僕は結婚しているわけでも、もちろん娘がいるわけでもないから、どうやってもリアルな想像は難しい。それでも、本作を読んで感じるのは、平介のようになってしまってもおかしくないかもしれない、というものだ。
<運命は愛する人を二度奪っていく>
帯に書かれたこの言葉が、作品全体を象徴している。平介の、そして直子の生きてきた人生を思うと、何度読んでも涙が出てくる。珍しく僕が、読んで泣く本の一冊だ。「世界の中心で愛を叫ぶ」を読んではいないけれど、それに匹敵する純愛だ、と僕は思っています。
親戚の葬式に出るために長野の実家へ帰ることになった妻直子。向こうでスキーをしたいという娘藻奈美とともに、スキーバスに乗っていった。
平介はその日、直子が作り置いてくれた夕食を食べながらニュースを見ていた。まさか自分に関係あるとは思っていなかった事故のニュースが、その後の人生を大きく変えていくことになる。
スキーバスの事故。ニュースで「杉田」という名前を聞き、慌てて長野へと向かった。
病院に着くとすぐに医者に話を聞いた。直子の方は外傷がひどい。藻奈美の方は、外傷はないが植物状態になるかもしれない。どちらも危険な状態だ…
それでも、平介の祈りが通じたのか、妻直子は亡くなったものの、娘藻奈美は奇跡的に息を吹き返した…
その後藻奈美は入院したが、どうもぼんやりとしていて声を発しもしない。精神的なショックだと思われていたが、ある日見舞いに来た平介を呼び止めた藻奈美は、驚くべきことを口にする。
あたし、藻奈美じゃないの。直子なの―
体は藻奈美のものだが、心は直子なのだという。平介は彼女のいうことを信じ、それを世間に隠したまま生きることを選択した。
奇妙な生活が始まった。直子は<藻奈美>として小学校に通う。家に帰ってからは家事をこなし、妻として平介と接する。
問題は多い。直子の話し方はおよそ小学生らしくないし、勉強もある。平介の方も、性や再婚の問題もある。それでも二人は何とか新しい生活をはじめていく。
一方で、バス会社との補償交渉も始まる。梶川という、事故を起こしたバスの運転手の責任を追及する遺族会だが、平介はあまり熱心になれない。
帰りがけ、集まりの最後に謝罪に赴いた梶川の妻と出くわし、思いがけず彼女の家まで行くことになる。そこで、梶川は異常なまでの勤務をしているのに、家にはほとんどお金を入れていないことを知る…
こうして、二人の生活と、梶川との話を軸に物語進んでいく。直子の中学・高校・そして大学までを描いていく。
それぞれの時期で、お互いの気持ちは微妙に揺れ動きすれ違っていく。直子を「妻」と見るか、「娘」と見るか。平介を「夫」と見るか、「父」と見るか。平介は、直子を妻として接し、そのために再婚なども考えないが、一方で、新しい体を手に入れ、人生をもう一度やり直すことのできる直子に嫉妬している。一方の直子の方は、藻奈美のためにも、藻奈美の分まで、自分が頑張っていい人生にしてあげたい、と考え受験など勉強にも精を出すが、平介の考えも理解できるため思い悩む。
平介はどんどんエスカレートしていき、二人の関係はどんどん壊れていく。その過程が辛い。平介の視点で読んでいるから、そして俺が男だからそうなのかもしれないけど、少しはわかる。自分がそうするかどうかは別として、そうしてしまう心理はわからないでもない。
二人は紆余曲折を経て、お互いの心を傷つけ合いながら、色んな人に出会い、ようやく一つの決断を下す。そして迎えるラスト。
僕は、最後どうなるのかわかっていても、いつもこの辺で涙が出てくる。この場面のどちらの立場に置かれても、僕はとても辛いだろうと思う。この決断が正しいのかどうか、それは誰にも判断できない。けれど僕は、もうそれしかないだろう、と納得した。
僕はこの作品に対して、二つの希望がある。一つは、直子の視点からの物語を読みたい、ということ。もう一つは、その後のストーリーを読みたいということ。東野圭吾なら、いつかやってくれるんじゃないかと思っているけど。続き物に思わせずに続編を書いてくれるんではないか、と。
本作は、全然ミステリーではない。でも、主要なミステリー系のランキング10位以内に入っているし、日本推理作家協会賞も受賞している。というか、東野圭吾は本作でしか賞を受賞していない(デビューの江戸川乱歩賞を除く)。もっと色んな賞をあげてもいい作家だと思うのだけれど、いつも候補で終わってしまうのが残念だ。
「白夜行」はどうも女性受けしないようだ、と最近わかった。「秘密」はどうだろう。ある女性に貸した時は、平介という男目線がダメだったのか、あまりいい評価ではなかった。でも、やっぱり読んでほしい作品です。広末良子主演で映画になったけど、あまりいい評判は聞かないですね。やはり、原作を是非読んでみてください。
東野圭吾「秘密」
秘密ハード
秘密文庫