February 11, 2009
吾唯是知
先日、西麻布でのとある懇親会で、民間シンクタンクの秘書の方とご一緒する機会があった。自己紹介したところ、「唯是さんという苗字を過去に知っています」とのこと。初めての経験でびっくりした。
初対面の方の場合、「唯是と申します」と自己紹介しても、「えっ?」「は?」「ゆうぜんさん?」などの反応が一般的。友禅の職人だと思われている。ひどいのになると、「エイズさん?」なんてのもあって、これには閉口した。電話帳に基づく世帯調査によると、「唯是」を名乗る世帯は全国に15件程度。ほとんどが親戚だ。邦楽家、歌舞伎に造詣の深い方、政治家、キャリア官僚、経済学者の方など、特殊な世界の方々を除き、娑婆世界で当家のことを知っているという人に出会うことはほとんどない。
もちろんのこと、相手方に責任があるわけではなく、難読珍名の当家に問題がある。一般的に「ゆいぜ」などという音に慣れている人はまずいない。その種の音の組み立てが発想そのものにないことだろう。学生時代、新学期には「お寺さん?」などと聞かれた。五十音順に座席が並んでいれば「ゆ〜〜」だと判別もできようが、少しでも漢字の素養がある人だと気を利かせすぎるのか、「ただこれ」と読まれる場合が多かった。珍名のおかけで、人生いたるところで迷惑を被っている。あまり得をした覚えはない。
唯是。漢訳では「それ以外にない。ただそれだけ」などの意で、語源は仏教用語にあるようだ。蓋し聖徳太子の遺言に、有名な「世間虚仮、唯仏是真」というものがある。中国人からも極めて珍しいといわれたことがあり、苗字に使うような文字ではないそうな。英訳すると“only one ”となり、やはり天上天下的な、不遜な名前である。「名は体をあらわす」というのもむべなるかな(大爆笑)。
さて、前述の件の方は、岩手県の出身だった。学生時代の友人に遠縁がいたらしい。おそらく、遠野唯是家の末裔だろう。遥か昔、岩手県の遠野市は唯是の郷だった。柳田國男の『遠野物語』で有名な地。大叔父の唯是震一(邦楽家。日本芸術院賞)が名誉市民になっていて、「遠野」という筝曲を作曲している。10年前、私も故郷(ふるさと)を尋ねて遠野へ足を運んだ。市役所を訪問すると、遠野唯是家の末裔と引き合わせてくれた。はとこか何かになる人だった。
幼少時、祖母や父から遠野に関する話を聞いたことはあったが、東北と自分とは無縁と思っていた。私の祖先は曽祖父の代に北海道へ渡っており、遠野との縁も薄くなっていて、私なんぞは生粋の“道産子”ということになる。その道産子も東京暮らしが長くなってしまい、最近は北海道出身という意識さえも薄れつつある。元々、当家は男性が少なく、私の兄弟も姉と妹だから、私が子孫を残さないと名を継承していく者も絶えてしまう。それはそれで仕方のないことではあるが。
最近、相続に関する手続きで明治初期までの戸籍を確認する機会があり、備忘録にと江戸時代からの家系図をWordで作成したところだった。そんなタイミングで当家の遠縁を知っているという人に出会ったのも、一天の摂理か、はたまた単なる偶然か。私は摩訶不思議のありがたき因縁に深く感謝するものである。
初対面の方の場合、「唯是と申します」と自己紹介しても、「えっ?」「は?」「ゆうぜんさん?」などの反応が一般的。友禅の職人だと思われている。ひどいのになると、「エイズさん?」なんてのもあって、これには閉口した。電話帳に基づく世帯調査によると、「唯是」を名乗る世帯は全国に15件程度。ほとんどが親戚だ。邦楽家、歌舞伎に造詣の深い方、政治家、キャリア官僚、経済学者の方など、特殊な世界の方々を除き、娑婆世界で当家のことを知っているという人に出会うことはほとんどない。
もちろんのこと、相手方に責任があるわけではなく、難読珍名の当家に問題がある。一般的に「ゆいぜ」などという音に慣れている人はまずいない。その種の音の組み立てが発想そのものにないことだろう。学生時代、新学期には「お寺さん?」などと聞かれた。五十音順に座席が並んでいれば「ゆ〜〜」だと判別もできようが、少しでも漢字の素養がある人だと気を利かせすぎるのか、「ただこれ」と読まれる場合が多かった。珍名のおかけで、人生いたるところで迷惑を被っている。あまり得をした覚えはない。
唯是。漢訳では「それ以外にない。ただそれだけ」などの意で、語源は仏教用語にあるようだ。蓋し聖徳太子の遺言に、有名な「世間虚仮、唯仏是真」というものがある。中国人からも極めて珍しいといわれたことがあり、苗字に使うような文字ではないそうな。英訳すると“only one ”となり、やはり天上天下的な、不遜な名前である。「名は体をあらわす」というのもむべなるかな(大爆笑)。
さて、前述の件の方は、岩手県の出身だった。学生時代の友人に遠縁がいたらしい。おそらく、遠野唯是家の末裔だろう。遥か昔、岩手県の遠野市は唯是の郷だった。柳田國男の『遠野物語』で有名な地。大叔父の唯是震一(邦楽家。日本芸術院賞)が名誉市民になっていて、「遠野」という筝曲を作曲している。10年前、私も故郷(ふるさと)を尋ねて遠野へ足を運んだ。市役所を訪問すると、遠野唯是家の末裔と引き合わせてくれた。はとこか何かになる人だった。
幼少時、祖母や父から遠野に関する話を聞いたことはあったが、東北と自分とは無縁と思っていた。私の祖先は曽祖父の代に北海道へ渡っており、遠野との縁も薄くなっていて、私なんぞは生粋の“道産子”ということになる。その道産子も東京暮らしが長くなってしまい、最近は北海道出身という意識さえも薄れつつある。元々、当家は男性が少なく、私の兄弟も姉と妹だから、私が子孫を残さないと名を継承していく者も絶えてしまう。それはそれで仕方のないことではあるが。
最近、相続に関する手続きで明治初期までの戸籍を確認する機会があり、備忘録にと江戸時代からの家系図をWordで作成したところだった。そんなタイミングで当家の遠縁を知っているという人に出会ったのも、一天の摂理か、はたまた単なる偶然か。私は摩訶不思議のありがたき因縁に深く感謝するものである。
この記事へのトラックバックURL
http://blogs.dion.ne.jp/yuize/tb.cgi/8088799
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※半角英数字のみのトラックバックは受信されません。

