志保は銀行のキャッシュカードだけは保管しておくことにし、キャッシュカードやポイントカードの類はすべて折ってからゴミ用のゴミ袋に入れた。万札も抜き取ると、牛皮の財布もゴミ用のゴミ袋に突っ込んだ。
一杯になったゴミ袋をとりあえずリビングへと運んだ。物がなくなった部屋はがらんとして、一層寒々しくなった。志保は掃除機を掛け、固く絞ったぞうきんでタンスや机や窓を拭いた。とりあえずそれで、部屋は大体綺麗になった。部屋の印象はお母さんのイメージと結びついていて、乱雑だった部屋のイメージがそのままお母さんのイメージに重なっていた。こうやって部屋が綺麗になったからといって、志保の中のお母さんのイメージがすぐに更新されるはずもなかったけれど、優しかったお母さんのイメージが少しだけ強くなったような気がして、掃除をしてよかったと志保は思った。
リビングに運んだゴミ袋のうち、バッグなどを放り込んだものをお母さんの部屋に持って行き、ゴミ袋に入ったまま部屋の片隅に置いた。どうしてもお金に困ったりした時には、売れば少しはお金になるだろうか、と考えた。それよりも、キャッシュカードの暗証番号を知りたい、と思った。
「失踪シャベル 19-10」
内容に入ろうと思います。
本書は、宮部みゆきの最新作で、講談社の書き下ろし100冊の1冊として発売されたものです。
舞台は郊外の寂れた商店街にある<小暮写眞館>。ここに花菱一家が引越してくるところから物語が始まります。
主人公の花菱英一は高校生で、ちょっと変わった親を持ったばっかりにヘンテコな家に住むことになってしまった。<古家あり>と表記された物件で、不動産会社としても上物を壊して新たに家を建てるだろう、つまり土地のみの物件として考えていたのだけど、両親は元写真館というその建物を面白がって、そのまま住むことに決めてしまったのだ。
英一の同級生のテンコが面白がって遊びに来たり、弟のピカが作品を飾ったりと、そんなこんなで徐々にその変な生活に慣れた頃、英一は変わった写真を手に入れることになってしまった。
それは、ある女子高生から手渡されたものだった。
その女子高生は無愛想で、ほとんど喋る間もなく立ち去って言ったのだけど、<小暮写眞館>の看板を掛けたまま人が住み始めたから、写真館を再開したのだと思ったのだという。あなたのところで撮った写真なんだから、と無理矢理おしつけられたそれは、俗に言う心霊写真というやつだった。
英一はなんだか気になってその心霊写真について調べることになってしまう。するとしばらくして英一は、心霊写真バスターだという噂が広がり始め…。
というような話です。
なかなか良い作品でした。というか宮部みゆきはやっぱりうまいですね。宮部みゆきのファンタジーものとかは正直あんまり相性よくないんだけど、現代モノの作品はやっぱりうまいな、と。僕にとっては、感動するとか染み入るという程の作品ではないのだけど、宮部みゆきの技術力の高さに感心すると言った感じです。ホント巧いと思います。
正直読み始めは、ちょっと微妙かな、と思ったんです。それは、心霊写真の調査というのが物語の本筋だと思ったからです。
正直、心霊写真の調査のくだりは、ちょっと微妙かなと思うんです。最大の理由は、心霊写真というのが、<謎>としては実に曖昧な存在だから、と言えるでしょうか。本書を心霊写真の調査がメインのミステリだと捉えた時(実際は違いますが、読み始めはそう思ったということです)、<謎>の核心部分が心霊写真なんですね。これは、どうとでも解釈しようがあるし、どうとでも話を展開させられるし、そういう意味でミステリとして扱うには微妙だなと感じたんですね。心霊写真についてあーだこーだやってるウチは、やっぱり物語の落ち着き先もちょっと安定性に欠けていた気がしますし。そういう意味で、前半はあんまり乗り切れなかったというのが正直なところです。
でも読み進めていくと、次第にこの作品が、心霊写真について調査するミステリというのがメインではないのだな、と分かってくるんですね。そうなってからの物語の転がし方は、さすがベテランという感じでした。
これは、花菱一家を中心とした家族の物語だったんです。心霊写真云々というのは、花菱英一の周囲にいる人間をさりげなく紹介し、かつ後半に関わる人々との出会いの場を演出するための導入部分なわけで、それは決して本筋ではなかったんですね。
家族の物語がメインになり始めてからは、スイスイ読み進めていくことになりました。家族の物語とは言っても、決して花菱家だけの話ってわけでもないんですね。特に、英一とある女性との関わりについてはかなり大きな展開を迎えるし、英一の友人らとの関係性もかなり重要になってくるんですけど、それでも物語の核になってくるのは、花菱家の問題なんです。これがまた、複雑ではないんだけど厄介でという感じで、誰もが蓋をして閉じ込めておいたものが、<小暮写眞館>に引っ越したことや、あるいは皆が成長していったことなんかによって徐々に蓋が外れていきます。その蓋の外れ方の描き方も巧いし、そうなってからの花菱家の変化もなるほど、という感じでした。
それになによりも、キャラクターを描くのが実に巧いんですね。本書には、魅力的なキャラクターがたくさん出てきます。主人公の英一はほどほどに常識人として描かれますけど、弟のピカは誰にでも取りいって仲良くなってしまう常勝将軍。同級生のテンコは何をやらせても万能で女子からもモテてファッションが奇抜。コゲパンは地黒なのをからかわれてはいるものの、カラッとした性格のだけど時々情熱や怒りがほとばしる女の子。英一の両親は二人共感性がズレているというかなんというか、とにかく一般的な常識の当てはまらない親だし、それはテンコの親にも当てはまる。テンコの父親は広い庭に寝袋で野宿するのが趣味なのだ。不動産屋の社長はのらりくらりしつつも芯はしっかりしてるし、不動産屋の事務員をしている垣本は無愛想で口の悪い何だか陰険な女。他にも、チラッと出てくるキャラクターも含めれば、一癖も二癖もあるのに何だか惹かれてしまうようなキャラクターがたくさん出てきます。ストーリーがどうこうというより、彼らの普段の日常を追っているだけでも充分楽しめてしまう作品だなと思います。
特に僕は、英一の弟であるピカが素晴らしいと思いますね。大人びている自分と子どもの自分を自在に使い分け、それでいてズルいわけでもなくて誠実で、まだ子どもなのに子どものままではいられない自分にいろいろ悩んだりとかして、そういうところが全体的に素晴らしいなと思いました。
というわけで、内容にはあまり触れませんでしたけど、結構面白い作品だと思います。もちろん、宮部みゆきの傑作群(と世間で評価されている作品。僕は正直、宮部みゆきの傑作群との相性は悪いんだけど)と比べれば小粒かもしれないけど、なんだかじわりと暖かいものを感じさせてくれる良い物語だと思います。長い物語ですが、結構スイスイ読めるのではないかなと思います。是非読んでみてください。
宮部みゆき「小暮写眞館」