2005年04月19日

少年たちの密室(古処誠二)<再読>

「学校」という世界がある。生きていれば、大抵の場合通過しなくてはならない世界である。産道のようなものかもしれない。産まれ出るのに産道を通らなくてはいけないように、大人になるのに、あるいは、生きていくのに、「学校」という産道を通過しなくてはいけないのかもしれない。
理不尽な世界だ。そこには、社会の縮図がある。そこは、経済活動も政治活動も行われることはないのに、れっきとした力関係が存在する。その温床がある、と言っていい。もちろん、全ての「学校」がそうだ、というわけではないが。
もはや、指し示す幅が広がった感のある「いじめ」という言葉。既に、「暴力」「恐喝」、と表現してもいいものでさえ、それが未成年によるものだから、あるいは、「学校」という社会で起こったものだから、というだけの理由で、「いじめ」と呼ばれることになる。
親を選ぶことができないように、学校の環境も、自ら選ぶことができない。変えたい、という意思は、教育制度の腐敗という、国全体の問題の前に、虚しく消えていく。
教育という言葉の意味を勘違いし、学校に全てを押し付け、問題があると学校の責任を追及しようとばかりする親。指導力を疑われまいと、保身に努める教師。「学校」という檻の中で全てをうやむやにしたい、と考え、建前や正論で取り繕うとする学校。そして、その全てを利用し、「学校」という社会を力ずくで配下に置こうとする一部の生徒。
教育現場での様々な問題がニュースで流れ、その度に騒がしいマスコミも、一旦熱が引けば撤退は早い。その熱しやすく冷めやすい性質に、そして、重い腰を未だに上げようとしない国の怠慢に、教育現場は救われているのだろう。
風穴は絶えず開く。開く度に、その穴を塞ごうと努力してきたお陰で、穴を塞ぐ技術は洗練された。しかし、何故穴が開いたのか、その原因を取り除こうという動きは、その歩みを遅くしたとしか思えない。
前置きが大分長くなったけれども、本作の紹介をしようと思います。
宮下という友達が、自殺名所で死体で見つかった。城戸という、学校の悪いグループのトップとのいざこざが噂され、自殺と主張する声もあったが、事故という方向で捜査は進む。学校側の保身の表れである。
その宮下の葬儀に参列することになったクラスのメンバー。当初、親しい人間だけで行こうと考えていた相良だったが、担任教師の塩澤が割り込み、クラス全員での参加となった。
塩澤は、宮下と仲の良かった相良・早名・香椎、宮下と仲の悪かった城戸・小谷、そして大塚というクラスメートを自分の運転する車に乗せ、宮下家に向かうことになった。
最後の同乗者、城戸のマンションへ車は向かう。地下駐車場に車を入れ、相良と小谷のいざこざなどに時間を取られている中、突如信じられない激しい揺れを感じる。
東海大地震。その果てしないエネルギーの前になすすべなく、気がついたら彼らは、
マンションの地下駐車場に閉じ込められていた。
車の車内ライトを消せば辺りは真っ暗。水は、塩澤が飲んでいたペットボトル入りのもの一本。天井は上からの重みでたわんだようになり、柱はぐにゃりと曲がっている。そんな環境の中、やはりというべきか、城戸の側と相良の側で対立が起こる。
そんな極限状況の中、城戸の死体が発見される。塩澤は、余震による瓦礫の崩落の事故だ、と主張したが、他の誰もが、誰かに殺されたのだと思っている。しかし、そうなると疑問が。犯人は一体何故、この真っ暗闇の中、一撃で城戸を殺害することができたのだろうか?
立場的に孤立した小谷が発狂し、車に立てこもる。塩澤は、あの暗闇の中殺人は不可能だ、と皆を納得させ、小谷を落ち着かせようとするもまったく効果がない。
そしてさらに…
物語は、とても悲しい。いじめ、という、こう言ってはなんだけどありきたりの題材を、地震による極限状況での殺人、と結びつけた構成は見事で、その場での彼らのやり取りや思考が、とても緊張感がある。
真相は、いつだって誰かのためになるようなものではない。暴く側も暴かれる側も、時になんのために自分が真相を知りたいのか、見失うこともあるだろう。結局暴かれることになる真相は、やはり誰にとっても悲しい、理不尽なものだった。
本作が、現実離れしているとは言いがたいと僕は思う。特異な設定を抜きにすれば、これぐらいのことは、今の現場では日常的に起きてしまっているのではないだろうか。誰もが見ない振りをし、ただ無事に通り過ごすことだけを考え、その積み重ねの中に悪事が隠される。その理不尽さは、教育現場というそのものの理不尽さに紛れ、誰にも本質は見えなくなっていく。そう、本作のように、深い視点をもったジャーナリストが現われでもしない限り。
僕は幸いにも、いじめられたり、いじめを強要されたり、そういった過去はない。ありえたかもしれない本作のような世界と比べたら、格段にいい環境だったといえるだろう。
でもこれは、僕が努力した結果では決して無い。たまたまいじめの無い学校に入学し、たまたまそういう悪い人間がおらず、たまたまそれなりにいい教師にめぐり合った。そういう、偶然の連続の先にしかこの結果はない。ふとした不幸から僕がそうなっていた可能性は、全然否定できない。
今も、昔に比べてさらに格段にひどくなった、もはや「いじめ」という言葉の領域を越えた行為が、「学校」という監獄の中で繰り広げられていることだろうと思う。日常的にそれを思うことは無いけれども、こういう作品を読むと、その時ぐらいは頭によぎる。
この作品は、大部分が地下駐車場ないでの出来事が描かれています。しかし、テーマ的には、教育現場の理不尽さが描かれていると思います。本当にいい作品だと思います。是非読んでみてください。

古処誠二「少年たちの密室」


少年たちの密室ノベルス

少年たちの密室講談社ノベルス

 

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