2007年07月18日

猫山(根子?山)と野々宮

 八上富士とも呼ばれる猫山です。和多理山ともひつち山とも言われます。山頂から西御門のオオイチョウと旧船岡町上野の野々宮神社そして下濃の野々宮神社とはほぼ一直線上に並んでいます。
 野宮神社はもちろん、京都の嵯峨野、伊勢神宮斎王のための特別な社であり、地方に勧請される性格の社ではありません。グーグル検索しても、野宮神社の分社は、極めてわずかです。
 猫山の神=和多理神社祭神は託宣によって後醍醐天皇の隠岐脱出を導いた神であり、西御門は、後醍醐天皇が命名された行宮の地で、そこには後醍醐天皇の内親王の墓所と伝えられる所に大銀杏があります。その先にある2つの野宮神社とは、本来、内親王の中から選ばれる斎王の1年間にわたる精進潔斎の場です。この一直線上に並ぶ4箇所の地点は、このように不思議なつながりを持っているのです。
 後醍醐天皇の内親王を最後に、伊勢神宮の斎王制度は途絶えてしまいます。

猫山 ヒツチ山















 上野にある野々宮神社上社です。木製の鳥居を採用しています。この野々宮社の真北に通り谷の弁天神社そして、その真北に宮谷の賀茂神社が位置しているのも単なる偶然ではないように思えます。賀茂神社は以前述べましたが、猫山山頂と夏至冬至ラインで結ばれる位置関係にあります。見事な配列がなされています。「ねこ」とは大日本根子彦太瓊天皇(おおやまとねこひこふとにのすめらみこと)=孝霊天皇との関連があるのでしょうか。
京都の野宮神社本社の鳥居は全国に2箇所しかない黒木鳥居を採用していますが、ここも、それにならって木製の鳥居を採用しているのでしょう。ちなみに黒木鳥居を採用しているもう一社とは、大江町の元伊勢内宮です。これは、いくつかある丹後の「元伊勢」候補地の中で、元伊勢皇大神社が最も有力であるという根拠になりうると思います。
 黒木で思い浮かべるのは先日紹介したばかりの河原町の黒木神社がありますが、何か関連があるのでしょうか。黒木神社は売沼神社のすぐ近くで、宮谷の賀茂神社の夏至冬至ライン上に位置します。また、隠岐の後醍醐天皇行在所も黒木御所と呼ばれ、黒木神社もあります。佐渡にも、配流された天皇の行在所が同じく黒木御所と呼ばれています。大嘗祭においても、黒木鳥居が使用されます。黒木鳥居はもっとも精進潔斎が必要な時・処において使用されているように思えます。

上野 野々宮 



















 たまたま参拝の折に出会った地元の方から、この下濃集落の社も野々宮神社であることを教えていただきました。
下濃 野々宮
Posted by yakamihakuto at 21:58  |Comments(0)TrackBack(0) | 郡家 , 船岡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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