January 27, 2005
Word ; ファウンド・フッテージ Found Footage

近年、既存の映像を転用(流用)して制作された映像作品群を「ファウンド・フッテージ(Found Footage)」という固有名詞で呼ぶようになった。つまり、映画ジャンルの一形式が生まれたのである。
一方でこの「ファウンド・フッテージ」という概念にはそれまでの映画ジャンルとは異なり、映画そのものを客観的対象としようとする特異さを内包している。通常の「ジャンル」概念は表現内容/様式の分別であるのに対して、この語が「制作形式」を指すのに留まり、そのことは同時に既存のジャンルを横断する働きを持っているのだ。従って、「ファウンド・フッテージ」は現存する映画全てに関わっている点で、包括的な概念といえるだろう。
(*写真はブルース・コナー"A Movie"(1957)より。コナーはファウンド・フッテージ作品の代表的な作家だ。)この「ファウンド・フッテージ」という言葉が登場したのは、およそ80年代後半であるろう。この時期は、映画史的にもアート・シーンに於いても重要な転換期にあった。
映画史に於いては、1995年に「映画生誕百年」を迎えるにあたり、全世界的に映画史の再検証が行われた。こうした流れは同時に、映画を「娯楽・教養」の対象から、「歴史資料」という価値観を私たちに付与するものとなった。これを簡潔に言うなら、「客体化」したと言えよう。結果的に、私たちは意識・無意識に関わらず、「映画(という対象)を観ている」ことを自覚する事となったのだ。
一方で、同時代である80年代のアート・シーンは、ポストモダンの強い影響のもとで、表現主義的な作品が台頭していた。このことは映像の文脈に於いても同様で、そこで登場した作品は「プライヴェート・ドキュメンタリー」となっていた。そうした作品の特徴は個人主義の復活であり、唯我独尊の肯定とも言えた。
ところが80年代後半ともなると、こうした作品の氾濫の一方で、同じポストモダンの文脈(個別の経験の肯定、歴史への参照性)といった点から、既知の映画を対象化する作品が登場するようになる。そうした作品は、既存の映像をサンプリングする事によって制作された。
こうした結果、上記二つの流れから、「ファウンド・フッテージ」はある種の必然性を帯びて登場した。「映画」によって「映画」を語る、そう言う意味に於いて、「ファウンド・フッテージ」は「クリティカル・シネマ(批評的映画)」と見なすことが出来るだろう。
そして90年代に入ると、「ファウンド・フッテージ」を特集した映画祭が、パリ、ウィーン、シカゴ、ロンドンなど欧米各地で開催されるようになる。
ところで、この「ファウンド・フッテージ」を「既存の映像の転用」という点で考えてみるならば、非常に重要な史実があるのでそれを参照してみたい。
アメリカの映画史家、ジェイ・レイダによると、1898年、イギリスに派遣されたリュミエール社のカメラマン・映画技師、フランシス・ドゥブリエは、リュミエール社所蔵のフィルム・リストから、「ドレフュス事件」の説明に適当なフィルムを選び出し、それを上映することによって当時もっとも話題となっていた本事件を解説した。引用されたフィルムは当然の事ながら「ドレフュス事件」に無関係にも関わらず、語りとイメージによって事件の再現を行ったのである。
つまり、映画の誕生と時を同じくして、この「映像の転用」は行われていたのは象徴的と言えよう。
また、1920年代イギリスで活躍したエイドリアン・ブリュネルは、単に彼自身の素材/ストック・ショットを羅列するのではなく腐敗した社会をユーモラスに、批判的に表現するために用いはじめた。それ以前にも既に撮影されたフィルムを一部(あるいは全て)用いた映画は散発的に存在してきたが、そこでの事由は創造的な野心からと言う理由よりも尺合わせやスケジュール調整といった制作者側の経済的な都合によって用いられた。この時既存のフッテージは代用品だったに過ぎない。
そもそも「映画」とは複製技術の芸術であり、「転用」や「流用」は所与のものと言える。そうしたことはブリュネルを待つまでもなく、多くの映画に於いて行われていることだ。それは今日の映画に於いても変わりはない。ただ、通常は技術上の問題として意識化されることはなかった。こうしたことから考えると、「ファウンド・フッテージ」は(言葉としては)新しくとも、映画の伝統的本質を示す語とも言えるだろう。
現在、私たちはすでに映画を知っており、映画的なるイメージ(*2)をすでに持っている。それらは私たちの記憶から拭い去ることが出来ないばかりか、逆に日々の中で記憶の奥深くに入り込み、さらには肥大化している。私たちは意識的にしろ無意識的にしろ、既に膨大な映画的イメージを日常の経験の中で蓄積しているのだ。そうした結果、私たちは常に既視感の中で生きる事となる。
確かに私たちにとっての当初の映画体験とは、その映画の鑑賞を通して筋立てに陶酔し、未見の映像スペクタクルに驚愕し、さらにはそこに描かれる世界の住人となるのだった。映画が生みだす疑似/二次的世界に自己同一化しその身を委ねるのである。
しかしながら徐々に形成された「映画的イメージ」から、私たちはあらゆるイメージに「類型(パターン認識)」を見出すようになる。それらは単に表象されたイメージ単体のパターン化ばかりではなく、シークエンスやシーン(場面)といった、表象されたイメージとその説話の統合による、集合的な類型(ジャンル)/パターン認識の生成にも向かい、それを新たに獲得するようになる。それ故、たとえ初見のイメージであっても、私たちがすでに蓄積し、内在化した経験の総体によってア・プリオリ(先験的)に形成されたモラル、美意識を参照することにより、そのイメージを「追体験」するのだった。
この状態は私たちの内部に於いて、モザイク状のイメージから自動的に転用/流用と置換を行いそれを再構築、そこから生成されたイメージを個人の経験の中で了解・享受する事に他ならない。つまり、私たちにとってイメージの引用とは生の一部なのだ。映画的イメージとは私たちの内に形成された、もう一つの「映画」と言える。
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この記事へのコメント
found footageについて上述のエッセーはとても参考になりました。実は今私はドイツのアニメションについて調べているところで、ドイツを含むヨーロッパのアニメションの特徴が生まれたの背景を理解するのに非常に役立つ情報でした。有難うございます。
参考までに
http://www.ifa.de/kunst/animationsfilm/eindex.htm
参考までに
http://www.ifa.de/kunst/animationsfilm/eindex.htm
Posted by アリュナー at January 22, 2006 00:22

