内容に入ろうと思います。
市子の元には、色んな人が集まってくる。
その日美月がやってきた時、市子は美月を家に上げたくはなかった。部屋には、旭がいたからだ。別に、付き合っているわけではない。ゲイの三宅ちゃんに頼まれて、ストーカー被害に遭っている旭を一時的に匿っているのだ。
しかし、旭が昔まりと付き合っていた、という事実が厄介なのだ。まりに、旭が今市子のところにいることを知られるのは、あまりよくない。とはいえ、美月にも、美月の母の奈津にも、そしてまりにもバレてしまうんだけど。
美月は市子に、一緒に信州に行ってくれ、と頼む。信州には、奈津と別居して三年になる、美月の父親・憲吾さんがいる。奈津は、美月が憲吾さんと連絡を取ることさえ禁じているようで、それで市子宅のパソコンからメールのやり取りをしているんだけど、さすがに我慢の限界に達したようで、どうしても連れていけ、という。
なんだか色んな人が市子のところに集まってくる。市子は、嘘をつきたくはないんだけど、どうしても色んな人のあれこれを考えると、小さな嘘をつかないとどうにもならない、という状況に追い込まれてしまう。結局その嘘は、割とあっさりとバレるんだけど。
旭と付き合っていたまりが、今15歳年上の彼と付き合っているとか、憲吾さんと離婚した奈津がバリバリ仕事をするようになったとか、20年来の友人たちの日常の変化を喜びつつ、市子は周りの人達の『避難場所』として、飄々と毎日を過している…。
というような話です。
なんというか、半身浴でもしているような、そんな小説でした。
温泉じゃないんですよね。温泉って、なんかイベントって感じだし、雰囲気もあるし、お湯も熱かったりするわけで、そういう感じの小説じゃないんです。半身浴みたいな、割と日常的にやる感じで、特別ってわけでもないし、お湯はぬるめだからじわじわあったまっていく、というような感じ。通じるかなぁ。
この作品は、市子という主人公が触媒のような存在なんです。市子の周りにはなんだか色んな人がいて、市子のところに集まってくる。決して市子が呼んでいるわけでもなく、市子を心配しているわけでもなく、なんとなく市子の元に集まりたい、的な雰囲気がみんなの中にあるんですね。その中で、市子自身は触媒と同じで、正直何をするというわけでもないんです。相手のためについた小さな嘘がすぐバレるとか、良かれと思ってやったことが徒労だったとか、市子がしているのはそんなことばっかりです。ただ周りのみんなが、市子の存在を触媒として色々反応していく。市子自身は特別なにもしないのに、市子がいなければ起こり得なかった人間関係やその変化なんかがたくさんあって、そういう変わった人間関係みたいなものがなかなか面白いと思いました。
アラフォー女性の友情がメインの作品ですけど、年を重ねる毎に積み重なっていくいろんなものの存在、というのを結構強く感じました。市子もまりも奈津も、そういう時間と共に積み重なってきたものからは逃れられない。まりとか奈津とかは、恋愛やら結婚やらでさらにたくさん積み重なってきたものがあるんだけど、何もなさそうな市子からも、そういう積み重ねみたいなものを感じ取れる。その積み重ねてきたものが、良いものだったり良くないものだったりと色々あるんだけど、この作品に出てくる登場人物たちみたいな日常を送れるなら、年を取るのも悪くないのかもしれないなぁ、と思ったりしました。
帯裏に、「市子の家のような、目に見える避難場所があるってありがたい」っていうコメントが載ってて、まさにそれはそうだよなぁ、と思いました。僕には、そういう分かりやすい形での避難場所みたいなのはやっぱりちょっとないから、羨ましいですね。読んでて思ってしまったのは、じゃあ市子にとっての避難場所ってどこなんだろう、ということ。それがないと、周りが市子に避難場所という役割を押し付けているだけ、になっちゃうと思うんだよなぁ。そこが描かれていたら、なんかもっと安心できた、という感じがします。
個人的には、旭とか羨ましいです。旭はカメラマンをしてて、結構不安定な生活をしてるんだけど、なんだかんだほっとけない奴みたいで、周りが世話を焼いてしまったりするし、本人はそういう中でフラフラと生きている。フラフラと生きていくのに憧れる僕には、旭みたいな生き方はいいなぁ、と思うんだけど、まあ僕には出来ないだろうなぁ、と思いますね。
他にも、ぶっ飛びすぎているわけではないけど、なかなか個性的な人たちがたくさん出てくるんで、特に何が起こるというわけでもない物語なのに、割と面白く読めます。
本書は実は、「虹色天気雨」という作品の続編のようで、「虹色天気雨」を読んでない僕には正直よくわからない部分もあったんだけど、まあこの作品から読んでもそれなりには楽しめると思います。派手さはないですけど、落ち着いた面白さがあると思います。読んでみてください。
大島真寿美「ビターシュガー」