さて、知っている人は知っている<戯言シリーズ>第三弾。語り部である<ぼく>(未だ本名は明かされず。本人は、「人生で本名を人前で一度しか言ったことがないのが自慢だ」と述べている)が、戯言遣いとして、事件に巻き込まれ戯言を並べ述べる、という物語。
いつもは物語の最後に現れる、人類最強の請負人哀川潤。金の釣合いさえ取れればどんな以来でも引き受ける、真っ赤に染まった超大の美人。何をやらせても一級。できないことや不可能や矛盾や理屈を全て力でねじ伏せ、隣に立った人間を、殺してからどんな人間だったか判断するような世界に生きながら、無条件で身内を信じる超絶の人格。その赤い請負人が、京都の安アパートに住む<ぼく>の元を訪れるところから始まる。
いつもならありえない笑みを浮かべながら、理由もなくスタンガンを当てられ、自由もなく車に乗せられる。
<ぼく>が気づいた時には高速の上で、記憶の混乱に付け込んで(まあそんな必要は請負人にはないんだけど)、彼に頼みごとをする。曰く、京都の郊外にある、超をいくつつけても付けたりないお嬢様学校に乗り込んで、ある人物を連れ出してほしい、とのこと。戯言遣いでありながら言葉巧みに騙された<ぼく>は、後で<首吊高校>と呼ばれていることを知るその高校に侵入し、連れ出すべき人物紫木一姫との待ち合わせ場所へ向かうが…
そこからは、もはやめくるめく、目も眩むような、めざましいスピードで、物語が展開し反転していく。
何故か校内で追われている紫木一姫こと姫ちゃん。唐突に起こる密室殺人。次々に現れる、超一級の飛び抜け突き抜けた人格。繰り出される戯言。意味のない論理や理論。そうした、<ぼく>と赤い請負人と姫ちゃんを取り巻く、異常で異端で異界の「首吊高校」での、慌しくもとめどない時間の物語。
西尾維新の物語の本質がどこにあるか、はちょっと難しい。出てくる超絶の人格なのか、浮遊する数々の戯言なのか、あるいは物語の筋なのか。もちろんその全てなのだろうが、どれと言われると難しい。僕としては、あまりに後ろ向きで悲観的、逃げるために逃避し、無個性という個性を身に纏った語り部である<ぼく>のキャラクターが好きで、というか、似ているような気がして、少し吸い込まれそうで、魅惑的で魅力的で、そうした部分が好きなんだと思っているけど。
でも、文体の特徴はわかる。言葉の重ね合わせだ。ラップのように。その文体がビートを刻み、スリルを生み出し、テンポを紡いでいるのだろう。僕もこの感想でその文体を真似ようと努力しては見たけど、やっぱり難しい。
美麗で秀麗な論理的な文章の森博嗣や、圧倒的で暴力的な文章の舞城王太郎のように、陽気で明るい文章の伊坂幸太郎のように、文章を読めば作家を指摘できる文章だ。そして、僕はこの文章が嫌いではないし、というかとても好きだ。
今回も全二作同様見事に壊れ切っていて、最高です。こんな世界は嫌だけど、完全に否定してしまうのももったいない気がします。
でも、いくつか不満もあって、まずやっぱり表紙。僕はあまり気にならないけど、人前で読むにはなかなか勇気がいる人もいるんじゃないかな。ライトノベルではない、と僕は信じているけども…
あとは、人物紹介。抜き出して書いて見るけど、
哀川潤(あいかわ・じゅん)―請負人
紫木一姫(ゆかりき・いちひめ)―依頼人
ぼく(語り部)―主人公
市井遊馬(しせい・ゆま)―<ジグザグ>
萩原子荻(はぎわら・しおぎ)―<策師>
西条玉藻(さいじょう・たまも)―<闇突>
檻神ノア(おりがみ・のあ)―理事長
これほどに何の情報もない人物紹介表も珍しいと思います。まあそれはそれで作品の魅力ですけど。
表紙にめげず、否定や逃避もすることなく、是非とも読んでみてください。
西尾維新「クビツリハイスクール」
クビツリハイスクールノベルス