2005年04月24日

秘密(東野圭吾)<再読>

娘を妻として見なくてはいけない、あるいは、妻を娘としてみなくてはいけない―もしそんな状況にあなたが陥ったらどうだろうか?それが想像できるだろうか?
僕は結婚しているわけでも、もちろん娘がいるわけでもないから、どうやってもリアルな想像は難しい。それでも、本作を読んで感じるのは、平介のようになってしまってもおかしくないかもしれない、というものだ。
<運命は愛する人を二度奪っていく>
帯に書かれたこの言葉が、作品全体を象徴している。平介の、そして直子の生きてきた人生を思うと、何度読んでも涙が出てくる。珍しく僕が、読んで泣く本の一冊だ。「世界の中心で愛を叫ぶ」を読んではいないけれど、それに匹敵する純愛だ、と僕は思っています。
親戚の葬式に出るために長野の実家へ帰ることになった妻直子。向こうでスキーをしたいという娘藻奈美とともに、スキーバスに乗っていった。
平介はその日、直子が作り置いてくれた夕食を食べながらニュースを見ていた。まさか自分に関係あるとは思っていなかった事故のニュースが、その後の人生を大きく変えていくことになる。
スキーバスの事故。ニュースで「杉田」という名前を聞き、慌てて長野へと向かった。
病院に着くとすぐに医者に話を聞いた。直子の方は外傷がひどい。藻奈美の方は、外傷はないが植物状態になるかもしれない。どちらも危険な状態だ…
それでも、平介の祈りが通じたのか、妻直子は亡くなったものの、娘藻奈美は奇跡的に息を吹き返した…
その後藻奈美は入院したが、どうもぼんやりとしていて声を発しもしない。精神的なショックだと思われていたが、ある日見舞いに来た平介を呼び止めた藻奈美は、驚くべきことを口にする。
あたし、藻奈美じゃないの。直子なの―
体は藻奈美のものだが、心は直子なのだという。平介は彼女のいうことを信じ、それを世間に隠したまま生きることを選択した。
奇妙な生活が始まった。直子は<藻奈美>として小学校に通う。家に帰ってからは家事をこなし、妻として平介と接する。
問題は多い。直子の話し方はおよそ小学生らしくないし、勉強もある。平介の方も、性や再婚の問題もある。それでも二人は何とか新しい生活をはじめていく。
一方で、バス会社との補償交渉も始まる。梶川という、事故を起こしたバスの運転手の責任を追及する遺族会だが、平介はあまり熱心になれない。
帰りがけ、集まりの最後に謝罪に赴いた梶川の妻と出くわし、思いがけず彼女の家まで行くことになる。そこで、梶川は異常なまでの勤務をしているのに、家にはほとんどお金を入れていないことを知る…
こうして、二人の生活と、梶川との話を軸に物語進んでいく。直子の中学・高校・そして大学までを描いていく。
それぞれの時期で、お互いの気持ちは微妙に揺れ動きすれ違っていく。直子を「妻」と見るか、「娘」と見るか。平介を「夫」と見るか、「父」と見るか。平介は、直子を妻として接し、そのために再婚なども考えないが、一方で、新しい体を手に入れ、人生をもう一度やり直すことのできる直子に嫉妬している。一方の直子の方は、藻奈美のためにも、藻奈美の分まで、自分が頑張っていい人生にしてあげたい、と考え受験など勉強にも精を出すが、平介の考えも理解できるため思い悩む。
平介はどんどんエスカレートしていき、二人の関係はどんどん壊れていく。その過程が辛い。平介の視点で読んでいるから、そして俺が男だからそうなのかもしれないけど、少しはわかる。自分がそうするかどうかは別として、そうしてしまう心理はわからないでもない。
二人は紆余曲折を経て、お互いの心を傷つけ合いながら、色んな人に出会い、ようやく一つの決断を下す。そして迎えるラスト。
僕は、最後どうなるのかわかっていても、いつもこの辺で涙が出てくる。この場面のどちらの立場に置かれても、僕はとても辛いだろうと思う。この決断が正しいのかどうか、それは誰にも判断できない。けれど僕は、もうそれしかないだろう、と納得した。
僕はこの作品に対して、二つの希望がある。一つは、直子の視点からの物語を読みたい、ということ。もう一つは、その後のストーリーを読みたいということ。東野圭吾なら、いつかやってくれるんじゃないかと思っているけど。続き物に思わせずに続編を書いてくれるんではないか、と。
本作は、全然ミステリーではない。でも、主要なミステリー系のランキング10位以内に入っているし、日本推理作家協会賞も受賞している。というか、東野圭吾は本作でしか賞を受賞していない(デビューの江戸川乱歩賞を除く)。もっと色んな賞をあげてもいい作家だと思うのだけれど、いつも候補で終わってしまうのが残念だ。
「白夜行」はどうも女性受けしないようだ、と最近わかった。「秘密」はどうだろう。ある女性に貸した時は、平介という男目線がダメだったのか、あまりいい評価ではなかった。でも、やっぱり読んでほしい作品です。広末良子主演で映画になったけど、あまりいい評判は聞かないですね。やはり、原作を是非読んでみてください。

東野圭吾「秘密」


秘密ハード

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秘密文庫

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この記事へのコメント
また、お邪魔します。この話は、ミステリという枠には収まりきれないものがありますね。妻ではなく、これからは娘として接していこうと決断したときの平介の心中は、本当に切ないものがありますね。妻と永久に決別することになるわけですので。
奇抜な発想、と思って読んでいましたが、夫として父親として平介が呻吟する姿に触れてからは、ちょっと読み方が変わりました。読み終えた後、しばし呆然です。東野さん、すばらしい!と。
Posted by dradonworld at 2006年05月23日 23:47
これはホント、ミステリじゃないですよね。東野圭吾という作家の引き出しの広さに、改めて感服した作品です。

最後の妻の意識が消えていくという部分が、本当のことなのかそれとも演技なのかというところを考えさせるのが憎いですね。もちろん、最後の最後でこうだろうという提示がされるけど、それでもちゃんとした答えが出されないというところがいいです。

入れ替わりという、割とよくありそうな設定から、よくもあそこまで素晴らしい作品を書いたな、という感じですね。でも知ってました?初めの構想ではこの作品、お笑い的な感じになる予定だったみたいですよ。
Posted by 通りすがり at 2006年05月24日 03:20