2010年08月22日

小暮写眞館(宮部みゆき)

志保は銀行のキャッシュカードだけは保管しておくことにし、キャッシュカードやポイントカードの類はすべて折ってからゴミ用のゴミ袋に入れた。万札も抜き取ると、牛皮の財布もゴミ用のゴミ袋に突っ込んだ。
 一杯になったゴミ袋をとりあえずリビングへと運んだ。物がなくなった部屋はがらんとして、一層寒々しくなった。志保は掃除機を掛け、固く絞ったぞうきんでタンスや机や窓を拭いた。とりあえずそれで、部屋は大体綺麗になった。部屋の印象はお母さんのイメージと結びついていて、乱雑だった部屋のイメージがそのままお母さんのイメージに重なっていた。こうやって部屋が綺麗になったからといって、志保の中のお母さんのイメージがすぐに更新されるはずもなかったけれど、優しかったお母さんのイメージが少しだけ強くなったような気がして、掃除をしてよかったと志保は思った。
 リビングに運んだゴミ袋のうち、バッグなどを放り込んだものをお母さんの部屋に持って行き、ゴミ袋に入ったまま部屋の片隅に置いた。どうしてもお金に困ったりした時には、売れば少しはお金になるだろうか、と考えた。それよりも、キャッシュカードの暗証番号を知りたい、と思った。

「失踪シャベル 19-10」

内容に入ろうと思います。
本書は、宮部みゆきの最新作で、講談社の書き下ろし100冊の1冊として発売されたものです。
舞台は郊外の寂れた商店街にある<小暮写眞館>。ここに花菱一家が引越してくるところから物語が始まります。
主人公の花菱英一は高校生で、ちょっと変わった親を持ったばっかりにヘンテコな家に住むことになってしまった。<古家あり>と表記された物件で、不動産会社としても上物を壊して新たに家を建てるだろう、つまり土地のみの物件として考えていたのだけど、両親は元写真館というその建物を面白がって、そのまま住むことに決めてしまったのだ。
英一の同級生のテンコが面白がって遊びに来たり、弟のピカが作品を飾ったりと、そんなこんなで徐々にその変な生活に慣れた頃、英一は変わった写真を手に入れることになってしまった。
それは、ある女子高生から手渡されたものだった。
その女子高生は無愛想で、ほとんど喋る間もなく立ち去って言ったのだけど、<小暮写眞館>の看板を掛けたまま人が住み始めたから、写真館を再開したのだと思ったのだという。あなたのところで撮った写真なんだから、と無理矢理おしつけられたそれは、俗に言う心霊写真というやつだった。
英一はなんだか気になってその心霊写真について調べることになってしまう。するとしばらくして英一は、心霊写真バスターだという噂が広がり始め…。
というような話です。
なかなか良い作品でした。というか宮部みゆきはやっぱりうまいですね。宮部みゆきのファンタジーものとかは正直あんまり相性よくないんだけど、現代モノの作品はやっぱりうまいな、と。僕にとっては、感動するとか染み入るという程の作品ではないのだけど、宮部みゆきの技術力の高さに感心すると言った感じです。ホント巧いと思います。
正直読み始めは、ちょっと微妙かな、と思ったんです。それは、心霊写真の調査というのが物語の本筋だと思ったからです。
正直、心霊写真の調査のくだりは、ちょっと微妙かなと思うんです。最大の理由は、心霊写真というのが、<謎>としては実に曖昧な存在だから、と言えるでしょうか。本書を心霊写真の調査がメインのミステリだと捉えた時(実際は違いますが、読み始めはそう思ったということです)、<謎>の核心部分が心霊写真なんですね。これは、どうとでも解釈しようがあるし、どうとでも話を展開させられるし、そういう意味でミステリとして扱うには微妙だなと感じたんですね。心霊写真についてあーだこーだやってるウチは、やっぱり物語の落ち着き先もちょっと安定性に欠けていた気がしますし。そういう意味で、前半はあんまり乗り切れなかったというのが正直なところです。
でも読み進めていくと、次第にこの作品が、心霊写真について調査するミステリというのがメインではないのだな、と分かってくるんですね。そうなってからの物語の転がし方は、さすがベテランという感じでした。
これは、花菱一家を中心とした家族の物語だったんです。心霊写真云々というのは、花菱英一の周囲にいる人間をさりげなく紹介し、かつ後半に関わる人々との出会いの場を演出するための導入部分なわけで、それは決して本筋ではなかったんですね。
家族の物語がメインになり始めてからは、スイスイ読み進めていくことになりました。家族の物語とは言っても、決して花菱家だけの話ってわけでもないんですね。特に、英一とある女性との関わりについてはかなり大きな展開を迎えるし、英一の友人らとの関係性もかなり重要になってくるんですけど、それでも物語の核になってくるのは、花菱家の問題なんです。これがまた、複雑ではないんだけど厄介でという感じで、誰もが蓋をして閉じ込めておいたものが、<小暮写眞館>に引っ越したことや、あるいは皆が成長していったことなんかによって徐々に蓋が外れていきます。その蓋の外れ方の描き方も巧いし、そうなってからの花菱家の変化もなるほど、という感じでした。
それになによりも、キャラクターを描くのが実に巧いんですね。本書には、魅力的なキャラクターがたくさん出てきます。主人公の英一はほどほどに常識人として描かれますけど、弟のピカは誰にでも取りいって仲良くなってしまう常勝将軍。同級生のテンコは何をやらせても万能で女子からもモテてファッションが奇抜。コゲパンは地黒なのをからかわれてはいるものの、カラッとした性格のだけど時々情熱や怒りがほとばしる女の子。英一の両親は二人共感性がズレているというかなんというか、とにかく一般的な常識の当てはまらない親だし、それはテンコの親にも当てはまる。テンコの父親は広い庭に寝袋で野宿するのが趣味なのだ。不動産屋の社長はのらりくらりしつつも芯はしっかりしてるし、不動産屋の事務員をしている垣本は無愛想で口の悪い何だか陰険な女。他にも、チラッと出てくるキャラクターも含めれば、一癖も二癖もあるのに何だか惹かれてしまうようなキャラクターがたくさん出てきます。ストーリーがどうこうというより、彼らの普段の日常を追っているだけでも充分楽しめてしまう作品だなと思います。
特に僕は、英一の弟であるピカが素晴らしいと思いますね。大人びている自分と子どもの自分を自在に使い分け、それでいてズルいわけでもなくて誠実で、まだ子どもなのに子どものままではいられない自分にいろいろ悩んだりとかして、そういうところが全体的に素晴らしいなと思いました。
というわけで、内容にはあまり触れませんでしたけど、結構面白い作品だと思います。もちろん、宮部みゆきの傑作群(と世間で評価されている作品。僕は正直、宮部みゆきの傑作群との相性は悪いんだけど)と比べれば小粒かもしれないけど、なんだかじわりと暖かいものを感じさせてくれる良い物語だと思います。長い物語ですが、結構スイスイ読めるのではないかなと思います。是非読んでみてください。

宮部みゆき「小暮写眞館」




 

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「バッカみたい」  まずは来訪記念にどうかひとつ!  人気blogランキング【あらすじ】花ちゃんこと英一の両親、花菱夫妻が、結婚20周年を機にマイホームを購入した。でもそれは普通の家ではなくて・・・小..
【小暮写眞館】 宮部みゆき 著【じゅずじの旦那】 at 2010年10月05日 10:42
この記事へのコメント
こんばんは。、またまたご無沙汰しました(笑)。

今日、やっとこの本を読み終えました。通りすがりさんがお読みになったのは8月でしたか。もう内容も薄れてしまったかも知れませんね。

私も彼女の作品とは相性が良くない気がしていましたが、この作品は凄いですね。今までに読んだ宮部作品で最高でした! 家族を亡くすという物語は重松さんの『きみ去りしのち』が秀逸と思っていましたが、この宮部作品ではそれだけに留まらず、色々な枝葉の部分も読み応え充分でした。伏水流のように風子のことがあり、その上に花菱家の面々の生活が成立している構成でしたね。

キャラとして惹かれるのは何と言ってもピカちゃんでしょう。この小学生は素晴らしいですよね。博識という点も凄いですが、旺盛な好奇心と誰とでも仲良くなれる天性の才能もオバサン的には羨ましいです(笑)。成長したら、どんな高校生、社会人になることやら…?

英一の両親もとても好い人ですよね。お父さんは写真屋に転職するのかも…と思っていましたが、さすがにそれはなかったですね。ちょっと風変わりですが、生き方としてはまっとうです! 親戚とのトラブルにも毅然とした態度で家族を守ったのですから。英一が代理で参加した法事(四九日)はちょっと痛快でしたね。「バッカみたい」が口癖の彼女も、喪服を着ると案外美人だということが解ったりして、この場面は好かったです。

テンコ、コゲパンなど綽名も可笑しいですが、花菱家の家族の呼び名も不思議ですよね。「花ちゃん」って、どうして?と思いたくなりますよね(笑)。花菱家は全員「花ちゃん」でしょ? ピカはまぁ可愛くて好いですが。

こんな風に余り詳しくコメントすると、ネタバレなのでこの辺にしておきますが、温かい気持ちになれる作品だなぁということと、宮部みゆきという作家についての私の認識を改める良い機会になったことを付け加えます。

たちの悪い風邪が流行っています。お互いに気をつけましょうね。
Posted by ドラ at 2010年11月14日 22:11
こんにちわです。お久しぶりですよー(笑)

僕も個人的に、宮部みゆきってそこまで相性の良くない作家だったんですけど、これはホントよかったです。
「模倣犯」は凄く好きでしたけど、あれは良い話というかなかなかハードな話だったし、こういう家族を描く作品って、案外宮部みゆきの作品でも結構珍しいんじゃないかなという感じがします。

読み始めは確か、そんなに大した話じゃないな、と思っていたんです。普通のミステリだと思ってたので。でも読んでいくと、なるほどミステリの部分はおまけなんだな、と思えるようになってきました。花菱家という家族を描くことが主眼の物語なんだな、と分かってからは、凄く楽しめました。

ホントに、キャラクターが凄くいい作品でしたね。小学生のピカは、ちょっとレベル高すぎです(笑)。誰とでもなかよく出来るのは僕も羨ましいし、なんというか小学生とは思えないほど大人びているところが感心しますね。
両親も、あんまり覚えていませんけど、かなり変わった人たちだった気がします。そうか、確か実家との関係もいろいろありましたよね。
学校の友人たちもよかったですね。テンコなんかホントに、友人にいたら重宝するだろうけど嫉妬もしそうだよなぁ、という感じのキャラクターだったなぁと思います。

宮部みゆきはかなり色んな作風を持つ作家なんで、作風毎に合う合わないが結構あるでしょうね。僕も、久々に宮部みゆきの本を読んでよかったなと思いました。

友達にも、なんか咳が止まらない、みたいなのがいました。ドラさんもお気をつけくださいね!
Posted by 通りすがり at 2010年11月15日 14:20