2007年10月19日

「yes」でも「no」でもない視点がある

前々から思っているのですが、設問が的確であるかどうかというのは、問題解決の8割を占めているように感じます。
そのことは、何度もブログに書いてきたし(例えば、ここ)、昨日の金八先生も言ってました。

特に、政治の世界ではそうかもしれません。なかでも、二者択一の選択を、マスコミと政治家がこぞってやりはじめたとき、「ホンマか?」と疑ってみることが必要でしょう。

たとえば、郵政解散選挙がそうでした。いまテレビは、亀田人気を煽った責任を一生懸命TBSに押し付けています。それはそれで間違っていないでしょうが、しかし、「郵政民営化にイエスかノーか」と煽ったみずからの責任――もっと大きな責任に、無自覚であることに驚きます。
いま、インド洋への自衛隊派遣をめぐって、「給油への参加」=テロとのたたかいと結びつけ、「給油への参加=テロとのたたかい」にイエスか、ノーかと迫っています。給油への参加が、報復戦争への支援であり、そのことが本当にテロの根絶に役立っているのかという根本問題は見過ごされています。
消費税増税への動きもでてきました。このときにでるのは、「負担増か給付減かどっちを選ぶ?」という選択。ここには、大企業にさまざまに優遇されているという「聖域」は見過ごされています。

「yesかnoか」と迫られると、分かりやすいように思えてしまいますが、そこに落とし穴があることをよく見ないといけないと思います。


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Posted by yoshi_you at 12:10  |Comments(1)TrackBack(2) | ■thinking , ■政治の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする