2006年04月15日

旅の記録 岡城祉(大分県竹田市)


岡城の絵(入場時もらった巻物より)okae_1      「荒城の月」のモデルとなった城跡の一つ、大分県竹田市の岡城祉です。 岡城について竹田市のホームページには次のように説明があります。
 『かの源平合戦において、郷土の武将「緒方三郎惟栄(これよし)」が九州武士団を率いて、大宰府に落ちてきた平氏を九州から追い落とし、平氏滅亡のきっかけとなったことをご存じだろうか。豪傑で知られる惟栄だが、源頼朝と仲違いをした源義経を迎え入れるため、文治元年(1185)岡城を築城したと伝えられている。しかし、頼朝の怒りを買った惟栄は群馬県沼田荘に流され、義経入城の夢は幻と消え去ったのである。

西の丸下の総役所跡(現在トイレと受付)okayakusyo      その後、岡城は中世では志賀氏の居城となり、天正14年(1586)には島津藩3万7000人もの軍勢に対し、わずか1,000人で撃退した。その戦いぶりに豊臣秀吉から感状を与えられたという。難攻不落の名城は、文禄3年(1594)、中川公の入封によって岡藩の城となった。
 現在残されている城郭は、中川公によって築城されたもので、本丸、二の丸、三の丸、西の丸などの主な曲輪(くるわ)から成っている。
西の丸の石垣(駐車場の正面)okanisinomaru    (文禄3年(1594年)摂津国から中川秀成(中川清秀の子)が移封された。この際に3年がかりで大規模な修築を施した。天守・本丸御殿・櫓を造営し、城の西側を拡張し、二の丸・三の丸を設けた。また、加藤清正の助言により大手門を東向きから西向きに改めた(後には西の丸が城の中心になっていたそうです)。 城下町もこの時、整備拡張された。【以後、明治維新まで岡藩7万石中川氏の居城となった。】
 

岡城祉入口(正面上に大手門跡石垣が見える)okairiguti     岡藩時代、この地は地方の政治・経済・文化の要衝として最も栄えていた。ここで生まれ育った日本南画界の最高峰・田能村竹田(たのむらちくでん)が、和歌や華道、茶道、香道にも才を表していたというのは、竹田の城下町が育んだ文化の奥深さゆえのことであっただろう。格式ある武家屋敷が立ち並ぶ「歴史の道」を歩けば、今なお残る白壁や仏閣が当時の隆盛を物語っている。
  明治に入ると音楽という世界でまた新たな文化を広げていった。

二の丸跡 瀧廉太郎像takirentarou     岡城阯をモデルにしたともいわれる「荒城の月」を作曲した瀧廉太郎は、多感な少年期をここ竹田で過ごしている。(滝廉太郎は、幼少期を竹田で過ごしており、この岡城にて曲のイメージを得たといわれている。 現在城郭内には廉太郎の銅像が、遠方の山並みを眺めるように建てられている。)また、「いぬのおまわりさん」などで知られる童謡作家・佐藤義美もこの地で生まれ育った。』
 明治維新後、明治4年(1871年)から翌年にかけて城郭建造物は全て破棄された。現在残っているのは高く積み上げられた石垣のみである。

 

三の丸とその上の本丸石垣honmaru_sannnomaru     

 昭和11年(1936年)12月16日、国指定史跡 岡城址に指定され、以後、周辺は整備され毎年「岡城桜まつり」が開催されているそうです。
 見事に石垣だけが整備保存されている城跡です。なまじ、復元建物がないのが良いと思う。 かって、大手門が復元されたそうですが、「荒城」とのイメージに合わない?とかで、市民の反対にあって取り壊されたそうです。城好きには一見の価値がある「お城」だとおもいます。





岡城案内図(入城時もらった巻物より)oka_annaizu
西の丸奥から清水谷越しの三の丸_1sannomaru_1


西の丸奥はまだ発掘調査が続いていました。城郭は西にもう少し奥までひろがりそうです。

清水門跡から地獄谷越しの本丸跡oka_honnmaru
大手門石垣_かって門を復元後解体oka_ootemon

三の丸石垣oka_sann_honmaruisigaki
清水谷越しの三の丸sannnomaru_2

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童謡を着うたに【au公式クラシック着うたサイト『音楽神殿』】 at 2006年05月09日 17:39
この記事へのコメント
竹田市岡城祉 今年・名古屋に住んでいる おばを連れ 岡城祉に生きました。また来年の春に 行きたいって言うと思う・
昨日 岡城祉の付近で大雨のため 崖崩れがあり 車が8台 流されたり したらしい 遠方からお盆休みで 帰っていた人が巻き込まれたらしい。 自然は怖いです


以前に通ったことが何度も ありますが あんなことになるなんて・・・
Posted by Y at 2009年08月11日 11:17
 
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