自分が成長してきた余韻にまだ酔っていられたからだ。それにしても、人間の興味が、歳を取るにしたがって、さまざまな方面から撤退することの凄まじさ。まるで、死に急ぐそうな、素早さ。
(後略)
(前略)人間にだけは歴史がない。すべて、人間が作ったものなのに、人間が邪魔になる。
(後略)
(前略)
最近、スター・トレックのビデオを、同じ講座の友人から借りて見たばかりだった。そこに登場するデータという名のアンドロイドが、国枝桃子助手のイメージに恐ろしくぴったりなのである。(後略)
(前略)「でも、形以外に、見えるものは、この世にないのよ」
(後略)
(前略)
「笛が鳴る手、ベニス」
(中略)
「目は形見つつ…、死体セット」
(中略)
「わしゃ食うが座らない」
(中略)
「切って苦、死して邪気」
(中略)
「胃・うどん・財布」
(後略)
(前略)
つまり、理由なんてものは、あとから近い言葉を適当に見つけて、それと交換した代用品なのだ。本ものとはずいぶん違う。(後略)
(前略)単純なものは、最初から大きい。複雑さを捨てて大きくなったのだ。
(後略)
(前略)
「事実かどうかが問題なのではありません。僕は、それを信じている。それがすべてです」
(後略)
森博嗣「今夜はパラシュート博物館へ」
今夜はパラシュート博物館へ講談社ノベルス
今夜はパラシュート博物館へ講談社文庫