2010年08月09日

新聞休刊日に・・

 今朝は朝刊がない。何となく手持ち無沙汰だ。今思い起こしてみると新聞休刊日が設けられたのは、戦後の貧しさから親に経済的援助をする新聞少年のために・・・たまの休みをと始まったのではなかったか? 最近は新聞を配達する小中学生を見かけなくなった。年にそう何回もあるわけでなくたまにはこんな日があってもいい。

 年齢から言っても、あの戦時下のことは何も記憶にない。戦後のことなら多少なりとも覚えている。そのひとつ、小学校の友達の中にも新聞配達をする子がいた。体格はまだ子どもだが大人の自転車にまたがっていた。足がペダルに届かず、「三角乗りの方がいい」と照れた。学校から帰ってみんなと一緒に遊んでいたが、途中からそそくさと姿を消した。

 「夕刊はみんなに会うからいやだ、しばらくしたら朝刊にしてもらう。」と、そっと自分に打ち明けてくれた。彼のとっておきの自慢は、シベリアで戦死した親父の位が曹長だったことだ。子どもも生きるのが必死の時代だった。

 昭和31年経済白書に「もはや戦後ではない。」と書かれた時代だった。子どもながらに、「何を言うか! 戦争さえなければこんなことにはならなかった。」・・・そう思ったものだ。暫くして地元の友達と別れて名古屋の私立中学に行ったが、夏休みには地元の川や池で遊んだ。菱野の山口川や今はゴルフの練習場になっている「ゴンドウジ池」などだ。たまには新しい友達と品野の岩屋堂天然プールでも泳いだ。

 毎年この時期になると、こんな10代の頃を思い出す。そうそう中学を卒業するころだったろうか、あれほど仲の良かった新聞配達のあの彼が交通事故で死んだのを知った。思い切り無茶苦茶泣いた。 

Posted by yukiaki21 at 11:44  |Comments(0) | 交友録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


 
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