2012年03月24日

このブログの閉鎖と移転について

 皆さん、こんにちは。ご無沙汰しています。
 大和武史のブログについては、主として「在家の法」を掲載してきましたが、このブログが3月末で利用できなくなりましたので、移転します。
 下記のリンク先のyahooのブログに、「大和武史の在家の法」というブログを開設し、これまでのメルマガをすべて投稿しましたので、これからはこちらをご利用下さい。
 4月からはここへは投稿できなくなります。ご承知下さい。よろしくお願いします。では、今後も「在家の法」をよろしくお願いします。



新「大和武史のブログ」


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「幸福の法則(在家の法)」第196号

★「幸福の法則(在家の法)」第196号  <日本の将来を考える11>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 利他とは他人を利するという意味ですが、他人がいわゆる自分以外の人間という定義で考えていては、これは完全に実行されることはないでしょう。人間は誰でも自分がかわいいですし、それはやむを得ないことです。生きるための本能的な感情もあります。子孫を残すために自らを守り、危害を加える相手を避けるという本能もあります。
 こうした状況で必ずしも利他が優先して取り組まねばならない必然性はないと言わざるを得ません。ですから、利他を本当の意味で定着させるには、利他が利己よりも優れていることを納得して貰う以外に方法がないのです。道徳としてやっている限りでは一部の人達にしか実行してもらえません。
 利他が利己よりも優れているという根拠を明確に示す必要があるのです。そのためには、生命という部分から認識を新たにして貰わないと無理でしょう。この少ない文字数のメルマガではとても無理だと思います。私自身も今、新しい本の執筆中です。本一冊の分量を要する部分だと思います。
 しかし、これは正しいことであること、そして人々にも十分に理解できることでもあることを断言します。簡単に言えば、生命とは死んで消えるようなものではないという認識が個人の中で成立すれば、生きるということが再定義されねばならなくなります。人生ということが、そして幸福という方法論が模索されるようになるでしょう。
 その時こそ、自らの幸福を実現するためにはいわゆる利己と呼ばれるような自分に直接利益を集めようとする行為は逆に不幸を呼び込み、利他という自分の利益とは関係ないように思える行為の中にこそ、自らを最も幸福にする結果が得られるのだということを理解して貰うことだといえるでしょう。
 そして、他人という存在が単なる自分以外の人間という消極的なものではなく、自分を幸せにするために必要なものであることを知ったときに、その人の人生観は逆転せざるを得なくなり、今までとは違ったものに変化せざるを得なくなります。そしてこの新しい生き方に努力する人々こそが世界を変えていく原動力となっていくのです。その数が満ちれば世界は必然的に変わるでしょう。生きるための根本が変化するからです。利他が最も御利益のある行為であるならば、それを求めての活動が人類に幸福をもたらすのは当たり前のことです。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年03月17日

ブログの閉鎖と移転について

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「幸福の法則(在家の法)」第195号

★「幸福の法則(在家の法)」第195号  <日本の将来を考える10>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 利他がなぜ自分にとって有益であるのか、それが分からない人が多いのです。いや、知っている人が少ないのです。だから、それが十分に理解されて、その考え方が広がっていけば自ずと変化が現れてきます。変化とは結局、人々の意識が変わることによってしかもたらされることはないのです。
 いくら、物理的に政治や体制を変革しても、それを受け止める大衆の心が何ら変化していなければ、またすぐに元に戻ってしまいます。具体的な例を挙げると、自民党が野党になり、民主党が与党になりましたが、一体どれほど社会が変わったことでしょうか。
 制度は色々と変えたことはあるでしょう。予算や人事など変化は大きかったでしょうが、その結果、国民の生活はどう変化したでしょう。大して変化はしていないのではないでしょうか。もちろん、大震災ということも同時に起きましたから、こちらの方は大きな変化を余儀なくされた人々は多かった事実は否めませんが、政治をいくら変えても、それを受けた国民の意識が変化しなければ何にもならないのです。
 逆にいえば、国民意識さえ変化させれば、政治などの体制は必然的に変わらざるを得ないのです。それは選挙結果というような平和的に現れる場合もありますし、革命や暴動、クーデターなどの暴力的な形で現れる場合もあります。現れ方はその時点のその場所における抑止力との均衡関係によって変化しますが、そしてそれが現実となるのに要する期間も変化しますが、いつか必ず変革として現実化してくるのです。
 ならば、変えることを目標にするよりも、国民意識を素晴らしい意識へと変化させることをこそ、目指すべきなのです。これに成功さえすれば必然的にそれに相応しい社会が時間の経過と共に現実化してきます。それが、自然の法則なのですから。
 この意味では、私たちが行っているような一見して遠回りで、役に立たないような地道な活動こそが、結果的に功を奏する活動でもあるのです。あきらめずに、忍耐強く、やり通すことです。必ず、それを知った人々が一人ずつ増えていくと信じて、その数がいつか満ちて、社会そのものが自動的に素晴らしいものに変化していくと信じて。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年03月11日

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2012年03月10日

「幸福の法則(在家の法)」第194号

★「幸福の法則(在家の法)」第194号  <日本の将来を考える9>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 国民の自由と調和、博愛。これは憲法の精神そのものでもあるでしょう。しかし、憲法は学校の授業としては活用はされてはいますが、国民の実生活にどれほど関わりがあるでしょうか。私たちの毎日の生活に憲法がどれほど影響しているでしょうか。
 すると、ほとんど関係がないと言われるのではないでしょうか。法律としては立派であるが、自分の生活とはあまり関係がないという人が大半でしょう。実生活には浸透していないということです。本当に浸透していれば、いじめや非行や社会悪や犯罪などはこれほどは起きないはずです。
 国民の意識に憲法の精神が浸透していないからこそ、こうした悪の行為がいつまでも減らないのです。刑罰によって規制することしか犯罪が減らないかというと決してそんなことはなく、逆に規制しても減らすことはできません。減らすには国民の意識が変化しないと何も変わらないからです。
 要するに、国民意識を変えるということに尽きるのです。現在の自分のことだけにしか関心がないという意識を変えることです。自由と調和と博愛の精神に。それができれば、国家として世界をリードできるだけの価値ある日本に変貌します。すべてが国民である私たち個人の意識の問題なのです。
 今の無関心、冷たい人間は何故、そうなったのでしょうか。それは個人主義が生み出したものです。自分さえ良ければ良いという考え方です。利己主義ですね。この病気に冒されているのです。病気は適切な治療を施すことにより治せます。治らないことは決してありません。
 この個人主義の病気を治すには、逆の意識である全体主義を意識することが良いのでしょうか。いいえ、自分のことよりも社会のことの方が大切という考え方は悪くすると独裁政治などの専政国家になり第二次大戦の悪夢を繰り返すことになりかねません。
 ですから、目指すべきは全体主義ではなく、あくまでも個人主義で結構ですが、その個人主義のために行う行為が自分の利益を守ることではなく、他への奉仕であることを意味づけることです。利他と言うことです。利他こそが本当の利己であることを理解して貰うことが必要なのです。そのために、私たちの活動もあるといえます。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年03月04日

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2012年03月03日

「幸福の法則(在家の法)」第193号

★「幸福の法則(在家の法)」第193号  <日本の将来を考える8>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 日本という国に生まれた私たちにできることをしっかりとやることです。外人にはできないことができる部分が必ずあります。単に経済や政治などの理由ではなく、国土や言語、慣習なども含んだ意味での日本人としてのオリジナリティーが世界へ発信されていくべきです。その前には日本を自慢できるものにする必要があります。
 自慢できる国、日本になれば世界へ情報発信しても何ら恥ずかしいこともなく、むしろ誇らしい気分でしょう。そのためには理念が必要です。単にGNPがどれだけだからとか、経済成長率がどうだとか、そんなことはどうでも良いことなのです。それは現在の状況を数字で表しているだけのことで、それ自体には特別な意味はありません。価値中立な事柄です。
 ならば、誰にでもそれ自体を誇れるようなものを見いだせば良いではないですか。経済や政治などが、どんな状況であっても、そんなことには関係なく価値のあるものこそ高邁な理念ではないでしょうか。そうした高度な理念の元に運営されている国家であれば、それ自体により尊敬に値すると思います。
 では、高邁な理念とは何でしょう。憲法でしょうか。確かに憲法は意味のあるものではありますが、現代社会とは少し乖離が大きいといわざるを得ません。また、最も大事なことに触れられてはいません。最も大事なこととは、国民のモットーであり、生きる目的であり、信条でもあるものです。日本という国が何を目指していくのかという具体的な方向です。
 それは単なる美辞麗句ではなく、国民の真意に裏付けされた熱意でなくてはなりません。その国民の熱意が素晴らしいものである場合には、諸外国から賞賛の声が聞かれるでしょうし、世界をリードする立場へも押し上げられていくでしょう。それが理念です。
 この理念を形成することを目的にした活動を起こす必要があると思います。そうでないと日本は世界においてはいつまでも大した価値のない、関心のない国にしか過ぎないでしょう。理念を形成する、そのために、どうすれば良いのでしょうか。まずは核となるものをしっかりと確立することです。それは、国民の自由と調和、博愛です。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年02月25日

「幸福の法則(在家の法)」第192号

★「幸福の法則(在家の法)」第192号  <日本の将来を考える7>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 自国も他国も共に殺し殺されるようなことはあってはならないとする根本原理を定着できれば、戦争などできるはずがありません。しかし、法律や体制などによってこれは決して実現できないことも知らねばなりません。行動の前に想いがあるのです。想いに殺したいという部分があれば、行動だけ規制してもまた違った形で現れようとするだけのことです。
 想いのレベルで心底理解して、それを行動に移す以外にないのです。信条というものにならなければならないのです。では、どのような信条にするのが良いのかというと、共に同じく侵されることのない価値を実感することでしょう。もちろん、自分と他人というレベルでです。
 自分と他人が同じレベルで大事と思っていれば殺し合いなどできないのです。自分の方が大事であるからこそ、自分を守るために争います。守るものがない状態では争いは起きないのです。それには、生命というものを完全に理解するしかないのです。
 死んだら消える命では決して自分と他人は同じ価値にはならないのです。それは動物の世界が弱肉強食になっていることから分かると思います。自分が生きるために他人を犠牲にするしか生きる道はないのです。これでは永久に殺し合いが無くなることはないです。
 永遠の生命ということを心底知ることが先決です。そして同じく価値ある生命である他人の存在を理解することも必要です。これが本当に理解できれば戦争は消えていくでしょう。自分を殺してでもすることなどないように、他人も自分と同じであれば他人を犠牲にする選択肢は消えざるを得ないからです。
 万人が苦もなく理解できるようにすることです。生命が永遠であり、自分と他人が同じ価値を持つ尊い存在であることを。それを何の疑いもなく国民の大部分が信じたときに、人類は調和して、世界平和が実現するでしょう。
 日本という国でそれを発信するべきです。他の国では在来に宗教があって新しい教えが説きにくいからです。新しい教えが国レベルで国民に支持されて、それを元にした政治体制が築かれて、その徳ある政治家が影響力を持って海外の国々を啓蒙していくことがあるべき姿であると思います。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年02月18日

「幸福の法則(在家の法)」第191号

★「幸福の法則(在家の法)」第191号  <日本の将来を考える6>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 日本人が特に悪いとも優れているとも私は思いません。世界の人々は平等であり、優劣を競う必要もないと思うのです。しかし、実際に国というレベルでの社会が成立している限り、その間においての関係があります。その国家間の関係が険悪なものであれば、戦争などに発展しても不思議ではないのです。
 人間は何故争うのでしょうか。それは、自分たちを守る必要があるからだと私は思うのです。守らなければならないものがあるから、それを守るためには他人と争ってもやむを得ないわけです。これが発展すると、先手必勝という方法論になり、戦略としての攻撃もあり得ます。自ら進んで他国を侵略する指導者も、攻められて防衛のために大量の兵士を送る指導者も同じレベルであるとしか思えないのです。
 いつ頃から人類が戦争を始めたのか、私には分かりませんが、その太古の昔に始めた戦争は世代を超えて現在までまったく衰えることを許さずに継続されているという事実を思うとき、私には寂寞とした無力感が漂わずにおられないのです。理想的な社会を造ろうと努力してきた行動も泡のような儚いものでしかなかったのかと思わざるを得ないのです。
 しかし、これをどれほど見つめても決して前向きな答えは返ってきません。こうした現実が嫌なら変えれば良いではないですか。勇気を持って変えることができるのですから。では、何をどのように変えるべきなのか、それを日本人こそが示してあげられる国だと私は思います。
 すべての行動の前には想いがあります。そして、戦争を起こすような想いは相当な確立された想いであって、容易に変えるようなものではありませんが、それを変えなければ何も変化しないのです。戦争を許すような想いとは、人類が自らの命を守るためには他人を殺しても仕方がないという想いです。
 自己防衛というものが最優先という想いに他なりません。これを変えましょう。もちろん、この場合、自分たちなど滅んでも良いという思いに変えることも間違っていますから、変えるとすれば、自分たちと他人は同じであり、どちらも殺されてはならないという想いだと思います。
 しかし、道徳のような努力目標では駄目なのです。行動の根本原理である必要があります。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年02月12日

ブログの変更について

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2012年02月11日

「幸福の法則(在家の法)」第190号

★「幸福の法則(在家の法)」第190号  <日本の将来を考える5>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 私たち日本人は現在、有り余る物資に恵まれて生きていますが、だから幸福でしょうか。いえ、そうではないでしょう。社会は秩序を乱していますし、厳しく辛い社会になっています。心は幸福にはなってはいないからです。心を幸福にするにはその原因がなければなりません。幸福になるには、幸福になるだけの理由がいるのです。
 では、その幸福になる理由とは何でしょうか。それは、とてもシンプルなことです。自分で幸福な心に保つということだけです。幸福とは自分の心の問題ですから、最後は自分の心の持ち方です。でも、今幸福でない人はどうすればいいのでしょうか。
 それは、自分自身の可能性を信じることです。何故、幸福でないのでしょうか。自分が幸福になるには何が必要なのでしょうか。お金ですか、いいえ、物資ではないのですよ。心を富ますことです。それには何が必要ですか。その必要なものは何故、手に入らないのでしょう。誰があなたから遠ざけているというのですか。
 誰も奪うものはいないし、遮るものもいません。自分でそれを掴もうとしないだけではないですか。自らの幸福という心の状態を実現しようとしないだけです。自分でやろうとすればできることなのですから。すると、その方法が分からないと言うでしょうね。
 それも簡単なことであるのです。そう信じること。それだけです。自分で自分が幸福であると信じるだけのことなのです。私たちはあまりにも色々なものを掴みすぎたのです。そして何かが足りないと満足できないような錯覚に陥っているのです。何も不足なものなど無いのに、無限に求めて、いつまでも満足しないでいるから幸福感が持てないというだけのことです。
 不足な心は不足な事態を呼び込みます。満足できない人は永久に満足することはありません。また、何も求めない人は何も与えられません。自分に満足すること、その満足した自分を信じることです。その波長が不幸を避けて、幸福を呼び込みます。
 社会の変革とはその中に住む人々の心の変革です。人々が幸福に変われば社会も幸福なものに変化するのです。大変シンプルな原理ですが、煎じ詰めればこれだけのことなのです。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年02月04日

「幸福の法則(在家の法)」第189号

★「幸福の法則(在家の法)」第189号  <日本の将来を考える4>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 日本という国は本当に特別な国なのです。それは、過信でも勘違いでもなく、真実の意味において価値のある国です。その理由はこれからの世界をリードしていく予定の国であるという理由に寄ります。これからの世界は大きな変革を迎えるでしょう。それは、単に経済という面だけではなく、もっとトータル的な意味での変革です。
 今までのアメリカ中心で来た情勢も大きく変化する時期を迎えていますし、地球人自体がそろそろ羽化する時期に当たっているのです。現在の人間の価値観は唯物観です。死ねば消えるような命の中ではエゴに生きて当然です。それは人類が悪いわけではなく、単にそうした思い込みをしているに過ぎません。しかし、いつまでも夢は続かないように、悪夢もそろそろ醒める時を迎えようとしていると私は思います。
 それはどんな形で起きるかは定かではありません。しかし、どんな形で起きようとも起きるというシナリオ自体には変化はないでしょう。必然的に起きてくるはずですし、その時にこの日本という国の中から起きてくる可能性が最も高いと思います。なぜなら、それだけの資質に溢れた人々が日本に生きているからです。
 今の唯物文明で良いと思っている人はそれほど多くはないと思います。人々は現在の社会に疑問を持ち、何とか良く変えたいと願っているのです。それが度重なる政治の混乱に現れたり、多くの議論や意見や場合によっては争いにも現れていると思うのです。今のままでは駄目だという想いが伝わってくるのです。
 しかし、ではどうすれば良い方向へ変化させられるかが分からないだけです。それだけのことです。それさえはっきりと自覚してしまえば、自動的に変革の道を歩んでいくでしょう。それだけの資質を持った国民達であるということなのです。では、どのように変えていくべきなのでしょうか。それが問題です。それは、私たちを幸福へと導くものでなければなりません。国民を調和へ、幸福へと導くためのシステムが求められているのです。
 それは、物質的なものではありません。有り余る物資に恵まれても空虚な想いが募るだけです。ものの豊かさと心の豊かさは違うものです。心を本当に幸福にするものを求めているのです。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年01月28日

「幸福の法則(在家の法)」第188号

★「幸福の法則(在家の法)」第188号  <日本の将来を考える3>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 現代の人々はまるで暗示にかかっているように偏った価値観で生きています。そして、その色眼鏡で周りを見て、他人を敵と考えて争っています。見方が偏っているからです。我見というのですが、自分よがりの見方、考え方です。そして悪いことにその我見の根拠となっているのは社会の常識、教育です。現代社会の方から押しつけられているのです。無神論や唯物論、死ねば消えるような生命でどうしてポジティブな生き方ができるのでしょう。
 生命そのものは永遠のものです。これは宗教など学ばなくとも常識とならなければなりません。そうでないと何も始まりません。かけがえのない生命であればこそ、すべては無駄なものは無く、尊い輝きと化すのですから。オンリーワンであることを知ったならば、自分自身の価値に気づくことです。生命とは同じものは無いというだけで無限の可能性を持つ最上の価値高いものであるのですから。
 日本という場においても烏合の衆と化さないためには、一人一人が自らの価値を知る必要があると思います。国民が自分自身の価値を知ってこそ、その価値を生かすための活動が政治や経済となるに過ぎないのです。それが結果として膨大な借金という形になっているなら、それはマイナスの価値が膨らんでいるということです。マイナスの価値とは何かというと、自分自身の尊さを知らず価値無い虫けらのような生物だと信じていることに寄ります。
 生命というものの素晴らしさが本当の意味で分かれば、すべてがポジティブに現れてきます。素晴らしいものは素晴らしいものを引き寄せるからです。日本という国を素晴らしく変えたいならば、国民が素晴らしく輝けば良いだけのことです。それができればその人達を集めた社会は素晴らしいものとならざるを得ません。ネガティブなものを批判して攻撃して、改善していくという手法もあることはありますが、そうした無駄の多い手法ではなく、一躍、素晴らしい姿へ変化させる方が手っ取り早いですし、効果的です。
 革命のように、奇跡のようにあるときを境にまったく違う状況へと変化することがあり得ます。それはまったく違った価値観によってもたらされます。今までとは180度違った価値観こそが次の世代へのバトンであると私は思います。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年01月21日

「幸福の法則(在家の法)」第187号

★「幸福の法則(在家の法)」第187号  <日本の将来を考える2>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 人類は自分たちが豊かな生活を手に入れるために、自然をおろそかにしてきたのです。いや、それどころか汚して破壊してきました。その反作用が頻発する大災害です。大災害という結果を現した原因は今までの人類の環境への態度です。そのことに、まだ気づいてもいません。災害が起きてくるのは偶然だと思い込んでいます。だから復興のことは真剣に考えますが、原因についてなど考えもしないですから、当然、反省もありません。
 昨年の大震災を被ったのは偶然であり、自分たちは可哀想な国民であると信じています。作用、反作用による当然の報いであると言ったら怒り出すでしょう。何を言い出すのかと怒って言うことを聞かないでしょう。災害の発生についての因果関係を証明することもできませんから仕方がないですが、偶然では少なくともないのです。それを嫌というほどに味わう必要があるのかも知れません。偶然にしては多すぎると思うまでは災害が止むことはないでしょう。
 復興のために増税をすると言っています。全体で受けるということは悪いことではないのですが、それがなぜ増税なのかは理解できません。税金しか収入はないですが、既に何十兆円も収入があるのですから、それを回せばよいのです。今までの歳出はそのままにしておいてその上に新たに復興をしようとするから増税しなければならなくなりますが、その分、支出を抑えれば良いのです。個人の家庭なら誰でもそうするでしょう。切り詰められる部分を切り詰めて借金の返済をしますね。
 なのに、国単位では借金は返そうとせずに、今までの生活は少しもやめようとせず、更に税金を増やして取り立てようとするのですから、不思議です。累積債務も1000兆円に迫る勢いです。にも関わらずにまだ国債を連発しているのですから話になりません。利子の返済だけでも大変な額です。それを元本を少しも減らそうとせず、まだ借金を増やしているのです。
 先がまったく見えていないからです。当面のことしか考えていないからです。ですから、日本の将来についてしっかりと考えてみましょう。そうするとどうすべきかが分かるのではないでしょうか。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年01月16日

アマーリエさんへ

アマーリエさん、お体の具合はいかがでしょうか。
レムリアでのご活躍に感謝いたしています。

先日も読み返してみましたが、あなたが取って頂いた霊言は素晴らしいものです。
後々の人々への大切な道しるべとなるでしょう。

九次元の言葉をこの地上へ伝えるということがこれほど価値あることと思い知りました。
それに加えて、十次元意識や宇宙人までもですから、
その功績は人類にとって計り知れないほど大きいものだと思います。

この貴重な財産をいかに生かせるかがこれから後に次ぐものの課題だと思います。
そのために私たちも頑張っていきます。

生命という生きるエネルギーは永遠ですし、一時、迷うことはあっても、
最終的には自らを幸福にする方へ進むしかないと思います。

レムリアの書籍が全世界へと広がり、多くの人々を目覚めさせることを信じています。
アマーリエさんもその着実な歩みを信じて、ゆっくりと養生して下さい。
もう既に十分な結果は出して頂いたのですから。

本年も良い年でありますこととご健康とご多幸ををお祈りします。
書籍を読むものの代表としてお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。


大和武史



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2012年01月14日

「幸福の法則(在家の法)」第186号

★「幸福の法則(在家の法)」第186号  <日本の将来を考える1>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 さあ、2012年も始まりましたし、日本の将来について考えてみましょう。日本という国は島国であるという特質があります。そのために、武士の時代には鎖国ということをして諸外国を入れなかった、そして自分流で生きていた国でもあります。そもそも鎖国などということができるということが島国故のことです。ヨーロッパなどでは考えられないことです。その意味ではオリジナルな気分が浸透している国でもあります。
 日本人は何でも取り入れて、自己流で改造して更に優れたものにしてしまう、そんな国です。受け入れることにそれほどに抵抗がないのですね。穏和なところがあって、外国の文化でも受け入られる雅量があるのですが、それに染まるのではなく、自己流で改良するのですから繊細な感覚があるのでしょうね。それで自己流のものを造ってしまうのです。
 そして現在、世界でも有数の経済大国となりました。それは過去の日本人の勤勉な働きのたまものだと思います。物資は豊かで国民の生活は豊かに便利になりました。しかし、それと比例して幸福感が高まると思っていたのですが、ものの豊かさは感じられても幸せにはなれないのですね。幸福というものは豊かな生活と同義でもないし、必ずしもそれを必要とするものでもありません。それを体験しているのが今の日本人ではないでしょうか。
 貧しい国にはこの体験さえできませんから、彼らの国はまだ豊かになることと幸福になることを同じように考えているでしょう。幸福になるためには豊かになることが必要だと考えていると思います。その間違いに気づくことさえできずに。日本人は豊かな生活を現実にして、幸福とは有り余る物資に恵まれることではないということを学んだのだと思います。
 では、本当に幸福になる道を考えなくてはならないと思うのですが、まだそこまでは進んでいないのが現状でしょうね。大震災もあって、毎日の慌ただしい生活に追われて、将来を真剣に考えることもなく、過ごしています。それが現状です。ならば、東北の大震災もそうですが、その後も各種の台風などの被害がありました。今後も恐らく同様のことはあるでしょう。なぜ、こんなに災害が多いのでしょう。それは一つには自然のバランスが崩れていることがあります。その大きな原因が人間の環境破壊です。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2012年01月07日

幸福の法則(在家の法)」第185号

★「幸福の法則(在家の法)」第185号  <幸福の研究15>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 幸福な結果とは必ずしも、この世的に良い待遇を受けることとは限りません。たとえ失敗に近い結果であっても、その失敗から多くを学ぶことができれば良い結果ですが、これをそのように受け止めただけでは徳にはなりますが、幸福にはなりません。幸福とはそれを心から喜べなければならないのです。感情でもそれを至上のものとして受け止められることです。
 良く表情では嬉しそうにしていても心の底では喜べない人がいます。冷めた人に多いのではないでしょうか。こういう人は感じる能力が麻痺しているのですね。麻痺していても感覚自体は何の問題もありませんから、心の持ち方を変えることで幸福になれます。まずは自らの意志で立つことです。発心という言い方もできますし、菩提心、気づきでも良いですし、今までの生き方が百点満点の人などまずいません。ならば現状の自分にお別れをすること、捨てることです。
 これができないと永久に現状よりも良くなりません。今のままでよいと思っている間は発展はないからです。そこにあるのは現状維持、退廃の構図です。常に進化する自分のイメージを持って立ち上がろうとする意志をはっきりと持つことです。そして、次には自分の意志で生きてみることでしょう。社会常識で風任せに生きるのではなく、自分で決めて良いと思う生き方を断固として実行することです。
 そうすると否応なく、その結果が自分に返ってきますから、後はそれを受け止めてフィードバックしていくだけです。良い結果ならば続けていくか、更に拡大していけばよいし、悪い結果ならやり方を変えることです。色々と他に考えられることをやってみて良い結果を出せる方に変更していくことです。これを意識して行っていけばあらゆることに応用が利くはずです。
 そして自分の毎日の生活が幸せで埋め尽くされたときには幸福になったと言って良いのだと思います。幸福とは実行の中にあるのであり、自分独自に自分にあった自分を輝かせる生き方の中に浮かび上がってくるものであると私は思うのです。
 いかがでしょうか。皆さんはどうお感じになるでしょうか。幸福とは生命が最終的に求めるものですが考えてもなかなかつかめないものでもあります。しかし、生きていく中で確実に手にしていくことのできるものでもあるのですね。皆さんのご幸福をお祈りします。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2011年12月31日

「幸福の法則(在家の法)」第184号

★「幸福の法則(在家の法)」第184号  <幸福の研究14>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 幸福の研究も回を重ねてきましたが、結局生命の幸福とは現在の常識と思われている幸福感とはかなり違ったものであることに驚かれる人もあると思います。幸福とは決して裕福な生活をすることではありません。お金をふんだんに使うことを持って幸福とは言えないのです。誰でも頭では分かっていると思いますが、心の底で憧れや羨望が強くあるのだと思います。
 現代社会は裕福な暮らしを目標として努力することを美化する風潮できましたから、その結果が出ているのだと思います。国民が努力し、勤勉に働いてくれるからこそ国家は繁栄しますからこれはある意味では仕方のないことです。しかし、こと個人の幸福について考えるときには物質欲は逆に妨げになる場合が多いのです。物質は有限ですからすべての人が満足するだけはありません。すると奪い合い、争い合う結果を招いてしまいます。
 それよりも皆で分かち合い与え合う生活の中にこそ幸福は芽生えてくるのですが、その意味では現代社会は幸福を得にくい環境にあるのです。難しい環境であるという意味です。しかし、環境がいくら悪くても要は本人の心の持ち方の問題ですから、これさえしっかいりとしていれば可能なことでもあります。
 いずれにしても生命が求めるべき幸福とは心の奥深いところから感じる幸福であり物質的なものではありません。心の奥深いところから感じる幸福とは喜怒哀楽によってそれが間違いなく幸福であると分かる幸福です。そしてそれは固定したものではないのですが、かなり移りゆくものであるはずなのですが、心の持ち方さえしっかりとすれば相当に強固な幸福となるのです。どんなことがあろうとも変わらない幸福感というものもあり得ますし、現実にそうした人も少数ではありますが実在します。
 要は生き方の問題です。個性としてのオリジナルな生き方が、必ず何らかの結果を表してきますから、その結果が喜ばしい、嬉しいもので埋め尽くされてくるときに幸福はその人の心の中にあると言って良いと思うのです。私たち人間は架空の存在ではなく、現にこの世に生きているのですから、毎日、毎時、毎秒、自分が生きている、その姿はオリジナルのストーリーを表現しているわけです。このストーリーの結果が必ずそれ相応に自分に返ってきますから、それをそのままに受け止めて、力強く生きていくときに幸福はあり得るのです。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

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2011年12月24日

「幸福の法則(在家の法)」第183号

★「幸福の法則(在家の法)」第183号  <幸福の研究13>
 あなたの心の糧となるよう大和武史が在家の法をお送りします。
 第二に幸福である証とは、疲れを知らない、あるいはネガティブな感情を長くは持てない状態でしょうね。幸福な人で悲しい顔をした人など見たことがないでしょう。あるいは苦悩の表情をいつも浮かべた幸福者などいるはずがありません。その幸福者の顔はきっと優しい楽しそうな顔をしているはずです。表情は心持ちを表しますから、幸福な心を持つ人はポジティブな表情、態度を表さざるを得ないのです。
 暗い人は嫌われますが、なぜネガティブな人は嫌われるのでしょうか。それは元来、人間には幸福とその反対のものとの区別が付くからですね。誰に教えて貰う必要もなく、自分自身に生まれつき持っている感情により好き嫌いで分かるのです。好きなものの中に必ず幸福を呼ぶものはあります。反対に嫌いなものの中には幸福にするものは在りません。理屈など抜きに判断が付くのですね。
 すると私たちが個性を発揮して生きて、その言動がポジティブになっているときはかなり幸福にとって近いところにいると思って間違いがありません。逆にその反対の状態は幸福とはほど遠いといわざるを得ません。こんな不幸に近い状態で生きていたら病気になっても不思議はありません。こころは苦悩で一杯だからです。自分の心が安らぎ、楽しめる状態が幸福なときですから、幸福な人は心は軽く澄み渡り、楽しく嬉しい状態にありますが、不幸な人の心は逆に暗く苦悩に満ちたまるで鎖で縛られたような感じです。
 このような苦悩に満ちた心はそのままの結果を体へと反映します。肉体の機能にとって心の苦悩ほどに妨げになるものは無いのです。病気というものは心の思いの結果が現れているに過ぎません。病気を患う人には煩うだけの原因がその心に内包されてしまっているのです。因果応報、原因無くて結果など出ませんから、原因である心が病気という結果を呼んだのですね。
 幸福な人で病気になる人はあまりいないのです。健康が当たり前で、当たり前の心が病気になる心とはほど遠いものであるから、幸福であるからには心の病気にはなり得ないからです。また病気をするようですとまだ幸福にはなり得ていない証拠とも言えるでしょう。それほどに本当の幸福とは不幸な結果とはほど遠い生き方であるのです。

<つづく:在家の法を大切な方に転送してあげましょう>

Posted by yamato_takesi at 10:21  |Comments(0)TrackBack(0) | 在家の法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする