March 11, 2005
Who's Who ; ホリス・フランプトン Hollis Frampton
ホリス・フランプトン Hollis Frampton

Hapax Legomena I: Nostalgia
36mins, 16mm, B/W, sound, 1971, US
narrator; Michael Snow
電気コンロの上に写真が置かれ、それが徐々に燃え出す。その間、(マイケル・スノウによる)ナレーションによって何かの説明が語られる。写真が完全に灰になったところで、次の写真が同じようにコンロの上に置かれる。ここで、ナレーションは次に見る写真についての記憶・思い出を語っていたことが分かる。こうして15枚の写真とそれぞれのエピソードが語られ、最後の写真が現れたとき、最初に見た写真のエピソードが語られる。
ホリス・フランプトン
1936年3月11日オハイオ生まれ。マサチューセッツ州フィリップ学院に学ぶ。(クラスには若きカール・アンドレ(Carl Andre)とフランク・ステラ(Frank Stella)が在籍していた。) 54-57年、クリーヴランド・ウエスタン・リザーヴ大学(Western Reserve University)に在籍する。58年にニューヨークに移り住み、電気技師、コマーシャル写真スタジオのアシスタント、フリーランス・カメラマンなどの仕事に就く。この頃、写真家エドワード・ウエストン(Edward Weston)に強い影響を受ける。62年友人からボレックス(Bolex Movie Cam)を借り、25分の短編映画"Clouds Like White Sheep"を制作する(後にこの映画は失われる)。60年代になると彼の関心は写真から映画制作へと向かった。73年からニューヨーク州立大学バッファロー校(SUNY, Buffalo)で写真・映画を教授し、メディア・センター(The Center for Media Study)を設立する(後にシャリッツ(Paul Sharits)やコンラッド(Tony Conrad)に引き継がれる)。84年3月30日、ニューヨークで亡くなる。
*Biography
*作品歴
この映画は、写真が淡々と消失する過程を記録している。そうした点で非常にミニマルで形式主義的な作品として評されるが、この作品は明らかに次の時代の(唯我独尊とも言える)スタイルの萌芽を見出すことが出来る。確かにフランプトンの語りは「プレ・テクスト」として機能し、それぞれのエピソードを際だたせることなく、等価な差異(バリエーション)として作品のフォーム−ここでは観るものと語りの遅延と錯誤を体験する−を示すことがコンセプトとしてあり、語りの内容そのものは重要視していない。しかしながら、同時代の作家達が語りを排除し、映像メディアの本質へと向かっていった中で、「語る」ことを再浮上させたこの作品は「語り」の意味内容に私たちの意識を向けることとなる。フランプトンにとってそれらは(交換可能な)些末なエピソードに過ぎないが、私たちにとっては特別で唯一の物語りとなるのだ。その事によって作品のコンセプトもさることながら語られた内容と私たち各人がもつ経験・記憶が結びつき、オリジナルの物語を私たちの内部に生みだし、結果それを鑑賞する事となる。80年代のアート・シーンが物語/神話を復権させた特徴を持っているが、図らずもフランプトンの仕事はそれに先行していたと言える。
ところで、この作品のナレーションはスノウが行い、スノウの「波長」にはフランプトンが役者として登場していた事実は最近まで知らなかった。そう考えると、スノウの写真インスタレーション作品、"A Casing Shelved"(1970)とフランプトンの本作とは対をなす作品と言えるだろう。フランプトンは写真から映画に接近し、スノウはその逆だ。フランプトンは写真を映画に拡張し、スノウは映画を写真に還元した。しかしながら双方ともに「エピソード」を導入し、時間の進行を(70年代の実験映画が計測的であったのにも関わらず)口述の恣意性に委ねている。作品の外見は非常にシンプルであるが、語りの豊かさを私たちに再認識させてくれたのだ。コンセプショナル・アートがナラティヴをどのように含み入れたのかがよく分かる作品だった。

Hapax Legomena I: Nostalgia
36mins, 16mm, B/W, sound, 1971, US
narrator; Michael Snow
電気コンロの上に写真が置かれ、それが徐々に燃え出す。その間、(マイケル・スノウによる)ナレーションによって何かの説明が語られる。写真が完全に灰になったところで、次の写真が同じようにコンロの上に置かれる。ここで、ナレーションは次に見る写真についての記憶・思い出を語っていたことが分かる。こうして15枚の写真とそれぞれのエピソードが語られ、最後の写真が現れたとき、最初に見た写真のエピソードが語られる。
ホリス・フランプトン
1936年3月11日オハイオ生まれ。マサチューセッツ州フィリップ学院に学ぶ。(クラスには若きカール・アンドレ(Carl Andre)とフランク・ステラ(Frank Stella)が在籍していた。) 54-57年、クリーヴランド・ウエスタン・リザーヴ大学(Western Reserve University)に在籍する。58年にニューヨークに移り住み、電気技師、コマーシャル写真スタジオのアシスタント、フリーランス・カメラマンなどの仕事に就く。この頃、写真家エドワード・ウエストン(Edward Weston)に強い影響を受ける。62年友人からボレックス(Bolex Movie Cam)を借り、25分の短編映画"Clouds Like White Sheep"を制作する(後にこの映画は失われる)。60年代になると彼の関心は写真から映画制作へと向かった。73年からニューヨーク州立大学バッファロー校(SUNY, Buffalo)で写真・映画を教授し、メディア・センター(The Center for Media Study)を設立する(後にシャリッツ(Paul Sharits)やコンラッド(Tony Conrad)に引き継がれる)。84年3月30日、ニューヨークで亡くなる。
*Biography
*作品歴
この映画は、写真が淡々と消失する過程を記録している。そうした点で非常にミニマルで形式主義的な作品として評されるが、この作品は明らかに次の時代の(唯我独尊とも言える)スタイルの萌芽を見出すことが出来る。確かにフランプトンの語りは「プレ・テクスト」として機能し、それぞれのエピソードを際だたせることなく、等価な差異(バリエーション)として作品のフォーム−ここでは観るものと語りの遅延と錯誤を体験する−を示すことがコンセプトとしてあり、語りの内容そのものは重要視していない。しかしながら、同時代の作家達が語りを排除し、映像メディアの本質へと向かっていった中で、「語る」ことを再浮上させたこの作品は「語り」の意味内容に私たちの意識を向けることとなる。フランプトンにとってそれらは(交換可能な)些末なエピソードに過ぎないが、私たちにとっては特別で唯一の物語りとなるのだ。その事によって作品のコンセプトもさることながら語られた内容と私たち各人がもつ経験・記憶が結びつき、オリジナルの物語を私たちの内部に生みだし、結果それを鑑賞する事となる。80年代のアート・シーンが物語/神話を復権させた特徴を持っているが、図らずもフランプトンの仕事はそれに先行していたと言える。
ところで、この作品のナレーションはスノウが行い、スノウの「波長」にはフランプトンが役者として登場していた事実は最近まで知らなかった。そう考えると、スノウの写真インスタレーション作品、"A Casing Shelved"(1970)とフランプトンの本作とは対をなす作品と言えるだろう。フランプトンは写真から映画に接近し、スノウはその逆だ。フランプトンは写真を映画に拡張し、スノウは映画を写真に還元した。しかしながら双方ともに「エピソード」を導入し、時間の進行を(70年代の実験映画が計測的であったのにも関わらず)口述の恣意性に委ねている。作品の外見は非常にシンプルであるが、語りの豊かさを私たちに再認識させてくれたのだ。コンセプショナル・アートがナラティヴをどのように含み入れたのかがよく分かる作品だった。
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