2010年11月28日
「ニーチェの言葉」と「史上最強の乙女のバイブル」

なんとなくこれを読むと自分にも良いことが起こるんじゃないか、と思わせる点でこの二冊の本はとてもよく似ています。たとえば、「自分はたいしたことがない人間だなんて思ってはいけない。それは自分の行動や考え方をがんじがらめに縛ってしまうようなことだからだ。」という言葉と「何を隠そう、あなたがずっと求めている特大サイズのスペシャルな幸福(ハートマーク)を手に入れるための力はそのままのあなたにこそ、備わっているのです。」という言葉。二冊の本から抜き出した二つの言葉はだいたいおんなじ感じに聞こえます。おそらく「その本をどういうふに使ってもらうか?という点において、この二冊の本は同じ視点を持っているのです。
「ニーチェ」は70万部、「乙女」はシリーズ累計20万部以上売れたと言いますからこの手の本を読まれている方がけっこういるのかものしれません。しかし、ひとつ忘れないでおいていただきたいことがあります。ニーチェは激烈な思索の果てに発狂して死んでいるということ。
それはこの、きわめて意図的に口あたりが良く編纂された(というよりも改ざんされた)本の中からも消し難く漂ってきています。ニーチェが辿った道は深淵に続く道であり、それはウィトゲンシュタインの「語りえないものについては沈黙すべき」という結論で折り合いを付けない限り破滅をもたらすものです。まちがっても本気でニーチェを読んでみようとか思わない方がいいです。
この本がこれほど売れている風潮が健全だとはとても思えませんが、このくらい適当な本で軽く流してしまうというのは、ある意味「庶民の知恵」なのかもしれません。「ああ、ニーチェ?読んだよ。あたりまえの事しか言ってないよね?」ぐらいのところで済ましておければ(たとえそれが弱者の証明だとしても)人生は幸せです。
最後に問題です。
「A=BでB=CならA=Cである。」これは極めてシンプルな、言葉を使った「論理的」な考え方。では同じ方法で「神」を説明すると?
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